第六十五話『八神隷:プロローグ』
遊園地は高さ十三メートルはある策に囲まれ、また策の最上部には電子線が置かれ、策を登って出ることは難しい。
出口は二つだけ。
東と西にある門だけだ。
どちらの門も赤いコーンが立っているだけで簡単に出入りできる。
東か西か。
十分間の沈黙。
遊園地内に動きは見られない。
まず動いたのは、メリーゴーランドだ。
メリーゴーランドが突然ライトアップされ、動き出したのだ。
遊園地の中央にある大きな塔。
その屋上。
鳳はスコープでメリーゴーランドの周囲を確認する。
丁度メリーゴーランドから蜘蛛のマスコットの着ぐるみが走って出ていく。
「もし中に防弾チョッキを着ていたら、もし着ぐるみが鉄製だったら……なんてことを考えても無駄ね。すぐに片付けましょうか」
スコープで着ぐるみの頭部に狙いを定め、引き金を引く。
弾丸は確かに命中したが、着ぐるみは走り続けている。
「残念。別の策で殺さなきゃ駄目ですか」
鳳は先ほど放った銃弾にGPSをつけていた。
そのため、現在着ぐるみがどこにいるか分かる。
着ぐるみは出口へ走っているものだと思っていた。だが違った。
「この方角は、北ですよ。あなたは一体何がしたいんですか」
着ぐるみは次々とアトラクションを動かしていく。
ジェットコースター、観覧車、コーヒーカップ……。
様々なアトラクションがライトアップされ、動いている。
「暗い世界の方がこそこそと隠れられて良かったでしょう。しかしあなたは光り輝くことを選びました。ここがあなたのハイライトです。──八神さん」
着ぐるみの身のこなしで、鳳は着ぐるみを着る人物を特定していた。
鳳は着ぐるみにつけたGPSを確認しつつ、残る三人の動向を探る。
「動きがないですね。諦めて籠城でしょうか。普通私に立ち向かおうなどとは思いませんか」
鳳はため息を漏らす。
「内部を見てみましょうか」
鳳は側に置いていた電子機器に手を伸ばした。
画面には園内の様々な場所の映像が映し出されている。
鳳は画面に目を映し、表情を曇らせる。
「幾つか監視カメラが壊されている。ハッキングは織り込み済みですか」
鳳はさほど驚かず、次の手に移行した。
画面には新たな映像が映し出される。
新たに画面に映ったのは遊園地の外につけられたカメラだ。
「おっと、こうしている間にも八神さんがアトラクションを動かし続けていますね」
鳳が目を離している隙に、北から西、南エリアにある全てのアトラクションが稼働する。
「目的は何? ただの陽動? それならすぐに終わらせても構わないかしら」
鳳はスイッチを取り出す。
スイッチを押すとともに、着ぐるみが立っている側にあった街灯が爆破する。
横転した街灯は着ぐるみをペチャンコに押し潰した。
「呆気ない。あとは残る三人が立て籠っている食堂を爆破しましょう」
鳳は躊躇なくスイッチを押し、食堂を爆破させた。
食堂は火柱を上げて炎上し、崩落する。
第Ⅴクラスは全滅した。
それは順当にいっていればの話。
鳳はあまりの手応えのなさに違和感を感じ、改めて遊園地外にある監視カメラの映像を確認する。
やはり人影はない。
動いている影は見当たらない。
「…………」
鳳は髪を耳にかけ、意識を集中させる。
即座に振り返り、取り出したナイフを振るう。その刃は丁度何かにぶつかった。
鳳の背後には八神がおり、ナイフを振り下ろしていた。
「鳳、お前は俺に負ける」
八神は着ぐるみから危機一髪脱出し、鳳のもとまでたどり着いた。
「私と真正面からぶつかるなんて正気の沙汰じゃない。もう少し頭を使いなさい。あなたじゃ私には勝てないんですから」
「俺がお前に勝てないなんて、勝手に決めてんじゃねえ」
「じゃあなぜあなたは地べたに這いつくばっているの」
