13
以前にクラが言っていた「共に戦う」と言うのを実践しなければならないと、逃げてばかりではダメだと自身に言い聞かせ、クラに並んで家に向かった。
家に近づいていくと、同じように四角い小さな石を積み重ねた「人間の家」がいくつもあった。所々崩れてるように見える。
ひとつに入ってみる。
石作りの建物の内部は、荒れ果てた様子を呈していた。四角い石の壁は所々がひび割れ、苔が生えた部分もあった。
床には散乱したゴブリンの食べかけの何かや、壊れた器具が転がっていた。その中には、所々食われ白骨化が進行した人間の死体らしきものもあった。骨は無造作に転がっており、かつての皮膚の名残や、血痕が残る壁や床は、襲撃の名残を物語っていた。
フロガは人間を良く思っていない。もし人間の死体があり、他の食べ物がなければ躊躇せずに食したであろう。それは狼がゴブリンを食らい、ゴブリンが狼を食らうのとフロガの中では大差なかったし、極限になればゴブリンは仲間のゴブリンの死体を食らう事もある種族であった。
ただ、フロガは自分の家族が襲われ殺される所を思い出し、固まっていた。
クラはそんなフロガの方を見もせずに足元を見つめていた。そして静かに言った。
「そこにいるのじゃろう。出てこい」
部屋の隅に積まれた残骸の下からゴブリンがひょっこり顔を出した。
「オ、オマエラゴブリンカ?お、オイ!ゴロ!デテキテダイジョブダ」
残骸からズルズルと這い出て来た2人のゴブリン。
並んで立っているクラとフロガの前にヒョコヒョコとやってきた。
二人ともフロガよりも大きい緑色の体に皮の腰巻。
そして二人とも片手にカマを持っていた。
「スニグ。お、オデはスニグだ」
「オレ、ゴロ」
二人は簡単だが挨拶をした。
フロガも名乗って挨拶をしようとしたら、クラが前に出てフロガに顔を向け人差し指を縦に口にあてて、「しゃべるな」と目が言っていた。
フロガは黙って見守る事にし、クラが二人の方を向いてしゃべりだした。
「ワシはクラ。こちらは族長のフロガだ。スニグとゴロよ。おぬしらの族長はいるのか?」
フロガはぎょっとして後ろからクラの肩をつかもうとしたら、後ろも見ずにクラに手を払われた。
「ぞ、族長!お、お、オデタチの族長、し、死ンダ」
「人間、来タ。たくさん。ゴブリン、死ンダ」
「そうか、生き残りはおぬしらだけか?」
スニグとゴロは顔を見合わせ、二人が声を出した
「モウ一人」
「ラ、ラッグスがイル」
クラは一回振り返りフロガを見てから
「ほう、ラッグスとやらはどこにいる」
「そ、そ、外の広場ダー」
「そうか、では族長を連れて行ってくれぬか?」
「ア、アア。ヅレデイグ!」
そういってヒョコヒョコと二人並んで外に歩き出した。
終始クラの堂々とした態度に気圧されたのか、スニグとゴロはソワソワモジモジしていた。
クラとフロガはスニグとゴロの後ろについていきながら、フロガがクラに
「クラ!ボクが族長って!もう決まった事なの?え?」
クラは少しだけ笑った顔になり
「フッ。もう諦めよ。それと合図するまでは喋るでないぞ」
「ええええ!?族長なのー?ああぁ・・・」
フロガは肩を落としてよたよたとついていった。
石の建物に囲まれた広い場所についた。地面も四角い石が大きな丸を書くように規則的にならんでいた。その中心にはゴブリンの焼けた骨がたくさん積まれていた。中には焼かれていない耳のないゴブリンの腐敗した死体もあった。
その向こう側に青っぽい緑色をしたゴブリンがヒラヒラした白い布のようなものを着て立っていた。顔は下を向いているが、目はこちらを見ている。上目使いに睨んでいるように見えた。
「ラ、ラッグス!ぞ、ぞ、族長ガギダ!」
スニグが大声で言った。スニグも流暢とは言い難いが、ゴロはあまり喋らないようだ。
フロガはスニグにも「族長」と呼ばれた事に「あぁ」と小声を出してしまったが、無口なゴロがすこし父のようだと思い、ゴロに好感を持てた。
青っぽいゴブリンに近づき歩いていいる途中で、クラはフロガの前に立ち
「ここで止まれ!」
と小声でいい、杖を構えた。
「ラ、ラッグス。こ、コレガラッグス」
スニグとゴロはラッグスと呼ばれたゴブリンの前まで行き振り向いた。
クラとフロガがついてきておらず、20歩離れた場所で止まっているので二人とも首をかしげた。
ラッグスと言われたゴブリンは1ミリも動いていない。
クラは低い声で言った。
「やるのか」と。
そして後ろに立つフロガに聞こえるくらいの小さな声で
「3歩下がってよく見ておけ」
そして消えた。
フロガは言われた通りに3歩下がり、見えないクラではなく、遠くの3人のゴブリンを見た。
スニグとゴロは
「エ、き、消エタ?」「クラ、ドコ」
とキョロキョロしていたが、ラッグスと言われたゴブリンは滑るように後ろに移動している。
フロガはラッグスだけを見ることに決めた。
人間が着るらしい、軽やかな布地で作られた、ふんわりとした衣服をまとっていた。揺れるたびに風に乗ってヒラヒラと舞う白い花のように見えた。
両手を前に出して何かをはじいたようだった。
固い何かがぶつかった音がしたが、ラッグスは風に吹かれただけのように前後左右にふわりと舞っている。
「ボ、ボクに見えないクラが見えているのか?」
フロガは、このままだとクラが危ないのかもしれないと思い、足元に落ちている小さな小石を拾おうとし、手を伸ばそうとした時に、ラッグスと目が合ったような気がした。
ラッグスの声は一度も聞いていない。そして今も話していない。
だが
「お前からか」
と、ラッグスの目がフロガに語っていた。
フロガの膝がカクカクと震え出した。背中を汗がつたう。
だけど、もう目の前で仲間を失う事がイヤだった。
何もせずに助けてもらうだけの、何もできない自分自身も許せなかった。
セグと人間達が戦っていた景色が一瞬蘇った。
あの時と今は違う。
そうだ、あの時セグは怪我をしていなかった?
今、ラッグスは攻撃していない!?
なら・・・
フロガは大きく息を吸った。
「そこまでだ!」
フロガは全身を震わせて大声で言い放った。
時が止まったようだった。
スニグとゴロはビクリとして固まっている。
クラはラッグスの背後で杖を振りかぶる姿勢で止まっているのが見えた。
ラッグスは自然体で立っている姿勢で動いていない、服のヒラヒラも止まっているようだ。
クラは短く「ハッ!」といい片膝をついて頭を下げた。
それを見たスニグとゴロも慌てた様子で片膝を地面について頭を垂れた。
ラッグスは戦っている最中もずっと下を向いているように見えたが、顔を上げまっすぐにフロガを見た。
今度はフロガもビビらずに、じっとラッグスの顔をじっと見つめ返した。
ただ、大声を出した時から心臓はバクバク言っていたが、冷静だった。
「澄んだ目をしているな、洞窟の族長よ」
そう言ってラッグスはお辞儀をした。
フロガは一気に体の力が抜けてへたり込みそうになったが、いつのまにか隣にいるクラに支えられて踏ん張った。