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「今日は新しい族長が来てくれたいい日ね」
コーリのそんなセリフから食事がはじまった。
「今日ハ魚ガタクサンダ!族長ノお陰ダ」
ザザは笑いながら魚を食べている。
ギッギは黙って魚とどんぐりを食べている。
フロガの隣にはピッタリとくっついてリッドが座っている。
「族長に水を出さぬかリッドよ」
リッドは慌ててたちあがり、空洞の隅のほうからポタポタ垂れている水をためている地面の穴から狼か何かの頭蓋骨の上側と思われるお椀に水を汲んでフロガの前に置いた。
「新ナ族長ノ宴ダナ」
ギッギがぽつりと言って皆「そうだそうだ」みたいな事を言って盛り上がっている。
何かがおかしい。フロガはそう思ったが黙ってどんぐりを食べていた。魚は嫌な記憶を思い出しそうで食べたくなかった。少し黙って皆落ち着いてきたら質問してみようと考えていた。
「ええと、皆さんいいですか?」
フロガは勇気を出して、今だと思い声を出した。
「族長ノ話シヲ聞ケ!」
ザザが平服しそうな勢いでかしこまった。そして皆静まり返った。
フロガはさっきまでゴブリンの仲間に会えてうれしかったのに、今はここから今すぐに走って逃げ出したい気持ちになっていた。緊張で手が震えてきた。
「あ、あのボクは父さんを探しにいかなきゃいけない。それに族長なんてできないよ!」
一時の沈黙・・・
「私ハフロガニツイテイク」
リッドがまたフロガの隣に座り腕を組んできた。
「フロガ」
クラがまた一段と低い声でフロガの名前を呼んだ。そして続けた。
「お前も薄々気付いているのではないか?自分が他のゴブリンと違う事を・・・」
「え?どういう意味?」
「ワシも大した力は無いが力を引いている。ご先祖様からな」
クラは少しだけニヤリとしたような表情でフロガを見た。フロガは老人の表情が変わるのを初めて見た。そして続けた
「おぬしはグラッツィがどこにいるのか知っているのか?」
フロガは一度下を向き手を握りしめて答えた
「父さんはオーガのところにいる。カジャが・・・死ぬ前にそう言っていた」
「え?カジャ?」
「オーガッテドコにイル?」
「私モフロガニツイテイク」
「・・・」
沈黙から一転皆ザワザワしだした。
「オーガハ恐ロシイ。オレノ仲間ハオーガニ叩キ潰サレテ死ンダ」
片足のないギッギが誰もいない壁の方を見ながら小さな声で言った。
フロガもなんとなくだけどオーガを知っていた。あまり知的な感じはせずに力こそ全てといったイメージだった。
「で、でも父さんをさがさないと!」
フロガがそう言った後にコーリはポツリと「死ぬのかしら・・・」と小声で言った。
「おぬしはグラッツィが生きていると思うか?生きているとして助けられると?」
クラは無表情にフロガを見ている。フロガはじっとクラの目を見て
「父さんは生きている。ボクは一人でも行く!」
「仲間を見捨てて行くのかね?」
クラは相変わらず無表情で声にも感情はないように感じた。
「おぬしがいれば我らは立て直せる」
そう続けた。フロガはまた下を向き
「ボクにそんな力はないよ。父さんがいれば!父さんがいればみんな助かるよ!」
フロガは顔を上げ皆を見まわし
「父さんを見つけてここに戻ってくるよ!」
そう言った。
また静寂に包まれた。
隣にいるリッドがフロガの正面に座った。そしてフロガの両手を両手で握り
「私ハ、私ハフロガニツイテイク!」
リッドは力強く、自分自身にも言い聞かせているように言った。
「リッド!オーガニコロサレル!フロガモ」
ザザが心配そうな顔をして二人の顔を何度も見ている。
「オレモ足ガアレバ、フロガヲ助ケ、グラッツィヲ探シニ行キタイガ・・・足手マトイダナ」
ギッギは下を向いてそうつぶやいた。
「ダメだ」
フロガを見つめ黙っていたクラがそれだけを言った。
フロガも周りの皆も何がダメなのかよくわからなかったので黙ってクラを見た。
クラはどんぐりを拾いボリボリと噛んでゴクリと飲み込んだ。
「コーリ、リッド、ザザ、ギッギに従い生き残れ」
