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聖女と魔獣襲来

 私の向かいでお茶を飲みながら、マリアが大きな箱を持って届けにきた。

「また、テオドール殿下からの贈り物?」

 それを見て、楽しそうにクスクス笑って、からかい混じりにそう尋ねてくるのは、帝都に住まう中でテオドールから紹介された女性。テオドールの弟の第二皇子アンリの妻のミシェルである。

 そんな彼女は、私にあてがわれた部屋の常連の客人にすっかりおさまっている。

 ミシェルは、ドラゴニア帝国は種族が異なることにも寛容だというのを体現するかのように、猫獣人である。──そう、竜人族のアンリ殿下とは異なる種族なのだ。

 猫獣人である彼女のふさりとした眺めの白い毛の生えた二つの耳と、お尻から生えた尻尾、空色の瞳は愛らしい。

 私は、城内にあるこの部屋を普段の住まいにとあてがわれ、普段は主に教会に行ったり、聖女の魔法書を読んでさらなる能力を身につけようとしたりして過ごしている。今は、癒しの力の一階級上の、護りの力を身につけようと(けん)(さん)中だ。

 けれど、ついついそんなストイックに過ごそうとしてしまう私を見かねたのだろうか。隙間をぬって、私にこの城に慣れるように、そして息抜きをさせてくれるかのように、ミシェルは度々私の部屋を訪ねてくるのだ。

「リリアーヌ様に元々最初に揃えさせていただいた衣装は既製品でしたからね。今はサイズも測らせていただいたので、今日はそれに合わせて作らせた普段使い用のドレスだそうですよ」

 マリアが目配せで私の許可を取ると、包みを開け、中に収められたドレスを開いて見せてくれた。濃い青に、銀色の精緻な刺繍と水色のリボンで飾った、可愛らしいドレスだった。

「……青……ねえ。リリアーヌったら、愛されてるわねえ。情熱的だわ~!」

「愛……なんて、そんなこと覚えがないったら!」

 私は、真っ赤になりながら慌ててミシェルのからかいに否定を入れる。

「鈍感なんだか、臆病なんだか。自分の色のドレスを贈られて、……その上、背中に乗せてもらった時点でもわかりそうなものなのに」

 ──自分色のドレス!?

 私は一気に頬が熱くなるのを感じる。

 自分の色の装飾品を贈る。それは異性への贈り物としては最上級の愛情表現──いや、独占欲すら垣間見せるものではないだろうか?

 私は、ドレスをよく眺めつつ、テオドールのことを思い出す。

 ──この生地に使った青は、テオドールの瞳の色。

 ──銀糸の刺繍に使われた刺繍糸は、彼の細い銀色の髪のよう。

 それを思い出し、彼の姿を重ねてみると、胸がドキドキと高鳴るのを感じた。

 どうしてそんなに急に私によくしてくれるのかしら? そんなに全面に愛情表現をしてくれるのかしら?

 答えを今すぐ聞き出したくも、そんな勇気はなく、自分の中にじれったさを感じる。

 ──ああもう。頭が混乱するわ!

 私は一度話題を変えることにした。

「えーっと、背に乗せるって? あれは、私を連れて歩くより速いから乗せていただけたんじゃないの?」

 私はミシェルの言葉に首を傾げた。

「……ああ、背に乗ることの意味を知らないのね。殿下からはなにも聞いていないの? 全く。牽制のつもりでそうしたんだろうけれど、本人に伝えてないんじゃ意味がないじゃないの。……はあ、情熱的なんだか、奥手なんだか」

 頬杖を突きながらミシェルがため息をつく。

「牽制……?」

 私は首を傾げる。牽制……聖女に手を出すなということだろうか?

「それと、理由は聞いていないわよ? だから、よく分からないわ」

 私の返答を聞いて、「やっぱり」と言って、ミシェルは肩を落とし再び嘆息した。

「じゃあ、殿下のペースにお任せするしかないのかしら。それにしても、じれったいわ~」

 つん、と唇を尖らせて、つまらなさそうに足をぶらつかせる。

 ミシェルは、第二王子妃といっても物事の表裏がよくわかって要領が良い。だからなのか、表の場ではきちんと第二王子妃を振る舞っている。けれどその反面、こういったくつろいでいい場では、かなり態度も口調も緩い。その様子は愛らしく、私もそういった彼女に癒されている。

「じゃあ、番っていうの、知らない?」

「……番?」

 私は首を傾げた。ますますわからない。困って眉間に皺を寄せていると、テオドールがやってきた。

「あら。殿下」

「ミシェル、リリアーヌと仲良くしてくれるのは助かるが、あんまり困らせてやらないでくれないか?」

 私たちの所までゆったりとした所作で歩いてくると、ミシェルの頭をポフポフと叩いた。

「私はお邪魔虫って所かしらね」

 再び、唇をとがらす仕草を見せる。

「邪魔って訳ではないけれど、これからリリアーヌを城下に誘おうかな、と思ってね。あまり部屋にばかりいても退屈しているんじゃないかって」

「「城下!」」

 私とミシェルが揃って声を上げる。

 この城でお世話になるようになってから、馬車を使って教会へ赴くようにはなったものの、私はそれ以外の場所にいったことがない。見てみたいし、行ってみたい。誘ってくれるのなら、ものすごく嬉しい。

