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聖女は森に捨てられる

馬車での国境までの旅は長い。

 私は馬車が揺れる規則的な振動についうとうととする。


 ◆


 ──私は夢を見ていた。

「お父様! お母様ぁ!」

 当時まだ十歳の私が泣いていた。

 大雨の日に、ぬかるんだ土に車輪を取られ、馬車が横転した。それに乗っていたお父様とお母様は、二人一緒に天に召されてしまった。

 一人娘だった私は、その日突然、ひとりぼっちになってしまったのだ。

 私は、その葬儀の日のことを夢に見ていた。

「いやっ! いやぁ!」

「だめよ。お父様もお母様も、天にお召しになられたの。さあ、一緒に見送りましょう」

 棺に納められたお母様にすがりつくこうとする私を、埋葬の場に立ち会いにきてくれた、父母の知り合いの貴族が優しく宥めるように引き()がす。

「まだ十歳らしい……」

「バランド家はあの子を除いて他に、爵位を継げるような男子はいないそうじゃないか」

「……まあ、それじゃあ、あの子は……」

 ぼそぼそと、小声で私の境遇を気遣う話す声がする。

「そちらのお宅で引き取られたら? 遠い姻戚でもあるんでしょう?」

「嫌だわ。うちだってそこまで余裕があるわけでもないし。……息子と同じ年頃だからなにかあっても困るし」

 私の身を押しつけ合う声も聞こえる。

 そんな心ない声ばかりの中に、私に優しい声をかけてくれる人がいた。

「お父様とお母様はこれから土に埋めるのよ。そして土に帰って、魂は神様の元に行かれるの」

 そう言って、貴族の女性の一人が私をお母様から引き剥が離そうとした。

「離して!」

 私は泣きじゃくりながら、その手を引き剥がす。そして叫んだ。

「お父様とお母様が死んだなんて嘘よ!」

 半ば強制的に着替えさせられた黒いワンピースが土で汚れるのも構わず、私は乾いた地面にしゃがみ込む。

「誰か二人の怪我を治して!」

 そして、天を仰いで叫んだのだ。

 私が天を仰いで泣いて訴えるのと同時に、私の身体から天に向かって一本の光の柱が登ってゆく。そして、そこから雨雲が生まれた。私の周りには、私を慰めるように水色と金色の球体がふわふわと優しく囲い込む。

「なっ!」

 教会から派遣された神父様が私を見て驚きの声を漏らす。

「神様がいるって言うなら、二人を返して──!」

 雨雲はどんどん広がっていき、王都全体を覆う。やがて、ぽつりぽつりと雨が降り始め、その雨脚は次第に強くなっていった。

 降り注ぐ雨は私の頬を伝う涙のように、ほのかに温かかった。

 神父様は私が発した光を、驚愕で目を見開き、私が発した光を呆然とした様子で眺める。

 すると、杖をついていた老人が、杖を放り出して叫びだした。

(わし)の膝が、痛みが、治っておる!」

「私の剣の傷も……!」

「私の咳の長患いも、楽になったわ!」

 葬儀に居合わせた人々が口々に叫び出す。

「治癒魔法……?」

「治癒の力……聖女か!?」

「聖女だ!」

 天を仰ぎ見ながら泣き叫ぶ私を中心にして、自然と人の輪ができていた。

 皮肉なことに、お父様とお母様の死をきっかけにして、私は癒しの力に目覚めたのだ。ただし、本当に治したいお父様とお母様が目覚めることはなかったけれど。

 あとで知ったのだけれど、癒しの力には、死者をよみがえらせる力まではないのだ。だから、私が本当に願った父母の復活は叶わなかった。

 ……私は孤児になった。

 そういういきさつもあって、お父様とお母様の葬儀が終わったあと、引き取り手のない私は葬儀の場に居合わせた神父様に引き取られた。そして、教会へ身を寄せた。そして、神父様に促されるまま聖女の鑑定を受けることになったのだった。

 聖女かもしれないということがあの場で知れた途端、引き取ろうとする誰とも知れない人物が何人も名乗り出たけれど、神父様がそれを遮ってくれてのことだった。

「さあ、雨で濡れてしまった服を着替えましょうね」

 まだうら若い優しげなシスターが、私を喪服から簡素で乾いた普段着に着替えさせてくれた。そうして、神父様の待つ礼拝堂へ連れて行かれたのだった。

「身寄りのなくなった私を保護してくださって、ありがとうございます」

 私は、神父様の前に立つと、直ぐに礼を言った。

 私は、子爵家令嬢だった。けれど、アンベール王国の定めた法では、貴族の爵位は男系継承。兄弟もなく、近しい男系の親類もいなかったため、私の家は断絶してしまった。そう、私は孤児で平民の身になってしまったのだ。