「エ?ソレハ・・・」
「・・・」
「ワシがフロガと共に行く。お前たちはここを守り生き残るのだ。ギッギ、頼めるか」
ギッギは顔を上げ話しを聞いていたが、また下を向き
「オレハ片足デ役ニ立タナイ」
ギッギは顔を上げて
「ダガ、アンタニ助ケラレタ命ダ。コノ命ヲカケテ皆ヲ守ロウ」
フロガの手を握っているリッドが強くフロガの手を握っている。
「私ハイケナイノ?」
少しづつ話しを理解したのか徐々に泣き顔になっている。
「必ずここに戻ってくる。待っててね」
フロガがそう言って手を握り返したらリッドは大声で泣き出した。
そうこうして宴は終わり皆寝静まった。
翌朝早く、日の出前にフロガは起きた。
まだ皆寝ていると思い静かに木の根本から外にはい出た。
外は月明りも無く、薄暗いなかで虫の鳴き声だけが響いていた。風もない。
フロガは用を足そうと少し離れた木の下に歩いた。そして用をたして振り返るとクラが目の前にいた。
「うわっ」
フロガは後ろに尻もちをつき、危なく自分の作った水たまりの上に座りそうになった。
「早いなフロガよ」
相変わらず無表情でクラが見下ろしながらフロガに言った。フロガはクラにびっくりしてまだ心臓がドキドキとして返事ができなかった。
クラは杖を片手で持ちフロガに片手を差し出して、フロガも手を握り立ち上がった。
杖を持っている老人とは思えない力強さで立ち上がらせてくれた。
「クラは音もなく歩けるの?」
フロガは漠然とした疑問をクラに投げかけた。
「はっはっは、鋭いな。まあそんな所だ」
「ボクについてきてくれるの?」
「ああ、もう生い先短いしな。おぬしに少しは生き方を教えられるかもしれん」
「昨日言ってたご先祖様のこと?」
「まあそれもあるが・・・旅の途中でおいおいと話そう。それよりも旅の準備を進めよう。皆手伝ってくれるじゃろう」
クラは振り向き、木の根の方に向かって歩いて行った。
「そう・・・だね」
フロガはまた少し孤独を感じた。ギッギ、ザザ、コーリ、リッドに会えなくなると思ったらさみしくなった。父さんを早く見つけて早く戻ってこようと決意した。
日の出と共に皆起き出した。
皆で朝の食事をした。リッドは無言でフロガの隣にちょこんと座っていた。
食事が済み次第、フロガとクラは出発する手筈になっていたが、準備など特になかった。
食料は基本的に現地調達になるので、持っていくのはわずかな木の実と干した魚が数匹程度だった。フロガとクラは動物の皮の袋に入れてそれぞれが持ったが小さな荷物だった。
木の下から出て皆が見送ってくれる。
ギッギも外まで這い出て見送りに参加した。
「留守は頼むぞ」
クラは一言言って皆の顔を見まわしている。
「フロガ、ちゃんと食べるんだよ」
コーリがフロガの頭を撫でている。
「族長、早く帰ッテクルンダゾ!無事ニナ!」
ザザは相変わらずフロガの背中をバシバシと叩く。フロガは族長も叩くのもやめてほしいと思ったけど黙って叩かれていた。そこにタックルが飛んできた。
「ウウ・・・フロガ私、アタシ待ッテルカラ!絶対戻ッテきて!!」
リッドが結構な勢いでフロガに抱きついてまた泣き始めてしまった。
「フロガよ。隊長ヲ、グラッツィヲ探シ出シテ戻ッテキテクレ!頼ムゾ」
ギッギは平服するようにフロガに頭を下げて言った。
フロガは泣いているリッドに少しオロオロしたが、皆の顔を見まわして
「いってくるね」
と一言だけ言ってリッドを離し振り向いて歩き出した。
クラもフロガに並び歩いていく。
後ろから「気を付けてー」「待っている」「フロガー」との声が聞こえるが、フロガは振り返らずに歩いた。声が遠くなっていく。
フロガの頬を一筋の雫が流れた。
クラは一度だけフロガの顔を横目で見て、また前を見て
「森を抜けた平原の先に人間の廃墟がある、そこにゴブリンが何人かいるはずだ。ヤツラならオーガを知っているかもしれぬ。そこを目指す」
そういって森の先を指さした。フロガもクラが指さした先を見た。
森は木と枝にさえぎられ見通しが悪く暗い。風が木々を揺らし、朝日の木漏れ日がキラキラと瞬いていた。