 ──それがテオドールからの誘いならなおさら。

 私の心は浮き立った。

「テオドール! 城下へ連れて行ってくれるの?」

「ああ、私と共にでも構わないのなら。この国に住むのなら、この国に住む者たちのことを知って欲しいからね。一緒に、街に出かけないか?」

「ええ、勿論よ!」

 私は、勢いよく座っていた椅子から立ち上がった。

「じゃあ、私はお暇するわね。二人で楽しんでいらして」

 ウインクをしながら立ち上がると、ミシェルがしっぽをゆらゆらと振りながら部屋を後にした。

「今日贈ったワンピースは届いた?」

 私を見てそう尋ねたあと、テオドールが部屋の中を探すように眺める。

「ええ、さっきマリアが届けてくれたわ」

 私が答えると、テオドールが安心したように笑う。

「じゃあ、もしそれを気に入ってくれたなら、それを着てきてくれると嬉しいな」

「とっても素敵なワンピースだったわ。ぜひ、着させてもらうわね!」

 私がそう答えると、彼は破顔したように嬉しそうに笑った。

「じゃあ、また着替え終わるだろう頃合いを見計らって、尋ねにくるよ」

 そう言うと、私のこめかみに口づけをした。

 ──なんか、軽いキスを受けるのが当たり前になってきてしまっているのよね。

 なんというか、あまりにもそれが自然であるかのような流れでテオドールがするので、ついつい無防備に受け入れてしまう。

 それでもやはり気恥ずかしい。

 ──こんなんじゃ、無防備に好きになってしまいそうで、期待してしまいそうで怖い。

 ──テオドールには、誰か探している人がいるというのに。

 ──私は慎むべきなんじゃないの?

 最終的な体裁は自分から婚約破棄をしたとはいえ、結果、森へ捨てられた私だ。自分のことを男性が大切に扱ってくれるというのが、まだ、安心して受け入れきれなくて、ありえないような気がして信じられなくて。

 いつか、彼からの親愛を失うかも知れないことが怖かった。

 ──自分からも本当に好きになって大丈夫なのかしら。いえ、だめよね。誰か、いるんだから。

 私が思案に耽っていると、テオドールが私に声がけしていることに気がついた。

「……アーヌ、リリアーヌ?」

「あっ、はい!」

「あとでまた来るから。着替えて準備しておいて」

「はい」

 私がそう応じると、テオドールは納得したように頷いて、私に優しく微笑みかけた。

 そうして、テオドールは私の部屋をあとにしたのだった。

 テオドールが部屋をあとにすると、それを見計らったかのようにマリアが私の側にやってくる。

「では、お着替えしましょうか」

「うん、お願い」

 私は、マリアに手伝ってもらいながら着替える。そして、贈られたばかりの青いドレスと、それにあわせた同じ青のリボンを髪に結う。

「なんだか、テオドールの瞳を思い出すような鮮やかさよね」

「……ミシェル様のおっしゃるとおり、そう意図して贈られたものかと存じますが……」

「……うーん。マリアにもそう見える?」

「ええ、そう見えますが……」

 ──でも、テオドールには探している誰かがいる。

 それが引っかかって。

 マリアが呟いた言葉は私の耳には届かなかった。

 ──でも、もしミシェルのいうとおりだったらいいのに。

 その鮮やかな青いドレスと銀糸の刺繍は、やはり私にテオドールの瞳と髪の色を思い起こさせる。そのことに、私はドキドキしながら、胸に手を当てるのだった。


 ◆


「随分賑やかだろう?」

「ええ、びっくりだわ!」

 城下に下りると、商人たちや行商人、買い物をする客に、値段交渉をする人々で賑わっていた。街は石造りで、街並みも街路もすべて石で整備されていた。

「城の料理に文句を言うわけじゃないけれど、こういう所で食べるのも開放感があっていいよ。私も時々こうして外に出るんだ」

「そうなの? 皇太子殿下が……」

「忍び出ていいの?」と聞こうとすると、慌てた様子でテオドールが私の口元を覆う。そして、私の耳元に唇を寄せて囁いた。

「だめだよ、ここでは私はただのテオドール。立場は秘密にして」

 耳元をくすぐる彼の吐息がくすぐったい。私はそのことに、胸がドキドキする。

「ご、ごめんなさい、テオドール。え……っと、あなたはよくここへは来るのね?」

「そうだよ? さあ、リリアーヌ。何か、食べたいものはないかい? 私が案内しよう」

 ちょうどそこは食べ物の屋台の並ぶ場所だったらしい。私たちは、ちょうど昼食を前にして抜け出してきた。だからなのだろうか、私もお腹がすいているのに思い至った。

「ん~。そう誘われてみると、ちょっと小腹が空いた気がするわ。それに、この辺りいっぺん、食べ物のいい香りがする!」

 私は鼻をひくつかせる。すると、肉を焼く匂いや香辛料の匂いが鼻腔をくすぐった。

「うん。そうだろう? 好きなものを選ぶといい」

「あれはなにかしら?」

 私は肉の焼ける良い匂いのする屋台の前に駆けて行く。

「お嬢さん! うちの肉の串焼きは美味しいよ! 買っていくかい?」

 身を乗り出されてしまったので、慌てて私の背後に寄り添うテオドールに目配せした。

「どうしよう?」

「食べたい?」

 私が目にした、串に刺さった鶏肉は脂がのっていて美味しそうだった。どうやらこれは串を手に持って食べるらしい。

 ──けれどこれって、かぶりつくのよね?

