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プロローグ

(どこだ! どこにいる!)

 日の光を受けて、銀色に(きら)めく(うろこ)を持った竜が一匹大空を羽ばたいていた。

 瞳の色は青。それは、悲しみを湛えた深い湖水のよう。

(私の(つがい)はどこにいるのだ!)

 ピイ──!と一匹の竜が、己の半身を求めて悲しく()く。その声は澄んだ空にどこまでも遠く響いていった。



 ◆


「リリアーヌ・バランド! 私、エドワード・アンベールは、ここにいるイザベル・モンテルランを婚約者にすることにした!」

「はい……? イザベル様を? エドワード殿下の婚約者に?」

 ここはアンベール王国。私はリリアーヌ・バランドという。私に高らかに宣言したのはこの国の王太子エドワード殿下という。

 私は今、突然その婚約者であるエドワード殿下から謎の宣言を受けていた。

 教会に勤める人々や、そんな彼らに救いを求める民。そんな人々多くの人の前で、突然現れたエドワード殿下に指をさされて宣言されて、私は混乱でみんなの前で首を傾げてしまう。

 だって、どうにも理解ができなかったのだ。

 なぜなら──。

 ──私は、国が決めた彼の婚約者ではなかったかしら?

 この国アンベールの王太子エドワード殿下が教会の上座から私を指さすのを、私は困惑しながらただただ瞳を大きく見開いて見つめる。目を丸くしてきょとんと凝視してしまう、まさにそんな感じだ。

 そして、エドワード殿下の横には、『(まも)りの聖女』であるイザベル様が寄り添っていた。ちなみに私は同じ聖女は聖女でも『癒しの聖女』である。

「あの……殿下? 私が……国王陛下や(きょう)(こう)(げい)()がお決めになられた婚約者……でしたよね? なのに、なぜ突然イザベル様が殿下の婚約者になられるのでしょう?」

 私は殿下に尋ねた。その私の質問のとおり、私はこの国の聖女だ。そして同時に彼の婚約者と定められているのだ。

 ──私という婚約者がいるのに、さらにイザベル様が婚約者? それってどういうこと?

 私は首を(ひね)る。

 婚約者がいるのに婚約者を定める? 意味が分からない。

「そなたは複数いる『癒しの聖女』うちの一人に過ぎない。しかも平民の身で後ろ盾もない。そんなお前が本当に王太子にふさわしいと思っているのか? それに比べてイザベル様は侯爵令嬢にして、この国唯一の『護りの聖女』。家挌も聖女としての格も、彼女の方がふさわしいではないか!」

 ──うん、まあ確かに、それはそうなんですけれども。

 周囲を取り巻く他の聖女たちも、くすくすと密かに笑っていた。彼女たちは私には好意的ではなかったから。貴族出身の者も平民出身の者も、私を好ましく思っている者はいない。だからか、晴天の(へき)(れき)のようなこの状況を彼女たちは楽しんでいるようだった。

 と……、話を殿下の話に戻そうかしら。

 そう。表向きの話であれば、そのまま殿下の言葉のとおりなのだ。

 私は、元は子爵の娘だったものの、父母が他界し、さらに我が家には後継者となる男性がいなかったために、後ろ盾となるはずだった家ごと断絶した。だから、私は孤独な身、そして平民なのである。

 さらに、聖女としての格も殿下の指摘のとおりだった。

 聖女には、『(ほう)(じょう)の聖女』『先見の聖女』『護りの聖女』『癒しの聖女』の四種類が存在する。そして、聖女の序列は、今並べた優先順位で尊ばれる。

『豊穣の聖女』は、水と土の精霊の寵愛を受け、その力を借りることで、国に豊穣をもたらす。

『先見の聖女』は光と炎の精霊の寵愛を受け、その力を借りることで、国に降りかかる災いを前もって予見する。

『護りの聖女』は土と風の精霊の寵愛を受け、その力を借りることで、個人や範囲を定めて結界を展開する。

『癒しの聖女』は、水と光の精霊の寵愛を受け、その力を借りることで、人の怪我や病を癒やす。

 そして、その四つの力全て──すなわち、全ての精霊の寵愛を受け、彼らを使役できる聖女を『大聖女』というのだ。ただ、かつて歴史上に一人しか存在しなかった、とても希有な存在だけれども。

