7
父を探すフロガは父の弟のカジャを発見したが・・・
わずかな風が木の葉をざわめかせている。
しばらく矢は飛んでこなかった。射手が見失ったのか待っているのか。
カジャは突然上半身を起こしフロガへ顔を近づけた。
傷が傷むのか必死の形相だ。目を見開いている。
「アニキは、グラッツィは生きている!オーガの所へ」
突風が吹いた。
シュッという音がフロガの頭上を通り過ぎた。
セグは弓矢をどこから打っているのか探しているようにゆっくり顔と目を動かしている。
「カ、カジャ?オーガって?え?」
カジャの起こした上半身はフロガの上に倒れこんできた。
フロガはまた気絶したと思った。
カジャを仰向けに寝かせようとしてギョッとして手をはなしてドサリと倒してしまった。
目から矢がはえている。血の涙を流しているように見えた。
「な、え?なんだと?!矢は見えなかったぞ??」
セグは地面をはうように近くに来た。
フロガはどうしていいのかわからず四つん這いの姿勢で固まっていた。
カジャはか細い声で
「フ、フロガ・・・お前はち・・・」
と言ってまったく動かなくなった。
セグはカジャの首を触り
「死んじまった」
と一言だけ言って無表情に杖を握りしめ立ち上がった。
フロガは我に帰り立ち上がったセグと横たわるカジャを見比べ
「セグ!立ったら危ない!」
と言ったが振り返りもせずに遠くを見て立っていた。
「いいかフロガ、よく聞け」
そういって息を大きく吸ってふーっと吐いてから
「これから人間が来るか、下で待ち伏せしている。一応説得はしてみるが多分じゃがダメな手合いじゃろう」
「え、じゃあどうするの?」
フロガは母と兄弟、叔父に続いてセグまで死んでしまうと考えたら怖かった。
フロガの近しい者、愛する者を次々に失う恐怖が彼の胸を締め付ける。恐怖が広がってゆく。
「フロガよ。ワシは強いから自分だけなら身を守れる。お前はスキをついて逃げろ」
「セグを置いて逃げられないよ!」
シュッ・・・キン
セグは鉄の杖を少し動かすだけで簡単に矢をはじいた。
「矢の出所さえわかれば簡単なんじゃがのう。人間の矢ならな。また間に合わなかったが・・・」
「セグ!一緒に逃げようよ!セグまで死んじゃうよ」
フロガは怖かったがセグが死ぬほうが恐ろしかった。そして考えて言った。
「あ!ボクが石を投げれば勝てる?」
「無理じゃな、どっちも。矢の精度から見て相手は強い。フロガがいては足手まといにしかならん」
「で、でも・・・」
「よいかフロガよ。あきらめるな。カジャも言っておったが親父さんは生きてる。お前も生きて探すんじゃ。多分じゃがワシ一人なら勝てないまでも、うまい事できる気が・・・ああ別れの挨拶はもうおしまいじゃ」
隠そうともしない足音が迫ってきた。
岩の上に上がる坂道から返り血に染まった鉄の盾を構えた人間が二人見えた。
20歩程の距離で立ち止まり、セグとフロガ、倒れているカジャを見て笑っているように見えるが目はギラギラしているように見えた。獲物を狙う狼のようだった。
「フロガ、下に降りる道を開く。後はわかるな?」
そういってセグは人間の方へゆっくり歩いて行った。まるで緊張感が無く軽く手を挙げて軽い挨拶をしているような素振りだった。
そして人間達と話し出した。
「んん?なんでドワーフがいるのよ?ゴブリンもいるな!」
「おいドワーフ!お前火事場泥棒だろ?お?その胸当ても盗んだのか?上物っぽいな!」
「まあまて人間達よ。ワシは旅の行商なんじゃが・・・」
セグはできるだけゆっくりと話し状況を見極めようとしていた。
フロガには人間の言葉がわからない。
今セグが何を話しているのかわからなかったが、もうセグと一緒にはいられないことを悟った。
人間はセグと話しながらチラチラフロガを見ている。歯が見えるから多分笑っている。
セグが右手を腰の後ろに回し人間から見えないように人差し指で左を指している。
その直後セグは杖を素早く払い左側の人間の足元を狙い転ばせた。
一瞬の沈黙の後、状況を理解した右にいる間はどなりながら剣を抜いた。
今だ!