 ナイフとフォークでの食事になれた私には、少々行儀が悪いのではないかとためらいが生まれる。

「……お行儀悪くないかしら?」

「今は私と君しかいないよ?」

 テオドールがにっこりと微笑んでくれた。

 ──彼がいいっていうならいいわよね!

「じゃあ、あれが欲しいわ!」

 私は思いきって、店主らしき男性の前に並んだ串焼きを指さした。

「おじさん、その鶏の串焼きを一本ずつ。あと、そっちの豚の肉のも二本ね」

 すると、テオドールが私の望んだものを含めて、手際よく注文する。

 合計四本、テオドールが会計をし、そして、それぞれが串焼きを二本ずつ受け取った。

「わぁ。美味しそうな匂い!」

「ああ、あっちにちょうど噴水とベンチがあるね。そこに座って食べよう」

 人混みの中、テオドールが空いた手で私の手をすくい取る。そして、私の腕を優しくひっぱってリードしながら、人の波を縫って歩いていく。

 ──手!

 私ばかりが意識させられているような気がする。私は彼のスマートさが時々憎らしく思えてしまう。

 目に見えるほどの近くに、目的地の噴水はある。

 けれど、胸がドキドキして、繋いだ手の温もりが気になって、その時間は永遠なのかと思うほど。

 ──ああ、心臓が張り裂けそう!

 そうして、私はやはり彼が好きなのだと思い知らされる。

 たとえ彼に、探している相手がいるのだとしても。

 少しでも私にもその温かな優しさを与えてくれるのなら。

 それならそれでいい、と思えてしまうのだった。

 けれど、そんな永遠に思えた時間も有限だった。

「ここかな」

 テオドールがそう言うと、繋いだ私の私の手を離す。

 ──寂しい。

 一瞬、離れた温もりにさみしさが募った。

 テオドールはといえば、空いた片手で胸元からハンカチを取り出し、二人用のベンチの片方に敷いてくれた。

「さ、どうぞ」

「ありがとう!」

 手を離した理由が、私のためにハンカチを引くためだったなんて!

 一転して嬉しく感じながら、私がハンカチの敷かれた方に座ると、その横にテオドールが腰を下ろした。距離は近く、時々不意に肩が触れてしまいそうだ。

 ドキドキするものの、今は串焼きを二人で食べようってとき。

 気を取り直して、私は串焼きに神経を向ける。

 さて、串焼き……とはいっても、こんな庶民の食べ物はさすがに食べたことはない。平民とはいえ、以前は貴族だったし、平民になって直ぐに教会に引き取られたし。こういった庶民の屋台の食べ物に接点はなかった。

 私は手渡された串焼きを前に途方に暮れる。

 食べ方が解らなくて、テオドールのほうをチラリと横目で見る。すると、彼は器用に串を横にして肉にかぶりついて抜き取りながら食べていた。

 ──ああやって食べるものなのね。

 見様見真似で食べてみる。

 かぷり、と歯でかみつき、串から引き抜いて口の中に含む。すると、じゅわっとにじみ出る肉汁が口に広がった。

「んっ、美味しい!」

「だろう? 城の料理人が作る料理は美味しいが、これはこれで城では楽しめないからな。そしてこの開放感」

 そう言うと、二本目を食べ始めたテオドールが片手を空にかざす。

 すると、そこには雲一つない青空が広がっていて、その真下で食べていることに心からの開放感を感じた。私の口角は自然と上がり、もう一口串焼き肉を食べる。

 美味しい、と自然と私の顔がほころんだ。

(素直に喜んでくれるところもまた、可愛いんだよな)

 そんなことを私の横顔を見てテオドールが考えているなんて、私は思いもよらない。

「ここ、ついてるよ」

 そう言うと、テオドールが親指で私の唇の端をついっとすくい取る。そこには、肉に絡められていたタレが載っていた。それを、平然とペロリと舐めとってしまったのだ。

「テ、テオドール!」

 私が真っ赤になって恥じらう。男性にそんなことをされるのは初めてだ。ハンカチで拭い取ってくれるだけならまだわかる……って、それは私が今座ってしまってないからなのかしら。

 直接唇の端に触れ、そこにあったものを口に含んでしまうなんて!