 そうして現在のアンベール王国には『豊穣の聖女』『先見の聖女』は不在で、『護りの聖女』イザベル様が一人、そして、私を含めた『癒しの聖女』が数名いて、みな教会に勤めている。

 だから、単純に考えれば、イザベル様の方が私よりも上といえるのだ。

 家挌にしてもそうだ。イザベル様は、アンベール王国で一、二を争う権力を持ったモンテルラン侯爵家の出身。この国の王太子の婚約者に収まるにはふさわしい家柄といえる。

 イザベル様は、この国で一番の聖女なのである。

 ──ただし、あくまで単純な話なら。

 私は、数いる聖女の中でも、その魔力量──簡単にいえば精霊に祝福された力をなん回、そしてどこまでの範囲で行使できるかということ──がもっとも多い。

 さらに、魔力の強さ──精霊に祝福された力の強さ──がもっとも高い。

 それに対して、イザベル様は確かにその保有する力、『護り』の序列は私の持つ『癒し』よりも上だけれど、私より魔力量も魔力も強くはなかったはずだ。

 そして、一番大事なのは、内密とされているので口外してはいないけれど、私は癒し以外の力を発揮できる可能性を持っているという点である。

 ……とはいえ、それはあくまで内密のこと。

 私が平民の身でありながら王太子の婚約者に据えられるという、普通では考えられない国王陛下の措置に、他の聖女たちからのやっかみは凄かった。だから、この状況でも私をかばい立てしてくれる人は一人もいなかった。

 まあ、そういった事情はおいておいたとしても、今後のことを聞いておかなければならないだろう。愛してもいない人の婚約者の座を降りるのはやぶさかでもないけれど、その後の私の立ち位置というもののある。

 ──婚約者がイザベル様だというなら、私はどうなるの?

「あの、それでは私の立場は……? 国王陛下たちがお決めになられた私の婚約者としての立場はどうなるのでしょう……?」

 聖女は国で貴重で希少な存在として扱われる。さらに、強い力を持つ聖女となれば、ときに、王族と同等の扱いを受ける。なぜなら、聖女の力を他国に流出させることがあってはならないからだ。

 国を継ぐ者は聖女と結婚すべし。それは代々王家に課されている規律だ。

 聖女は国に祝福をもたらす精霊からの寵愛を受けている。そして、その寵愛の度合いが比例してその聖女の能力──力として現れる。国はその血を国外へ出すことを極端に()()した。

 精霊たちから深い愛情を受けている聖女をないがしろにしたせいで、精霊の加護がそっくり国から失われた国すら歴史上にあったからだ。

 さらに精霊の寵愛は、一部を除き血から血へ受け継がれていく。たとえ生まれた子が聖女ではなかったとしても、魔法の才能があるものが生まれた場合には、精霊の寵愛を受け、優秀な魔法使いになる可能性が高いのだ。この世界の魔法の力は、全て精霊からの寵愛によるもので、その寵愛の度合いに比例するのだ。

 話を私に戻そう。

 諸事情あって口止めされているため口に出せないものの、私は私の力に自負を持っている。それに、友達がいない分、普段から精霊たちと交流し、結果たくさんの精霊たちから愛されていた。だから、魔力量は誰よりも多く、力も強い。

 ──まあその分、他の癒しの聖女たちからは、聖女としての務めである仕事を押しつけられていたんだけどね。

 そんな中の婚約破棄。

 いざとなれば、国を去ってしまうという選択肢だって私にはある。

 ──だって他国に無事に行ければ、聖女の力ゆえに引く手数多のはずだし。

 ところがだ。

『聖女の流出の可能性』なんてものをみじんも懸念していないのだろう。王権を、仮にとはいえ王権を握る王太子に刃向かう、そこまでの度胸は私にはないと思っているのかもしれない。