「あなたには、聖女の力を持つ可能性があったからね」

「……聖女?」

 私は首を傾げた。

「そう。あなたがお父様とお母様のために祈ったあのとき、雨が降り、その雨によって王都の大勢の人々の病や怪我が治ったというんだ。私は、あの雨には治癒の力がこもっていたと考えているんだ」

「……そう、なんですか」

 そう言われたもののいまいち自分事とは思えず、私は首を傾げたまま神父様の言葉を聞いた。

「そうだよ。そして、そんなことができるのは広いこの世界で、聖女だけなんだ。だから、あなたには聖女の力があると思っているんだよ」

 優しく教えてくれたあと、神父様は私に石でできた板を差し出してきた。

「さあ、この石版に手をかざして。これは聖女の力の有無を判定するものだから」

 そう言われて、私は素直に頷いて手をかざした。すると、よく分からない言語が刻まれた石版が、五色に輝いた。

「なっ! 五色全部だと!?」

「……神父様?」

 神父様のただ事ではない様子に、私は再び首を傾げる。

「……あの、本当に私には聖女の力があるのでしょうか……?」

 恐る恐る私は尋ねる。不安だったのだ。聖女の力が間違いであれば、私は用済みだろうと。

 聖女の力もないとなれば、私は後ろ盾となる家もない身、孤児のままだになってしまう。けれど、聖女の力があれば、なんとか教会で生きていくこともできるだろう。そう、幼いながらも私は思ったのである。

「あっいや、ある。それについては大丈夫だ」

「あ、そうなんですね……」

 神父様の言葉に、私はほっと胸をなで下ろす。

「癒し……。そう、予想どおり癒しの力がある。君は癒しの聖女としての力を発揮しているし、石版も反応している。だがしかし、これは……」

 神父様は、思案げに顎を撫でる。そんな神父様の様子を私は疑問に思うものの、「なぜ」と問うことは出来なかった。まだ不確かな私の立場ゆえに、積極的に問うことが出来なかったのだ。

「……これは教皇猊下にご相談しないと。君、私は猊下に謁見が叶うよう手紙をしたためる。君は、それを中央教会に届けてくれるか」

 神父様は、側に控えていたシスターに命じた。

 その言葉に私は驚いた。教皇猊下といえば、この国の国教の長である。そんな人に謁見するなんて、予想もしなかったのである。


 そうしてしばらく経ったある日。

 まるで流されるかのように、私は神父様に連れられて教皇猊下に謁見をすることとなった。

「教皇猊下におかれましては、謁見の願い聞き届けてくださり、恐縮至極に存じます」

 神父様が深く礼を執るので、私もそれに倣ってカーテシーをする。

「ふむ。その娘が、癒しの力を発揮し、その上、それ以外の力を持つ可能性があるという娘か」

「はい」

 教皇猊下の言葉と、それに同意する神父様を見て、驚きで二人を見比べる。

 ──私にそんな可能性があるの!?

 私は声に出さずに驚いた。そんな私を余所に、二人は会話を続ける。

「報告によれば、すでに癒しの聖女として覚醒している上に、その他の力を覚醒させる可能性を持っている……と。確か、石版の五色に光ったんだったな。……すべての精霊の寵愛を受けていると。ならば、もしこの娘が全ての力に目覚めたら、この国の建国王の王妃殿下以来の『大聖女』が誕生することになる……か」

 ──私に、『大聖女』になれる可能性があるってどういうこと!?

 私は相変わらず口には出せないものの、あまりのことに動揺した。『大聖女』とは、この国の建国王を傍らで助けた女性、のちに妻に迎えられた人ただ一人である。だから、この国では神話レベルの伝説上の存在だ。

 ──その方と同じ力を持つ可能性が私に?