 私は、初めての経験に驚くと共に、恥じらって頬が熱くなるのを感じる。

(頬から耳朶まで赤くして。目まで潤んでいて可愛すぎる)

 私が抗議するのを軽くいなしながら、笑っているテオドールが考えていることはわからない。けれど、私も彼も、とても打ち解けて楽しい食事のときを過ごしたのだった。

 そうして街を練り歩く中で、私は布屋に目が留まった。

「どうした?」

「ちょっと、気になる物があって……」

 そう伝えると、テオドールが店内に私を連れて入っていく。

「気に入った布があれば衣装にしてもいい。ゆっくり見ていけばいいよ」

 彼は、私が自分用の生地に興味を持ったものだと思ったらしい。女性相手でこの場所ならなら、自然な発想だろう。

「ありがとう」

 私は、テオドールと店内で別れた。けれど、私が欲しいのは、実は自分のものではなく、テオドールにお礼をするためのもの。

 そう。彼の瞳のような青い布きれが目に入ったのだ。だから、この彼が贈ってくれたワンピースのように、彼の髪の色の銀糸で刺繍をして、お返しをしようと思ったのだ。

 ──いつも、もらってばかりだものね。お礼がしたいわ。

 ──そして、私の贈ったものがいつも彼の側にあったら嬉しい。

 だから、どうせならテオドールにはサプライズにしたい。そう思って、彼には見られたくないなと、店内にいる彼の様子をうかがう。

 すると、彼は女性向けの華やかな布地が展示されているコーナーで、真剣に物色しているようだった。

 ──それは私のため? それとも探している誰かを思って?

 一瞬、私の心が揺れる。そして、私からの贈り物なんて迷惑だろうか、と不安がよぎった。

 私は、ぶんぶんと頭を振って、店員に声をかける。どうやら、テオドールに私が買うものを詮索する気はないらしいことに安心して、私は思いきって店員の女性に声をかける。

「あの。これと、これ、ください」

 青い絹の布地と銀の刺繍糸を指さす。

 すると、店員がその合計の値段を私に告げる。

 私には、教会で奉仕したときのわずかながら貯めたお金がある。だから、それくらいは買うことができるお金は持っていた。私は下げていたポシェットから硬貨を取り出して支払いをする。

 会計が済むと、店員がにこやかに対応してくれる。

「じゃあ、包みましょうね」

 店員は笑顔でそれを包んでくれた。

「ねえ、リリアーヌ。こっちの生地はどう……って、もうなにか買ってしまったのかい? 君に必要なものなら、私が払ったのに」

 テオドールが生地を物色していた場所から動かず、身体だけ向き直って私に声をかけてきた。顔は若干残念そうな顔をしている。贈り物をしてあげられなかったことにがっかりしているのだろうか?

 そんなテオドールに、私は笑顔になる。

「大丈夫よ。私にも協会の奉仕で少しばかりの蓄えができたもの。これくらい自分で買えるわ」

「それで用事は済んだの?」

「ええ」

「そう? じゃあ、こっちに来てくれないかな? この淡いグリーンの生地なんだけれど、これ、君の髪に映えると思うんだよね」

 私と共に、店員の女性もついてきて、そちらのコーナーに移動する。

 すると、テオドールがやってきた店員の女性に目配せして、姿見をもってこさせた。それから彼は、反物の布を少し広げて、やってきた私の前にあてがった。

「どう? 合うと思わない?」

「素敵な布だけれど……いただいてばかりじゃ悪いわ」

 そう言いながらも、彼が迷っていた布は私のためなのだと知って、心が躍る。

「私が贈りたいんだからいいんだよ……って、なに?」

 急に店の外が騒がしくなる。私たちは布地を店員に預けて外の様子を見る。

「スタンピードだ! スタンピードが来るぞ! オーガの群れだ!」

 街の男が叫びながら、カンカンと警鐘を叩く。

「スタンピードだって!?」

 テオドールが、表情を引き締める。

 私は買ったばかりの布と刺繍糸の入った袋をポシェットに急いでしまう。店員は大急ぎで店じまいの準備を始めた。

 スタンピードとは、魔獣の群れが、興奮や恐怖などのために突然同じ方向へ走り始める現象。そして、街で警鐘を鳴らしているということは、それがこちらに向かっているということだ。

 私たちは店じまいを始めた店をあとにした。

「リリアーヌ。私は前線の城門の方に向かう。君は一人で城まで帰れるかい?」

 店を出た街路。そこで私にそう告げるテオドールに、私は首を横に振って返して、しがみつく。

「私も回復で役に立てるわ。あなたの……この街の人々の役に立ちたいの。側にいさせて!」

「……助かるよ。でも、絶対前線には出ないと約束してくれるかい?」

「約束するわ」

 私が前線に出ても、彼はそのことに気が散って、私は足手まといにしかならないだろう。癒しの力を振るうなら、後方で十分なのだ。

 だから、私はテオドールに向かって頷いて、了承の意を伝えた。すると、テオドールが納得したかのように笑顔になる。

「じゃあ、走るよ!」

「ええ!」

 彼に力強く手を引かれる。そして、二人で逃げる群衆とは反対に城門へ向けて走って行くのだった。

(普通の女性なら逃げると言うのが普通だというのに、彼女も役に立ちたいと言ってくれる。心優しい上に、なんて頼もしいんだろう)

 そんなテオドールの思いのうちまでは伝わらなかったけれど。

 繋げた手はいつもより体温が高く、焦りからなのか汗ばん出いる気がした。彼の手を介して、彼の緊張が私にも伝わって、私はさっきまで浮き立っていた心を引き締めるのだった。


「私は前線に行く。君は後方で補助を頼む。くれぐれも無理はしないように!」

 城門につくと、そう言い残して立ち去るテオドールを見送った。

 私にはやりたいことがあった。

 癒しの力だけじゃない。護りの力だって、この場なら必要になるはず!