フロガ心臓が口から出そうなくらい高鳴っていたが、セグの左側を走り人間を避けて逃げようとした。
セグのすぐ横を通り過ぎようとした時にセグが左手を水平にあげフロガを静止するように見えた。
「おいおいお前ら何遊んでるんだー?まぜてくれよー」
下からさっきの二人より大きい人間がゆったりと上がってきた。
血濡れた大斧を担ぎ、大きな体を揺すり壁が迫ってくるようだ。
体も全部返り血なのか、前面は真っ赤で見ただけで血のにおいがする。
転ばされた人間も立ち上がり盾を放り投げて剣を抜いた。
怒りに満ちた表情だが少し下がって斧を持った大男の左側に立ち剣を構えた。
もう一人の盾を持った人間も大男の右側に並んでとまった。
人間はセグより頭一つ背が高かったが、大男はその人間二人よりも頭一つ大きく身体も分厚かった。
「まいったのう」
セグは人間が持っていた丸盾を捨てたのはよかったが、感情に任せて襲ってくる事を期待していた。
「かなりの手練れだ。フロガ、ちょっと、いやかなり離れててく・・・」
セグがフロガに声をかけている間に右の盾持ちが長方形の盾ごとセグに体当たりをしてきた。セグは簡単そうに素早く一歩後ろに下がってかわした。
が、盾持ちの後ろから剣士が両手で剣を持ち突きを放った。
セグは相手は連携してくることを想定しており、杖で突きをいなそうとして慌てて後ろに飛んだ。
そこに突きを出した剣士の後ろに立っている大男の斧が降ってきた。
大男が
「ほーうコイツはやるな!さすがドワーフ」
と楽しそうに笑みを浮かべて言った。
セグは一連の攻撃を受け勝てない事を確信したが、油断している間に防御に徹すれば時間を稼げると思った。機会を待つために、自分の動きを最小限にすることに決めた。
今度は左の剣士が大上段に構えている。大きく振りかぶり、剣が空気を切り裂く音が響いた。
セグは右の盾持ちをちらりと見て、後ろに躱すとまた波状攻撃を食らうと思い前に踏み込み剣士の打ち下ろす剣を杖で打ち上げ体当たりをした。剣士はまたも転んだ。
右の盾持ちは盾を構えて剣を突きの形でまた突進してくる。
(コイツ等の攻撃は大男の斧をあてる為の陽動じゃろ、なら)
セグは自分からも盾持ちに突進し剣先だけ警戒して盾に体当たりをした。
盾持ちは転ばなかったが数歩後ずさって止まった。
セグは大男の斧が来ると思ったが一瞬見失っていた。
大男は見た目によらず素早いステップで風のように足音を立てずに動き、セグの後ろに回り込み大きく振りかぶっていた。セグの想定以上に迅速だった。
「ストッ」っという音と共に斧が振られた。空気すら断っているのかあまりの速度で音がついてこないのか。
キィーン・・・
セグは全身の筋肉を使い、両手を肩幅ほどに広げ持った鉄の杖で斧の衝撃を受け止めた。
セグの足下の地面にヒビが入っている。
「なに!?ぐぅぇええぇ」
セグは大男の股間をけり上げようと思ったが自分の身長ほどの股下だったので股間に渾身の頭突きを見舞った。
「フロガ、いまだ!」
そう言ってセグは懐から玉を取り出すと、大きく叩きつける。瞬間、白い煙が立ち上り、周囲が視界を奪われていく。
フロガは戦闘が始まってからセグから離れ木の下に立っていた。すぐそばにカジャの亡骸がある。
戦闘を見ているだけだった。見ているだけなのに心臓の鼓動が早くなり自分の耳の横で鼓動を聞いている様だった。苦しくて見ていられなかった。だが凝視した目はセグから離れられなかった。
フロガは走り出した。煙が広がっていく中で何かが肉を叩くような鈍い音とどなり声が聞こえる。
「セグ!先にいって待ってるからね!」
フロガは煙に向かって叫んで走った。涙があふれ出し前が見えない。振り返りたいのを我慢してとにかく遠くへと思いひたすらに走った。
岩を降り、狭い通路をひたすらにどこに向かっているか自分でもわからなくなった。
それでも走り続けた。太陽はもうすぐ真上になるだろう。
もう戦闘音はまったく聞こえなかった。遠くに来たからなのか戦闘が終わったのかわからない。
静寂のせいなのか大きな金属音を聞いたからなのか、キーンという耳鳴りがずっとしている。
フロガはうつ伏せに転んだ。木の根か何かにつまずいたのだろう。周りを見れば薄暗い森の中だった。もう逃げ道がないと思わせるように黒い木々がフロガを囲んでいる。
うつ伏せに突っ伏したまま静かに泣き出した。
「セグぅ・・・助けて。カジャ・・・あああああああ。うわー」
静かな森の中でフロガの慟哭だけが響く。
フロガの心の中に広がる孤独は、まるで暗い穴のようで、どこまで落ちていくのか分からなかった。
次は来週末予定です