 私の胸の中はただ驚きでいっぱいだった。そしてただただ口をつぐむ。

「神父様。報告ご苦労であった。……この娘の身柄は私が責任を持って預かろう」

「はっ」

 教皇猊下のお言葉に、神父様が頭を垂れる。

「あの……私は……」

 私は、二人の顔を見比べる。そして、ようやく言葉を口に出せた。

 ──私の身はどうなってしまうのだろう。

 きっと、そんな不安が顔にも出ていたのだろう。

 そんな私に、教皇猊下が私に向き直ってきて、優しい笑みを浮かべた。

「大丈夫。あなたの身は私が責任を持って預かりますよ」

「……はい。よろしくお願いいたします」

 そうして私は、教皇猊下に身柄を預けられることとなった。


 そうして日を改めて、再びあのときと同じ石版を使って教皇猊下に私の能力を見せることになった。

 石版はやはり先日と同じように五色に光る。

「ふむ。確かに五色全てが光っている……」

「あの、教皇様……」

「ん? なんだね?」

「……その、五色ってどういうことなんですか?」

 私にはなぜ私に『大聖女』の可能性があるのか理由が分からなかった。

「この石版は、精霊の加護があるかをはかる魔道具なのだ。そして、精霊の寵愛を受ける者は、守護を受ける各精霊に応じて、この石版の五色の文字を光り輝かせることができる。その者は、聖女として力を発揮できる可能性がある」

「……聖女」

「そう。水と土の精霊の寵愛があれば、豊穣の力を。光と炎の精霊の寵愛があれば、先見の力を。土と風の精霊の寵愛があれば、護りの力を。そして君が発揮した、癒しの力は、水と光の精霊の寵愛を受け、さらに力に覚醒したことによって発揮されたものだろう」

「……精霊……そういえば、私がお父様とお母様のことを想ったとき、私の周りには水色と金色の球体のようなものがふわふわ浮いていました」

 すると、教皇猊下がそれにうん、と頷く。

「そう。そのふわふわしたものがおそらく精霊といわれる存在だったのだと思う。この世には五種類の精霊がいる。君の周りにいたのは、その力と色からいって水と光の精霊だろう」

「そうなんですね」

「……そうだな。他の貴族どもに知られると、君の奪い合いになるのが目に見えているな……。五色に反応したことは決して口外しないように」

「……はい」

 私は教皇猊下に対して素直に答えたのだった。


 そうして約束をして終わるとかと思ったら、次はなんと国王陛下との謁見が待っていた。子爵などの娘が会うことができない、国の統治者を前にして、私はぎこちなくカーテシーをした。震えそうな足を、なんとか保って礼を執る。

「ふむ。そなたが大聖女となる資質を秘めた娘か」

「はい。教皇猊下がそうおっしゃられておりました。精霊の加護の有無を計る石版が、そう反応したと」

「ふむ。そなた、名はなんという」

 ふと、陛下の視線が教皇猊下から私に移る。

「はい。リリアーヌ・バランドと申します」

「……ん? バランドと言ったか?」

「はい」

「バランド家といえば、先日、当主の死と跡継ぎがないことによって断絶した、あのバランド子爵家か?」

「……はい」

 私は答えて俯いた。脳裏に棺に納められたお父様とお母様の面影がよぎったからだ。

「これは、早急に保護しなくてはならないな」

「そうなのです。この娘はもはや身よりもありません。力のことが知られれば、どの貴族が我が手にと群がってもおかしくはありません。他国に知られれば他国もこぞって手を伸ばすでしょう。さらに、この娘は全ての精霊の寵愛を受けているだけではなく、石版の光の強さからいって、その力も他のどの聖女よりも上かと思われますので、国による保護が必要かと……」