 ──確か、護りの力について学んでいたところなのよ!

 ポシェットに入れていた魔法書を取り出す。そして、パラパラと該当のページを開いた。

 そこには力を分けてもらうのに必要な精霊の種類と、魔法陣、そして魔法を発現させるための呪文が書かれていた。

「護りの力は、土と風の精霊に力を貸してもらう! ノール! エアル!」

 私が叫ぶと、黄色に輝くノールと、緑色に輝くエアルが、他の同種族の精霊たちと共に現れた。

「……スタンピードが起きてるの。戦士たちが戦いにでるわ。彼らに護りの結界を張りたいの。力を貸してちょうだい!」

「「もっちろん!」」

 二人は快諾してくれる。周りにいる名もない精霊たちも、私の言葉を承諾したかのように明るく点る。

「ありがとう! みんな!」

 そう言ってから、私は視線を魔法書から前線に駆けていくテオドールへと向ける。

 片手に魔法書を持ち、もう片方をテオドールの方へと差し出す。

「土と風の力よ。我らに護りを与えしものよ。我に力を与えたまえ。……彼の者を護りたまえ(プロテクション)!」

 ──どうかテオドールを護って!

 私が唱えると、先方にいるテオドールの身体が黄色と緑の光に包まれた。

「えっ?」

 前線に行こうとしているテオドールが振り返る。そして目が合った。

「君の力かい?」

 唇がそう動いたので、そうだと頷いて見せる。彼は嬉しそうに笑って頷いてくれた。

「ありがとう」

 そう彼の唇が動いて、再び視線を前線の方に向け、そちらに駆けていった。

 ──他にも戦いに来ている人たちはいるわ。誰にも怪我をさせないんだから!

「──彼の者を護りたまえ(プロテクション)!」

 私は戦士たちに護りの力を与える。

「ぐあっ!」

「彼の者を癒やせ(ヒール)!」

 そして、加護から漏れた者の中に怪我をした者がいれば傷を癒し。

「彼の者を護りたまえ(プロテクション)!」

 そして、まだ護りを与えていないものに、護りを与えていくのだった。

 そうする間にも、一般の住民たちが後方で逃げ惑っていた。

 ──違う、私にはもっと大きな力が使えるはず……!

 なぜか、そう思えた。

 いや、そう思えたというより、そうしたいと思ったのだろうか。

 街も城も、全部私が護る! 護りたいの!

 テオドール、私を受け入れてくれた城の人々、教会に勤める人や、そこに癒しを求めてくる一般の人たち。

 全てを護りたかった。

 すると、魔法書がパラパラとページめくれる。そこに、その文字があった。

 ──これよ! これだわ! これでみんなを護ってみせる!

「──人々を護りたまえ(ワイドプロテクション)!」

 黄色と緑の光が私を中心にしてドーム状に展開される。そしてそれは、都市の人々を護るための加護となって、帝都を包み込むのだった。


 ◆


 私は両手で握った剣を構えて、スタンピードを構成する主立った種族であるオーガ──別名鬼とも呼ばれる人型の魔物を正面に見据える。

 ──さすがにここまで市街地に近いと竜の姿で戦うわけにもいくまい。

 私は辺りを見回して判断する。

 私が巨大な竜の姿になったことで市街地に傷をつければ、その復興には時間を要するだろう。

 ──ここは人型で戦った方が賢明だろう。

 もしそれでらちがあかないのであれば、最終手段として竜形となってなぎ払えばいい。

 そして、スタンピードの正体を見据える。オーガだ。

 オーガは普通のオーガが一体であればそう手強い魔物ではない。けれど、彼らは人間のように群れを作るのだ。そして、上位種であるハイオーガ、オーガジェネラル、オーガキングと上級種によって統率されて群れとなる。

 群れとなったオーガたちは危険だし、なにより、上位種になればなるほど個体としても難敵だ。

 ──来る!

 オーガジェネラルを中心とした、オーガやハイオーガの群れが私に向かって襲いかかる。

「殿下!」

 私の周囲を護る騎士団の制止を振り切って、私は、その集団に正面切って駆け寄った。

 ──大丈夫。私にはリリアーヌの護りがあるから。

 彼女の護りは温かく感じた。強く優しい彼女の想いゆえだろうか。

 そしてその温かさからだろうか。彼女からの加護は初めてだというのに、大丈夫だという確信が、なぜか私の胸に確かなものとして存在していた。それが私の自信、そしてリリアーヌへの信頼に繋がっていた。

 私はまっすぐにオーガの部隊の中央──その部隊を統率するオーガジェネラルに駆け寄っていく。

 人間の部隊であれば一兵卒であろう普通のオーガやハイオーガが、私の行く手を阻もうとして、そのツメや牙で襲いかかる。

 キィン!

