第六十六話『速水碧は知っている』
午後六時。
夜も極みを深めた頃。
既に特等学園の生徒を乗せたバスは旅館を去っていた。
一台だけバスは残されている。
旅館の地下。
そこに速水が鬼灯を連れて訪れていた。
地下には斑鳩だけがいる。
斑鳩は速水と鬼灯の後ろに立つ人物に視線を送る。
「お前は?」
「申し遅れました。私は図書館。あなたがご存じの通り、百年前の十三日の金曜日を生きた暗殺者です」
図書館は律儀に挨拶をこなす。
斑鳩はさほど驚く様子はない。
すぐに視線は図書館から外れ、鬼灯へ。
「鬼灯、私はお前の母、白草冬華を殺した。それについて言うべきことはあるか」
「たくさんあるよ。何でお母さんを殺したのか、殺さなくても良かったんじゃないかって。だから、私はいまいち納得できてない」
鬼灯は拳を握り締め、うつ向きながらも言った。
「でも……母は救われたのかもしれない」
鬼灯は知っている。
白草冬華が苦しんでいたことを。
暗殺者としての生き方を嘆いていることを。
「母の後悔を知っている。だから私は、これ以上後悔を産まないために前に進むよ。それが、私の生きる道だから」
鬼灯の決心は既に定まっていた。
斑鳩は鬼灯の言葉を聞き、表情がわずかに揺らぐ。
それは水滴が大海に落ちるような些細なものだ。
「鬼灯、君は強くなったな。あの頃とは比べ物にならないほど成長した」
「ここに来るまで、たくさんの人に支えられてきた。暗殺学園の人だけじゃない。私を拾ってくれた諜報機関の人、西国の人、他にもたくさんの人が私を導いてくれた。おかげで私はここにいる」
自分の足取りを一つ一つ思い浮かべる。
鬼灯は自分が多くの人に支えられたことを身に染みて分かっている。
「私はその感謝を返すために、速水と手を組んだ」
「それが、速水とともに来た理由か」
「はい」
鬼灯は迷うことなく返事をする。
「つまり速水、君は眼帯を殺したということか」
「だから来たんです」
「仕方ない。それでは私は従うしかないな」
斑鳩の声には嬉しさがのっているようにも思えたが、あまりのポーカーフェイスに本心は不明。
だが喜びに近しいと速水は感じ取っていた。
「ところで、風霧と赤羽に不和の追跡をさせているようだが、大丈夫なのか」
「七十二のパターンは対策済みです。彼らは優秀ですから、作戦の成功を信じています」
「ならいいが……」
斑鳩は若干の不安を抱えながらも、一切の不安もない速水を見て心配をやめた。
「まず、速水の話を聞く前に十三日の金曜日で悪魔と呼ばれた人物について話しておこう」
その語り出しから、斑鳩はある暗殺者のことを話し始めた。
「十三日の金曜日、そこで悪魔と呼ばれた暗殺者がいた。彼の変装術は非常に優れていた。そのため、あらゆる人物に成りすまして世界中で暗殺を行った。
彼の厄介な点はそこだけではない。彼は変装した人物のあらゆる情報を入手し、その全てを完全に記憶することができた。よって彼はあらゆる分野に影響力を与えることができた。
結果、彼は南国の大王を暗殺し、成り変わった」
「……えっ!?」
鬼灯は驚く。
「南国の大王は真紅が殺したんじゃないんですか」
と言いながら、鬼灯の目線は速水へ向けられる。
速水は身体を真紅に委ねる。
「確かに私は南国の大王を殺した。だがその時、既に彼が成り変わった後だった。私は彼がこれ以上影響力を強めるのを危惧し、暗殺した。
──はずだった」
速水の表情には悔しさが滲み出ていた。
「彼は生きていた。その結果、彼は変装していた人物の影響力を使い、暗殺者を利用し、十三日の金曜日を引き起こした」
「じゃあ……」
「十三日の金曜日、全ての元凶は彼──悪魔だ」
だが百年も前の話だ。
いくら変装術ができようと、年齢を変えることまではできない。
そう鬼灯は思い込んだ。
「彼はあらゆる分野で知識と影響力を持っていた。西国が非常に優れた科学力を持っているのを利用し、忍び込み、心臓を移し変えることで生き延びる技術を研究した。最悪なことに、その実験は成功した」
斑鳩の説明を聞き、速水は苦悶の表情を浮かべる。
「彼は現在も心臓を様々な場所で移していき、生きている。悪魔の正体は──」
突然扉が開かれる。
そこには全身包帯だらけで、歩くのも一苦労な住川が立っていた。
第Ⅳクラス最後の生き残り。
「どうした?」
「私は、その心臓の行方を知っている」
住川は息を切らしつつ、言った。
「誰だ。心臓を持っているのは」
「今、その心臓はある人物の胸の中にある。それは──」