次の瞬間、鳳の鋭い蹴りが八神の足首に炸裂し、回転する勢いで地べたに倒れる。
「まだ、まだだ」
八神は必死に立ち上がろうとするが、鳳に頭を踏みつけられ、立ち上がれない。
足掻く八神を鳳は冷静に見下ろす。
「八神隷、あなたの作戦はまだまだね」
「まだ終わってない」
「いいえ、終わりよ。だってこれから観覧車を破壊するんですから」
「──はっ!?」
八神の表情は突然曇る。
鳳の台詞の意味を分かっているから。
「なぜ遊園地内のアトラクションを次々と動かしたのか。それはどれか一つを脱出に使いたかったから。私に陽動と思わせられれば良かったんでしょうけど、相手が悪かったですね」
鳳は電子機器の画面にある映像を映し、八神に見せる。
地面に頬を擦り付けながら、映像に目を向ける。
「これは……」
映し出された映像は観覧車内の様子だ。
観覧車内にはパラシュートの入ったリュックを背負った神原、漆原、夜薙の三人が映っている。
「君たちの発想は私の憶測の域を出ないな。相変わらず平凡だ」
鳳はスイッチを手に持っている。
「何をする気だ」
「八神、君には絶望の味を噛み締めてもらう」
「やめろ。やめろォォォオオオ」
顔をくしゃくしゃにして叫ぶ八神を横目に、鳳は口を三日月にしてスイッチを押した。
観覧車は爆発し、映像も爆炎に包まれた。
「…………っ」
脱力する八神。
全身が脱け殻のようにひ弱に溶けていく。
「最後は八神、あなたの番です」
「……鳳、よくも」
「恨むなら自分の弱さを恨みなさい。では、さよなら」
鳳はナイフを八神の頭に振り下ろす。
──が、八神の頭部が爆発した。
鳳は吹き飛び、屋上を転がった。屋上から落ちる寸前で耐え、八神に視線を向ける。
八神は爆煙に紛れて逃げたのか、いなくなっていた。
「今のは一体……」
鳳は推察する。
だが分からなかった。
屋上の下の階の天井を見ると、爆発の起源と思われる場所を発見した。
「なるほど。あらかじめ仕掛けておいた爆弾が爆発したんですか。幸運に恵まれましたね」
鳳は遊園地中に仕掛けた爆弾を起爆させようとも思ったが、スイッチを押さなかった。
「まあいいでしょう。私が殺さずとも、八神はいつか命を奪われる」
鳳は八神を見逃した。
その頃、既に八神は遊園地を出ていた。
♤
八神隷は失った。
仲間を失った。
空虚な瞳には何も映らない。
遊園地外の壁に寄りかかり、夜空を見上げているにも関わらず、夜景がきれいなどとは思えなかった。
大切なものがあった。
やり直したい、そう誓った。
彼らもそれを受け入れ、共に踏み出そうとしてくれた。
全てはあの瞬間、爆炎に包まれた。
夢見た景色は炎の中に。
ありがとうも、ごめんなさいも、まだ上手く伝えられていない。
何も恩返しをできてない。
やらなきゃいけないことを何もできなかった。
たった一人で生き残った。
手の中には何もない。
空っぽの手は虚空を掴むだけ。
八神は顔を塞ぐ。
目を逸らすために、現実を直視しないために。
それでも現実は八神を蝕み続ける。
血でまみれた手だ。
罪だらけの背中だ。
無能なだけの石だ。
地べたに転がっている方がお似合いだ。
身体に力が入らない。
誓いは全て炎に消えてしまった……。
──違う。
今度こそ、変わる時だ。
変わらなければ。
ゆっくりと八神は立ち上がった。
今にも折れそうな貧弱な足を無理矢理前に進める。
次々と湧き出てくる弱音を押し殺し、前へ、未来へ。
後ろを振り返る。
誰もいない。
一人だ。
たった一人の道だ。
八神の心は折れている。
ガムテープで固定したような不安定な心だ。
でも、
「俺は、誇れる人間になる。だから、見ていてくれ」
空に向けて言葉を放つ。
空は何も答えない。
いつか誇りになれたなら。
その時はあいつらのもとへ。