 障壁に攻撃をはじかれたオーガたちが戸惑いの表情を見せる。

 そうだ。そんな軽い攻撃はリリアーヌの展開した障壁に阻まれて、私に一筋の怪我さえ与えなかったのだ。

 ──行ける!

 私は確信して、私はオーガの中で部隊を編成している主である、オーガジェネラルだけを目標を定める。そして、距離を詰める。

 ──あれを沈めれば、この部隊は瓦解する!

 オーガジェネラルを正面に見据えて、剣を斜めに二度振り下ろす。

「──双牙斬(ダブルスラッシュ)!」

 私が剣を振り下ろすと、剣はオーガジェネラルの両方の喉首を掻き切った。大量の血しぶきを上げながら、どうっとオーガジェネラルが仰向けに血に倒れた。

「殿下! さすがです!」

 騎士団たちから歓声の声が聞こえる。

 ──凄い。リリアーヌの加護があるからか、オーガジェネラルのツメや牙ですら怪我一つ与えられない……!

 私は前線に出て戦っていた。

「テオドール様! 次、右から三匹来ます!」

「わかった!」

 右足を斜め後ろに踏み込んで右に向かって構える。

 剣を両手で握りしめ、襲いかかってくるハイオーガたちを見据える。

「来る!」

 私は大地を蹴り、上斜め右から並んでやってくるハイオーガを順に()ぐ。

 ──これなら安心して剣技に集中できる!

無双三段(トルプル・ファング)!」

 私が矢継ぎ早に剣を翻して三体のハイオーガを切りつける。

「彼の者を癒やせ(ヒール)!」

 私が技を決めるのと同時に、遠くから彼女の声が聞こえる。

「おお、さすが殿下!」

 そんなとき、背後から、彼女の声がした。

「──人々を護りたまえ(ワイドプロテクション)!」

 街が、人が、自分が。加護により護られていくのを感じた。

 我々には護りがある。自分にも、そして背後に護るべき民たちにも安全が保障されている。これは心強かった。

 ──彼女と一緒なら。

 今なら、なんでも──どんな難敵とでもやり合える気がした。

 ──ありがとう。リリアーヌ。

 そう思いながら、手に握った剣を改めて握り直す。

「我々には聖女がついている! 行けるぞ!」

「「「おお──!」」」

 周囲の騎士たちが私の鼓舞に応じて声をあげる。

 彼女は──リリアーヌは、私たちみんなに魔物の群れなど、恐れるに足らず、と、そう思わせてくれたのだ。

 ──今ならやれる。

 士気の高まりは最高潮だ。

「オーガやハイオーガはお前たちに任せた!」

 私は騎士団長に命じる。

「それでは、殿下は……」

「──オーガジェネラルは倒した。残るはキングオーガのみのはず。それは私が相手をする」

 ──奥に、控えているはずだ。

 ならば、街から遠い。竜化して、殲滅することも可能だろう。

 本来なら、そこまで奥深くに潜入することは不可能なのだが──リリアーヌの護りがあれば行けるだろう。

 ──待っていてくれ、私のリリアーヌ。私の番。

 番がいてくれたらと何度願ったことだろう。だが、苦心して見つけてみれば、こんなにも頼もしい人だったなんて。

 二人なら、難でも乗り越えていける。

 今なら心の奥底からそう思えた。

「私には、彼女の護りがある」

「──聖女殿、ですな」

「ああ。……だから、行ってくる。この帝都を護ってみせる。──オーガキングを倒してみせる。それでチェックメイトだ」

 私は決意を込めて宣言する。

「……ご武運を。我々はその道を切り開き、手助けをいたしましょう」

 騎士団長とその側近たちが私の周囲を固める。

「……行くぞ!」

 私たちは帝都の先、魔獣の森に潜んでいるオーガキングを目指して駆けだしていった。


 魔獣の森目指して駆けていくと、次々と沸くように現れるオーガやハイオーガが行く手を阻む。

「殿下! 右手前方来ます!」

「騎士団長! 私はこれから竜形を取る。総員、待避指示を頼む!」

「はっ!」

 私が指示すると、騎士団長が走り続ける私を残し、騎士団たちをその場に待機させるよう、追いかけてくる騎士団たちのほうに振り返って両手を広げる。

「殿下が竜形を取られる! 総員、展開に備えて待機! 殿下が竜形を取られたのち、再び支援を行う!」

「「「はいっ!」」」

 私はその様子を背後に聞きながら、次第に人型を解いていく。

 最初に翼が。

 次にツメが硬化し。

 そして、次第に肌が銀色に輝く硬質な鱗に覆われていく。

 やがて、身体の質量が増し、完全な竜形に変った。

 息を吸い込む。そして、竜形になった竜人族に備わった、喉の奥にある魔法器官で、空気を氷に変えていく。

「氷の吹雪(アイスブレス)!」

 団体でやってくる、キングオーガを筆頭とした群れに、そのブレスを解き放った。

 オーガジェネラル以下の群れの配下たちは、ほとんどが私の氷の息吹で凍り付く。

「グォォォォ!」

 オーガたちの首領であるオーガキングは、足下を私の息吹で氷付かせられながらも、なお、上半身を捻って抵抗する。

「この国も、そして私の大切な(リリアーヌ)も私が護る!」

 私は、硬質なツメを振り下ろそうと右手を振り上げる。すると、オーガキングはそれに抗うかのように手に持った両手剣を私に切りつけてきた。

 キィン!

