後日談
「とうさま! かあさま!」
幼い少年が私とテオドールを呼ぶ。
その子は私とテオドールの間に出来た第一子の男の子。名前はこの子の祖父にあたる皇帝陛下直々にジュリアンと名付けていただいた。彼は父親にそっくりの銀の髪と、私譲りの赤い瞳を持っている。
この子は竜人族の血を強く継ぎ、五歳にして、既に父であるテオドールと同じく、氷や水魔法を操ることが出来る。その能力は年の頃にしては高い。だから、嫡流の英才の王子として、皇帝陛下からも、そして国民からの期待も熱かった。
テオドールのお父様である皇帝陛下はまだまだご健在だから、後継順位第一位のテオドールに次いで第二位とされている。そして私はその母親。そして私のお腹の中には、すでに第二子が宿っている。私たち親子はドラゴニア帝国で安定した立場を享受していた。
そんなジュリアンが、私のもとに走り寄ってきて、体当たりしてくる。私はお腹の子に差し障りの内容ふんわりと彼を受けとめた。
「どうしたの? ジュリアン」
そんなジュリアンを抱きかかえて、私は彼に尋ねた。
「僕ね、さっきお父様みたいに竜の姿になれたんだ!」
目を輝かせて報告するジュリアン。彼は、抱きついた私と、父であるテオドールの顔を交互に見比べる。その顔は誇らしげな笑顔でいっぱいで愛らしい。
そんなジュリアンの身体を片手で支えながら、反対の手で頭を撫でてやる。すると、微笑ましいものを見るように、彼の乳母が目を細めた。
「まあ凄いわ。お父様やお母様にも是非見せて欲しいわ。ねえ、あなた?」
私はそう言いかけてから、ふと思いついて逡巡する。
「……ああでも、素晴らしいご報告事だもの。それともお祝い事にあたるのかしら? だったら、皇帝陛下や皇后陛下に先に一緒に見ていただいた方がいいのかしら……」
こういうときの作法が解らず、私は思いを巡らす。それに、テオドールが竜化した姿を考え、その大きさを思い出すと、室内はダメなのかもしれないと思い至る。
「こういうとき、どうしたらいいのかしら……」
困ったわ、と思いながら自然と視線は一緒にいたテオドールに向かう。すると、クスリと笑って彼がフォローしてくれる。
「そんな堅苦しい作法はないよ。勿論、父上や母上にもあとで披露したら喜んでくださるだろうけれどね?」
その言葉を聞いて、ジュリアンの顔がぱっとほころぶ。
「じゃあ、今とうさまとかあさまに見せてもいい!?」
ジュリアンの瞳はキラキラと輝いて、ぐっと身を乗り出してくる。もう、今更ダメだと言っても聞かないだろうといった勢いだ。
「ああ、見せておくれ」
私に抱きついているジュリアンの頭をテオドールが優しく撫でる。それを聞いて、ジュリアンがぱっと大きく目を見開く。そして、私から離れると、大きく両手を広げた。
「見ててね! おとうさま、おかあさま!」
私は、どんな大きな竜が現れるのだろうと一瞬身構える。
ところが。
ぽふん。
ジュリアンの背に小さな銀色の翼が生えたかと思うと、ぽんっと人の頭くらいの大きさの銀竜に姿を変えた。大きさ以外で父親と違うのは、瞳の色が私譲りの赤である点だ。そして、小さな翼でパタパタと私とテオドールの元に飛んでくる。
「とうさま、かあさま! 見て見て!」
小さな子竜の小さな口が、パクパクと開いては閉じては人語を発する。その姿は、まるでぬいぐるみかのように愛らしい。その姿に、思わず私も愛おしさに顔がほころぶ。
「上手に出来たわね。お父様そっくりよ」
「ああ、そうだね。ジュリアン。これでお前も立派な竜人族の一員だな」
そう父親から言われて頭を撫でられると、ジュリアンがこそばゆそうに照れ笑いをした。
「僕きっと、とうさまみたいな、おっきな竜になるんだからね!」
ふんっと鼻息荒く宣言する。
「そうね」
そう言って私は子竜の姿のジュリアンに向かって両腕を伸ばして、彼を捕まえる。そして、大事な私の宝物を抱きしめる。
「ジュリアン。立派な竜人になってちょうだい。そして、あなたの弟か妹を守れるように、お父様のように強くなってちょうだいね」
私はジュリアン、テオドールの順に視線を移して微笑みかける。……と、そのとき、お腹に衝撃を感じた。
「蹴った……わ」
私はテオドールにそのことを告げる。
「蹴ったって、お腹の子かい?」
「ええ……そう!」
胎内の子に、元気に育っていることを教えてもらえたようで嬉しくて、私は破顔する。
「ねえ、かあさま。お腹の子って、僕のおとうとかいもうとのこと?」
ジュリアンも興味津々といった様子で尋ねてくる。私がしゃがんで、抱いているジュリアンの位置をお腹近くに移動させてやると、自分から私のお腹に耳を寄せてくる。
「そうよ。お兄様のあなたにご挨拶したかったのかもね?」
すると、ジュリアンは私のお腹に口を寄せて話しかけた。
「おーい、僕がお兄ちゃんだぞ。早く出ておいで!」
そう言って語りかける。
その様子に、思わず私はテオドールに視線を向けて笑い合ってしまった。子供らしく、とても微笑ましかったからだ。
「今に会えるよ、ジュリアン。それまでゆっくり待っていてやろうな」
テオドールがジュリアンに声をかける。すると、ぱぁっと花が咲いたようにジュリアンが笑う。
「うん、僕待ってる!」
それを聞いて、テオドールがしゃがんでいる私たちと同じ高さにしゃがみ込んで、そして、母子共々大きな腕で抱きかかえる。
「ああ、私は幸せだ。大切にするよ、リリアーヌ、ジュリアン。そしてこれから生まれてくる君」
テオドールはそう言うと、私、ジュリアンの順に額にキスを降らす。
なんて幸せなんだろう。
家族を失った私にも、こんな幸福な家族が出来て。
こんな幸せが永遠に続きますように。
そう私は願うのだった。