閑話 その頃のアンベール王国①
「聖女リリアーヌを放逐しただと!?」
神事のために出向いていた神殿から帰国した国王は、王太子エドワードの襟元につかみかかり、教皇はといえば、顔を赤くしたり青くしたりして慌てている。
「なぜ、私があの者をそなたの婚約者にしたと思っているのだ!」
「なにか問題でも? 彼女は一介の癒しの聖女であり平民の女でしょう? ならば、序列的にも爵位的にもイザベルの方が私の婚約者に、未来の王妃にふさわしいではありませんか」
「そうですわ。私は私の護りの聖女としての力と、我がモンテルラン家の全力をもって殿下にお仕えするつもりですわ」
国王の言葉に、エドワードもイザベルも「全くもって解らない」といった様子で首を捻る。
「──婚約者にして縛り付けて置いた聖女ということに、その理由について、少しはなにか考えなかったのか!」
「考えましたとも。そして、全くもって理不尽な婚約であると理解しました」
父である国王の怒りに触れても、しれっとした様子で応えるエドワード。
「そうですわ。お可哀想な殿下……」
エドワードを支援しようとイザベルがわざとらしく装って涙を浮かべる。
(これでは、らちがあかない……)
アンベール国王は、頭痛がしそうになる額を押さえながら嘆息する。
「よいか。あの者は今でこそ一介の癒しの聖女に過ぎん。だが、教会の鑑定において全ての精霊の寵愛を受けし者であり、聖女としての全ての能力を行使しうる大聖女になれる可能性があったのだ! だから平民に身を落としたとしても教会で引き取り、相応の教養を与え、そなたの婚約者に据えておいたのだ! 国の外に出すということは、我が国にとって大損害なのだよ!」
「なっ……。で、でも、あくまで可能性に過ぎないのでしょう? ならば、イザベルで……」
「馬鹿者! 可能性、潜在能力が大事なのだ! それがなければそもそも大聖女にはなれん! しかも、彼女が能力を発揮するしないにかかわらず、その血は受け継がれる!」
「……つまり?」
「あの娘が無事に隣国へたどりつくということは、大聖女の身とその血が他国へ渡ってしまうということだ! それに、仮に森で命を落とすようなことになれば、大聖女の可能性のある血が失われるということだ!」
さすがにそこまで説明されると、エドワードとイザベルは自分たちのしでかしたことの問題の大きさに気がついて顔を青くする。
「そ……それならそうと、そもそも最初から言ってくださればよかったじゃないですか! そうと知っていれば、リリアーヌをみすみす森に捨てたりしませんでしたよ!」
責を逃れようと、エドワードが国王に言い逃れしようとする。
「ええい、言い訳がましい! リリアーヌをうち捨てたのはどこだ!」
「……この国の辺境の深淵の森の、ちょうど隣国ドラゴニア帝国との境と報告を受けています……」
「そんな場所、獣や魔獣たちの巣窟ではないか! 早急にリリアーヌを探させよ!」
「はっはい!」
そうして、自分の尻拭いをする形でエドワードの指揮の下、リリアーヌの捜索が始まったのだった。