 けれど、その一撃はリリアーヌの護りの前には無力だった。

 ──リリアーヌ!

 私は一瞬瞳を閉じ、そして、私は背後で見守っているであろう、瞳に焼きついている大切な人をまぶたの裏に思い描く。

 そして、カッと目を見開いた。

「ウォォォォ!」

 振り上げた右手をオーガキングに振り下ろす。

「グワァァァ!」

 竜のツメの前には、オーガキングたりとも抗うことは敵わず。袈裟懸けに切りつけられたオーガキングがドウッと仰向けに地に倒れ伏した。

「残ったものの掃討、行くぞ!」

 かろうじて私のブレスを免れた、離れた位置に散らばる残党を、騎士団が処理に回る。首を捻って見回すと、それは順調のようだ。

 安堵して、私は竜形を解いていく。

 身体の質量が人のそれになっていき。

 肌が輝く銀色から肌色に戻っていき。

 ツメが人のものに戻り、そして両の翼が背に飲み込まれていく。

 人に戻った私の目に、人混みの奥向こう、ずっと先で見守るリリアーヌの姿が映る。

「リリアーヌ!」

 私は愛おしい彼女に、一秒でも早く近寄りたくて、彼女に向かって走っていった。


 ◆


 そうして無事、スタンピードの群れを鎮圧することができた。

 スタンピードの原因は、その先の魔獣の森の中に、オーガより上位の魔物が巣くったことが原因で起こったらしい。それには敵わないと、群れで住んでいたオーガたちが逃げ込んだ方向がたまたま帝都だったというわけだ。

 前線にいたテオドールが、巨大な銀竜の姿から人の姿に戻り、私の方に向き直る。すると、ぱっと安堵の笑みを浮かべて、駆け寄ってきた。私も、人混みを避けて彼の方に走っていく。

「テオドール!」

「リリアーヌ!」

 私たちは、なにも考えず、そして、一目もはばからずに抱きしめ合った。

「リリアーヌ、無事でよかった……!」

「テオドール、あなたもよ……んっ!」

 唐突に唇を塞がれる。背後は石壁だ。そこで、ドン、とテオドールの両腕で囲い込まれるようにして壁に押しつけられる。そして、私は口づけを受けていた。

 唐突な接吻に驚いて、私は反射的にテオドールの胸に両手を添える。

 それは、抵抗したいのか、受け入れたいのか。

 突然のこと過ぎて、それすら自分でも解らなかった。

 触れた彼の胸が、高揚してドキドキと激しく鼓動を打っていた。

「ん……」

「は……っ、テオ、ドール……」

 唇を塞ぐだけの、けれど、長い長い口づけ。

 それは私の息を上げさせるには十分だった。

 ようやく唇が離れる頃には、私は足が震えて力が抜け、自力で立っていられなくなった。私は彼の胸に添えた手を彼の腕に移動させてしがみつく。テオドールは、私の腰に腕を回して私の震える身体を支えてくれる。

「心配した……」

「私の方が怖かったわ……。あなたが傷ついたらと思うと……」

 ようやく落ちついて、自力で立てるようになると、テオドールの片手が私の頬に触れようと近づいてくる。と、その手の平に、見覚えのある印が刻まれているのを見止めて、彼の手を取る。

「この痣……!」

「……見覚えがあるかい?」

「……私にも、あるのよ……!」

 そうして、私はおずおずときていたドレスの襟元を下げて、胸の上に刻まれたユリの花の印だ。しかもそれは、二人のもの両方とも、いままでにないくらいに赤く色づいていた。

「やはり、君が私の番だった……!」

 両手を絡め取られて、再び背後の石壁に押しつけられる。そして、角度を変えて何度も何度も唇を食んでは繰り返される。

「はぁ……っ」

「ん……っ」

「つ、……番、って……?」

「運命づけられた……伴侶の……ことだ」

 口づけの合間に尋ねた。

 繰り返される口づけは身体中から今まで感じたことのないような歓喜の感情が沸き上がり、身体の奥深くはぎゅうっと熱く締め付けられる。

「私……が? だって、あなたには……探している人が……いるんで、しょう?」

「それは、君のことだ! 私が君を背に乗せて飛んだことも……竜人族ではプロポーズの意味を含むんだ……! 君を、ただ君だけを私はずっと探していた……!」

 彼が私の唇を解放して答える。

「テオドール!」

 私は嬉しくなって、絡め取られた指を解き、今度は自分から彼の両頬を包み込んで啄むキスをして返す。すると、テオドールはそれのお返しとばかりに、啄むキスを私の顔中に降り注いだ。