 そんな私に、さらに王太子殿下はこうのたまったのだ。

「そんなもの、今、国王陛下不在で国の決裁権を全権預けられている王太子の私が、さっき言ったとおりだ。我が婚約者はイザベルにする。ああ、そうか。そうすればお前の立場はないな? そうだな、お前は……(めかけ)の立場なら置いてやっても良いが?」

 にやりと()()た笑みを浮かべて私を見下ろす。

「ちょっと、殿下!? 私というものがありながら、あんな平民を妾にだなんて! そもそも私一人では不服とおっしゃるのですか!?」

 悲鳴のように苦言をあげるイザベル様を(なだ)める殿下。その二人を遠く見上げながら、私は想わず叫ぶ。

「妾!?」

 私は目をこれでもかと開け、瞬きをぱちぱちとしながら彼の提案を(はん)(すう)した。驚きすぎて、オウム返しのようにそれしか返せなかった。

 一度たりとも私を(おもんばか)ることすらなかったくせに?

 婚約者から引きずり下ろすと言ったくせに?

 ──そんな男に妾にされて手を出されるとか、気持ち悪すぎる! 無理!

 私の心が悲鳴を上げた。

「平民に過ぎないお前には過ぎたる待遇だろう!」

 私の嫌悪感を余所に、エドワード殿下はというと、さも当然といった様子だ。私を見下した態度でそうのたまった。

 ──いや、妾とかそういうの結構ですから。というか、失礼すぎる。嫌すぎる!

 それに、そんな身に甘んじてまであなたと一緒にいたいだなんて、思わない!

 (たい)()(ほう)(とう)(ごう)(まん)……と、将来王になるものとして問題点をあげればキリがない殿下。

 将来の王だというのに、帝王学の勉学には興味を持たず。

 手癖が悪く、下は下女から上は貴族令嬢と、悪い噂が絶えない。その挙げ句のイザベル様嬢との交際発覚。そして私を手放すのではなく妾になれと言う。

 それに彼は冷酷で傲慢だ。婚約以降私は彼に優しくされた覚えはない。彼は最初から私をいとわしいものに接するのかといった態度だった。彼が私を見る、地べたを()う虫を見るような目。今までは我慢できていたとはいえ、今の状況に置かれてみると(はなは)だ不本意極まりなく、我慢ならない。

 そんな相手だから、私だって彼を敬愛したり、まして愛したりはしていない。

 でも私は、国王陛下によって王太子の婚約者とされた身だ。

 教皇猊下へのご恩もある。

 だから、今まで子爵令嬢だったという低い出自ながら、高位貴族としての礼節や常識を学び、厳しい王妃教育にも耐えてきたのだ。さらに、王太子の婚約者という立場に甘んじて、教会の奉仕に関しても手を抜くこともなく、真面目に勤めた。

 だというのに──。

 さすがにこれは限界でしょ!

「……だったら……」

「ん? なんだ、リリアーヌ。私が恋しいのであれば、請うて見せてもいいんだぞ?」

 なにを勘違いしているのだろう。ニヤリと口角を上げながら、エドワード殿下が余裕を見せる。

 たしかに、彼が先ほど言ったとおり、国王陛下が不在の今、国内の決裁権は彼の手の内だ。でも、国王陛下の決定をなんの相談もなく覆して、なにも問題が起こらないわけはないだろう。

 ──ここまでお馬鹿さんだったとは。

 うーんと、ため息が漏れてしまう。

 ──ううん。ちょっと待って。

 いっそこのめんどくさい人から逃げるには、国王殿下が帰って来る前に片付けてしまった方が良いのかも知れない。

 むこうは、国王陛下と教皇猊下がいないのを良いことにと思っているらしいけれど、こっちだって、黙ってそんな仕打ちをうけるつもりはない。

 ──その気なら、こんな立場投げ捨てて、全力であなたから逃げてあげるわ!

