旅人
乾いた砂埃を巻き上げた風が
夕陽に照らされ
赤く染まる
空白に延びていく
道の途中
疲れた体を休め
一杯の珈琲で
彼は過ぎ去った思い出ばかりを語る
砂糖壺から
一匙 もう一匙と
甘さを足しながら
嘘も本当も溶けてしまえば
ここは仮初めの安息の地
くすんだ窓硝子の向こう
風見鶏はからからと回り
そっぽを向く
ラジオから流れる
ノイズを掻き分け
彼は微かなメロディを拾い上げては
飴のように
口の中で転がしている
旅行鞄に押し込められた
古いガイドブックには
消えた町の名が
まだ記されていて
赤いペンで囲われた
夢見た場所には
折り目がくっきりと
残されていた
いつだって
そこに近づくことより
ここから遠ざかることに
彼の自由はあって
喉を流れ落ちた珈琲が
彼の渇きを満たすことなく
黒く沈んでゆく
青い夜が訪れ
白い朝を迎えれば
彼は来た時と同じように
ドアベルを鳴らし
振り返りもせず
ここを
去って行くのだろう