 額に。

 鼻先に。

 頬に。

 そして、唇に。

「リリアーヌ。愛しい我が唯一の番……」

「テオドール……あなたが私の伴侶なのね」

「ああ、そうだ……揃いのこれが、その証だ」

 そう言うと私の痣のある胸の上に、彼が自分の手の平を重ねる。互いの痣と痣が重なり合うと、共鳴し合うようにさらにそこがさらに熱くなった。

「もう離さないよ」

「ええ、絶対に離れたりしないわ……」

今度は優しく腕を背後に回されて抱き寄せられるのだった。

「君と一生一緒にいたい」

「私もよ、テオドール。私はあなたにずっとついていくわ」

 一人で森に置き去りにされた私を連れ出してくれたテオドール。

 私に部屋をあてがってくれたり、教会で私の希望どおり奉仕活動ができるようにしてくれたり、贈り物をしてくれたりと、なにくれと理由をつけては気を配ってくれたテオドール。

 退屈をしてはいないかと、私を城下町に連れ出してくれたテオドール。

 皇太子として、私や帝都の人々を護りきったテオドール。

 彼の優しさも、地下が強さも、全てが私にとっては惹かれる理由にしかならなかった。

「婚約しよう。リリアーヌ。両親に君が私の番であると、婚約者にしたいと紹介したい」

「本当に、本当に私でいいの? ……私は聖女。でもそれだけよ。高い身分もないし、立派な両親ももういないわ」

『──平民の分際で』

 何度言われたか知れない私を罵る言葉。私をないがしろにしてきた人たち。そんな過去が脳裏をよぎる。そして、それを思い出すと、テオドールからの心躍るはずの申し出を前に私はひるんでしまう。

「大丈夫。リリアーヌ、君がいればいい。──私には、君が全てだ」

「ありがとう、テオドール」

『君が全て』

 その言葉が、私の背を後押ししてくれる。

 そうして私の頬を歓喜の涙が伝って濡らした。それを、テオドールは唇を寄せて吸い取り、拭い去ってくれたのだった。


 ◆


「──というわけで、私の番が見つかりました。ここにいる聖女リリアーヌです」

「リリアーヌと申します」

 私たちは、スタンピードの報告と共に、婚約の許しを得に皇帝夫妻──テオドールのご両親に謁見をしにきたのだ。

「おお、そなたがリリアーヌ! 先のスタンピードでは、癒しと護りの二つの力を発揮して、我が子テオドールや戦士たちと共に戦い、そして後方で彼らを護ったと聞く」

「そんな素晴らしい力を持つ方が息子の番だったなんて、本当におめでたいわ!」

 テオドールのお父様の皇帝陛下も、お母様の皇后陛下も、諸手を挙げて歓迎してくれた。

「俺と同じようにやっと番を見つけてその心を射止めたか。よかったな、兄さん」

 アンリ殿下も祝福してくださる。そして、その横にはミシェルがいる。

「これで私たち、将来は義理の姉妹ってことになるわね! よろしくね、姉様!」

 そもそも、番というものは、そう運命づけられてしまった以上は、出会ってしまうと離れがたく、番と結婚を許されないことで命を絶ってしまう人もいるらしい。だから、番が存在し、その人物のひととなりに問題がなければ、基本伴侶として認められるそうだ。

 私もそうだけれど、ミシェルも平民出身らしい。

 そういう点からいうと、身分にとらわれない国民性といえるだろう。

 テオドールからミシェルの身の上も聞かされたおかげで、最初ためらった自分の出自のことはもう気にならなくなっていた。

「リリアーヌ嬢。この子テオドールは皇太子。代々皇太子──未来の皇帝の伴侶には、私の今している指輪が贈られるの。──さあ、テオドール」

 そう言うと、皇后陛下が左手の薬指から指輪を外す。テオドールは、玉座に近づいてそれを受け取る。

 そして、私の横に戻ってきた。

「リリアーヌ。父母の許しも得られた。私の婚約者として、これを受け取ってくれるかい?」

「テオドール……勿論です。人間の、この私でいいのなら……!」

 テオドールが私の左手を取る。そして、その薬指に、さっきの指輪を()めた。大きなダイアモンドを中央に、そして小さなダイアモンドがその中央の石を引き立てるようにあしらわれた豪奢な指輪だった。

 それはまるで私の左手の薬指にはまるべき運命だったかのように、すっと指の付け根に収まった。

「リリアーヌは、父母の許しは必要なかったのか?」

 気遣ってくれるのか皇帝陛下が私に問いかける。すでに身内気分なのだろう。『リリアーヌ嬢』ではなく、『リリアーヌ』と親しげに呼んでくれる。

「私はすでに父母を亡くしております。……身内はおりませんから、許しを得るものなど……」

 そう言いかけると、テオドールが私を抱きしめた。

「亡くなったご両親の分まで、私が君を大切にしよう」

 抱きしめる腕や胸の温もりから、温かな優しさが伝わってくる。

「なるほど。それは苦労をしたね。それでは、これからはテオドールの父母である私たちを父母だと、家族だと思うといい。必ず、私たちもそなたを何ものからも守ってみせよう」

 そう固く約束してくれたのだった。

 私は新しく私に与えられた家族というものに、とても頼もしく嬉しく感じるのだった。


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