 感傷に浸っている私を置いて、国王陛下と教皇猊下が話を進めている。

「ちょうど王太子が年の頃からいってちょうど良い。……その力を国から流出させないよう、王太子の婚約者としよう」

「それがよろしいかと」

「えっ!?」

 王太子の婚約者という言葉に、私が驚きで声を上げる。

「なにを驚いておる?」

 国王陛下が私に問いかける。

「その……すでに平民の私です。その私が王太子殿下の婚約者だなんて、恐れ多くて……。それに、殿下のお気持ちも……平民相手なんかじゃ嫌なんじゃないかって……」

 私は、恐る恐る陛下の顔を見上げる。

「案ずるな。あれには私がよく言い聞かせておく。そんな懸念以上に、そなたの力は希有なものなのだ。案ずる必要はない。……ああそうだ」

 国王殿下が、思いついたように私に話しかけた。

「なんでしょう?」

 私は首を傾げた。

「そなたが全ての精霊の寵愛を受けていることは、この場限りの内密の事項にする。王太子も含めて、誰にも話さないように」

 私は素直に頷いた。

 こうして、私は王太子殿下ことエドワード殿下の婚約者となったのだった。

 やがて、私はエドワード殿下本人と初めて対面する。

 しかしその彼は、私を見下し、忌まわしいものでも見るかのような態度だった──。


 やがて、私は教会に聖女として配属された。住まいも教会の寮の一室を与えられた。

 教会での奉仕が終わってからの一人の時間、私はいつもひとりぼっちだった。

 平民なのに王太子の婚約者に収まった私は、結局、聖女仲間にも忌み嫌われた。過ぎた待遇だと嫌みを言われ、あからさまに嫌がらせも受けた。

『──平民の分際で』

 表に裏に、そう責められた。

 教皇猊下が配慮をなさってくれたとしても、教皇猊下はこの国の教会内での最高位の方。そのお立場から、私一人をいつも見ているわけにはいかない。教会に不在のことも多かった。

 結果的に、傍目には過ぎた待遇を受けている私は、他の聖女から嫌われてしまった。私から仲良くしようとしても、無理だった。

 そもそも平民の私に近づきたくないという、貴族出身の聖女たち。その彼女たちは特に私への当たりが酷かった。彼女たちを差し置いて王太子殿下の婚約者に収まったことは彼女たちの神経を逆なでしたらしい。

 さらに、平民出身の聖女たちからは、同じ平民の身なのにと妬まれ、友達も出来なかった。

 次第に、遠巻きにするだけでは済まず、嫌がらせに出る聖女も現れてきていた。

 私には友達もいない。

 その代わりなのだろうか。ぽつんと所在なく誰もいない場所で時間を過ごしていると、自然と精霊たちが私の前に姿を現わし、友達になってくれるようになった。

「寂しいの? リリアーヌ」

 私が教会の裏の森に隠れていると、ルーミエを筆頭とした光の精霊たちが集まってきて、私を取り巻く。彼らはみんな背に二枚kを生やしていて、それで宙を飛ぶ。姿は小さなお人形さんのようにみな愛らしい。

「なあ、リリアーヌ。お腹がすいていただろう?」

 そう言ってくれるのはサラマンダー。

「そうそう。さっき意地悪されて、食事の器をひっくり返されていたじゃないか」

 そう気付いてくれたのはノール。

「まぁ大変。だったら、林の中にある森の恵みを探さなくっちゃ! 確か今ならザクロが時期なのよ」

 そう言ってたくさんの風の精霊を引き連れて、森の中に探しに行くのはエアルだ。

 そうして数多の人間たちに嫌がらせをされても、私は精霊たちによって、心も飢えも癒されていたのだった。

「ありがとう、精霊のみんな。……みんな、大好きよ」

 私がそう言うと、みんなが、「私たちもよ」「俺たちもだ」「僕たちもだよ」と言って、返してくれた。

 精霊たちは、聖女として力を使う術だけではなく、私にとっては大切な友達にもなっていたのだった。


 ◆


 ガタン! と大きく馬車が揺れ、動きが止まった。

「聖女リリアーヌ。ここが国境です。出てください」

 ギイと音をたてて扉が外から開けられる。

 急に差し込んだ陽光のまぶしさに、私は手をかざして目を(すが)める。

「国境って……森……?」

 馬車から降り、草むらの上に足をつけ、ぐるりと辺りを見る。

 一面を覆い尽くす、木、木、木。

 馬車が走ってきたであろう道、そしてそこから先に続く道を除いて、森のど真ん中ではないかと思うくらい、なにもなかった。

「……ここで、どうしろと?」

 思わず私を連れてきた兵士に問いかける。

「国境沿いに捨て置けとのご命令ですから。ここまでです」

「……命令どおり、と言う訳ね」

「はい」

 そうして、私と鞄一つを残して、馬車は非情にも去っていった。

 ──なんて融通が利かないのかしら。

 そんな感想が脳裏をよぎる。

 それとも、『国外追放』という処罰なのであることを考えれば、罰という意味でこれが妥当な処置なのだろうか。

 私は当たりを見回した。けれど、木以外なにもない。

「……さて、どうしようかしら」

 私は途方に暮れて首を傾げるのだった。


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