1話 村娘です
私が住むヴェランマ村は貧しいことこの上ない。人口は二百人にもみたない小さな村で、全員が顔見知り。なぜ山に囲まれているところに村なんて建てようと思ったんだろう。畑で取れる野菜と森から取ってくるキノコ、狩人さんたちが狩ってくるウサギやシカの肉は一週間に一回程度。近くに小川が流れているので、そこで釣りをしたら魚も取れる。
問題はそれで自給自足しかできないところ。大きな町に行くことなんて不可能。税金を取りに来て、税金を煮干しや干したキノコで払ってはいたけど、それで領主様が満足できなかった場合があるみたいで。例えば代替わりしているとか。するとどうなるか。村の若い男たちが強制的に徴兵されるのである。
丁度私が生まれて間もないころ、領主様が代替わりしたらしく、村の若い男たちの半分が連れていかれた。こうなったらもう戻ることは難しいとのこと。大きな町での生活になれちゃうと、田舎には戻りたくないとか、そう言う理由もあれば、単純に戦などが起こって死ぬまで使い潰される場合もざらにあるらしい。
だから村は男不足になって、そういう時は臨時的に領主様がまたまともになるまで一夫多妻制を採用されるという。いやだよ、別に権力者でも何でもない男の二番目か三番目の夫人になるのは、なんて、皆口では言っている。私はというと、普通に相手にもされないので大丈夫。本当に大丈夫なのかな。わからない。考えたこともないのでわからない。
角ばった顎に大きな頬骨、太い眉、横に広く潰れた鼻。くせ毛なのに髪の毛の量が多すぎてぼさぼさなくすんだ茶髪。夜に見たら魔女なんじゃないかと卒倒しちゃうとかなんとか。村ではオークと呼ばれています、はい。趣味は読書とキノコ採り。村には教会があって、教会には本棚にいっぱい、保存魔法がかけられた本がたくさん並べられていて、神父さんとも仲良しである。神父さんは元々魔法の薬で性欲を除去され、結婚をしないということになってて、へき地に飛ばされているのにも関わらずいつも朗らかで穏やかなのだ。
そんな神父さんは村で子供たちに色んなことを教えてて、村の出来事などを記録している。私は朝から昼に森に入ってキノコを採集して、夕方になる前に戻って籠いっぱいになったキノコを村の倉庫に突っ込む。お腹が空いたら勝手に誰かが取ってきて食べるという、お前の物は俺の物、俺の物はお前のものという、原始的な共産社会なのである。こんな村ではこうする方が諍いが起こらないし、そもそも環境的に欲深い人間が出にくい。もし欲が出たら村の皆で携帯食糧を与えて都会に飛ばしている。一人だけいた。綺麗な顔立ちをしていたミランダ。彼女は都会に行って成功するんだとか言ってて、もう何年も見ていない。死んでるんじゃないかという話もあれば、普通に夢を叶えて好きに暮らしているんじゃないかという意見もある。私はというと、ぶっちゃけどうでもいい。こんな顔で生まれたわけだから、嫉妬する気も失せた。
村の男たちからは日常会話以上の会話は出来ておらず、そもそも女として見られてすらいない。だからといじめられているわけじゃないけど、小さな村でもこんな対応をされるのに、都会に行くとどうなるかと。下手したら見世物にされる可能性まである。私の親は普通の顔なのになぜ私はこうなのか。まあ、父の顎は角ばってるし、母の鼻は細くて綺麗だけど小さいし、父は横に広いので、納得できなくもない。ただまあ、別に普通に暮らす分には問題ない。恋とか結婚とか気にしなければ、息苦しいわけでもない。
貧しいながらも、日々を精一杯暮らす。お金なんぞ溜まるわけがなく、冬を越すのも一苦労。それでも概ね平和で、変わったことは起きない。そんな平和な毎日がいつまでも続くものだと、私はずっと信じて疑わなかった。
私が十五歳になって間もないころ、周りがそろそろ結婚を始めている時、当然私は結婚なんぞ出来るわけがなく日々のキノコ採りをして、村に戻る途中のこと。村から普段よりずっと多い煙が昇っていた。色も何かを煮込んだり暖房に使っている時の白い煙じゃない、木や油が燃える時の黒い煙。私は籠を背負ったまま走った。私にも当然親はいるし、祖父母も四人とも健在。何が起きたのかと、心臓がうるさく不吉な音を立てた。