 私は勇気を振り絞って私は顔を上げる。

「妾だなんてごめんです! だったら私からこの婚約、破棄させていただきます!」

 そして、教会中に響き渡る声で宣言した。

 ──婚約破棄して、こんな人が将来治める国なんて出て行ってやるわ!

 私はそう意気込んだ。

「なっ……」

 エドワード殿下が、眉根を寄せ、眉尻を上げて、青筋を立てて私を見る。顔は怒りでだろうか、真っ赤だ。

 その反応は私には意外だった。

 妾になってまですがりたいと思われるほど、私に愛されているとでも思っていたの? それは自意識過剰というものだわ!

「……あなた。……殿下に、今、この国で一番権力のある殿下に、なにを言ったのか分かっていらっしゃって? 当然その言葉の責を負うお覚悟はできていてよね?」

 イザベル様はことさら殿下の腕を、彼女の豊満な胸に押しつけながら、眉尻を上げて私を見て笑う。

「聖女は国の定めによれば、国の宝に相当するわ。立場でいえば、聖女も相応の立場を持つはずです!」

 私はきっとイザベル様をにらみつける。

「あらあら。癒しの聖女の一人にすぎない小娘が。……ねえ、殿下ぁ」

 相変わらず、私のことをただの癒しの聖女としか思っていないイザベル様。彼女は、私がにらんで見る目線を無視して流す。そして、ことさら甘い声を出して殿下にしなだれかかった。

「……なんだ、イザベル」

「ねえ、この子娘、この国から追い出してしまいましょう? この娘は、この国に唯一の王太子である殿下のお申し出を拒んだのです。不敬この上ないじゃぁありませんか? そんな小娘、殿下は妾に欲しいですか? ……それに、私一人じゃ足りませんの?」

 つつ、と殿下の胸を指先でなぞりながらイザベル様が()びる。

「……それに、今の殿下でしたら、聖女とはいえこの子娘一人追い出すお力もお持ちだわ。いずれ王になられる殿下ですもの。その予行練習として、王命を発令してみてはいかがでしょう? 決裁権がある今のうちに」

 そう言って、視線を私に移しながらニヤリと笑う。

 ああそうか。

 イザベル様は、殿下が『妾』だなんて言い出すものだから、彼女は彼女で、私を追い出す口実が欲しくなったんだ……!

 一瞬、私は選択を誤ったかと迷う。自分で国外に出ることは計画のうちだったけれど、さすがに国外追放までは考えていなかった。

 だけど、妾なんて扱いだけは受け入れられない。

「ねぇ、殿下?」

 イザベル様がことさら甘く媚びるように殿下に向かって微笑む。

「……そうだな」

 据えた目で私を睨め付けて、殿下が私に宣言した。

「騎士たち、リリアーヌ・バランドを捕らえろ! リリアーヌ! そなたには国外追放を命ず!」

 その言葉とともに、陛下の周りに控えていた騎士たちが、一斉に私を捕らえに走り寄ってくる。

「きゃっ!」

 私は左右から両腕を捕らえられ、床にその身を押しつけられる。

 用意周到といった手際の良さ。不意打ちといってもいいすばやさで、私は騎士たちに捕らえられてしまった。

「国境沿いの森にでも打ち捨てよ!」

「「はっ!」」

「待ってください!」

 殿下の言葉に、私は咄嗟に叫ぶ。

 ──ちょっと待って! 自由に出て行くのと、どこだかも知れない森に捨てられるのでは話が違う!

「なんだ。この状況になって怯んだか」

 殿下が口の端を上げて皮肉に笑う。

「違います! この国を出るにあたって、荷造りくらいはお許しいただきたいのです!」

 私は殿下をにらみつける。

 ──あなたに媚びたりなんかしないわよ!

「……ふん、鞄一つなら許してやろう」

 そんな私に対して、殿下は鼻を鳴らし、(あざけ)るように吐き捨てた。

 そうして、私はたった鞄一つを持って国を追い出されることになったのだった。


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