第六十四話『第Ⅴクラス包囲網』
──どうして俺が落ちこぼれている。
八神隷は自分が置かれた状況に絶望していた。
次々と対抗策を潰され、状況は悪化していくばかり。
八神とともに行動する第Ⅴクラスの暗殺者は疲弊しきっていた。
特待Aクラス第五席八神隷。
Aクラス第六席神原。
Bクラス第八席漆原。
Cクラス第九席夜薙。
午後四時。
旅館へ向かう道の最中、第Ⅴクラスは第Ⅰクラスの急襲に遭う。
街のど真ん中、多くの人が行き交う道で、銃弾は踊った。
銃弾は八神の足下に落ちた。八神は自分が狙われていることに気付き、人混みを利用して逃げようと画策。
街を外れ、遊園地につく。
今日の営業時間は終了し、遊園地には人はいなかった。
八神らが遊園地に入って数分が経つが、狙撃の気配はない。
「上手く撒いたか」
「にしても相手は誰なんだ。誰が俺たちを──」
「──ぁ…………っ……、…………よ」
突然のノイズ。
耳に機械を埋め込まれたような不協和音。
ノイズがする方へ視線を向ける。
音の元凶は遊園地のいたるところに設置された園内放送用のスピーカー。
「……ザ…………ザザッ………………」
ノイズが波のように揺れている。
「神原、この遊園地の地図はあるか」
「写真を送信します」
神原は八神の要望を瞬時に理解し、的確に行動した。
送られた写真は遊園地の地図だ。
「放送室はまあまあ遠いな」
八神がいる場所はお化け屋敷の中。
放送室に到着するには走っても五分ほどかかる。
ノイズが晴れた。
「私は鳳凛香。これから第Ⅴクラスを終わらせます」
「──は!?」
襲撃者の正体を知った第Ⅴクラス。
八神はしばらくスピーカーを凝視して固まり、呼吸を忘れていた。
数秒かけて状況を呑み込み、次第に表情は青ざめる。
「全員、覚悟しろ。これから私たちは……死ぬ」
神原は呟く。
鳳を相手にするということは、死を意味する。
暗殺学園十三期生の生徒は皆、そのことを知っている。
鳳凛香を敵に回した瞬間、死亡は確定的事実へと変遷する。
「せいぜい生き延びてみなさい。もし殺されずに遊園地を出れたなら、今後一切あなた方の命は奪わないと誓います」
希望の言葉、などではない。
鳳の暗殺から生きて帰れなどというのは不可能だ。
全員が諦め、やる気を喪失した。
「死んでたまるか」
淀んだ空気を一掃。
八神の喝!が遊園地中に響く。
「俺は──」
八神は思い出していた。
自分の原点──暗殺学園に来た日のことを。
♤
「北国に隔離され、奴隷のように扱われていた子供の救出に成功しました。しかし既に子供の大半は死亡。手遅れでした。暗殺者として優れていたのは八神隷、彼だけでした」
八神は北国の奴隷だった。
生まれは東国だが、北国に拐われた。
東国の治安管理は主要都市やその近郊では優れているが、辺境の町の治安は最低だった。
北国の盗賊団が潜入しても、そのことに誰も気付かない。
八神は奴隷の中では優れていた。
奴隷はまともな読み書きを習わないが、盗賊団らの会話を聞いて一般的な会話術を磨き、読み書きを鍛えた。
肉体労働にも優れていて、他の奴隷の三倍以上の効率を叩き出していた。
八神は見てきた。
自分と同じ子供が倒れていくのを。
一人、また一人と、次々と子供が倒れていく。
──どうして君たちは死んでいく。
羽の生えた虫が地に落ちていくのを見るように、倒れていく彼らに慈悲を抱くことは決してない。
自分と彼らの違いを理解するのに苦しむだけ。
自分は平気だ。
この程度も労働でなぜ倒れるのだろうか。
どうして他人はこんなにも脆いのか。
──どうして他人はこんなにも脆い。
分からない。
八神は考え続けた。
日々、消えていく子供らを眺め、思考を繰り返す。
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ……
そして気付いた。
自分は優秀なのだと。
誰よりも優れているのだと。
「そうか。俺は、強い。ここにいる誰よりも、圧倒的に」
それに気付いた八神は、一ヶ月待った。
一ヶ月の間、八神は自分の優秀さを確かめるための策を立てていた。
条件が整い、一ヶ月が経った。
その日、奴隷収容施設で事件が起こった。
一人の少年が大量の子供と見張りを殺害した。
数日後、東国が密かに派遣した暗殺者が駆けつけ、悲惨な光景を目にした。
多くの死体が積み上げられていた。
中には解剖された遺体もあり、駆けつけた暗殺者でさえ目を疑うほどの景色。
倒れる数多の命の中で、立つのはたった一人だけ。
「お前、名は?」
「八神隷。ここで最も優れた人間だ」
その後、八神は暗殺学園に入学した。
クラス分けを行った際、当然彼は特待Aクラスだった。
多くの者が彼の未来に期待した。
どれほど優秀な暗殺者になるかと羨望した。
だが、結果は追いつかなかった。
♤
特待Aクラス末席の速水に敗北し、今、鳳によって命を落とすかもしれない死地に立たされた。
八神は自分の今を呪った。
それでも彼は死を受け入れはしなかった。
「神原。漆原。夜薙」
ついてきた暗殺者の名前を呼ぶ。
「俺は特待Aクラス第五席八神隷。たとえ特待Aクラス主席だろうと、同じ特待Aクラス」
取り出したナイフを手の上で華麗に回し、顔前で凛と構える。
「俺が道を切り開く。ここをみんなで生きて帰る」
相手が鳳であろうと、八神は諦めなかった。
「でも、相手はあの鳳凛香だ。勝てるはずない」
夜薙は泣きそうな声で本音を漏らす。
神原、漆原も同じ意見だった。
「俺を信じろ」
八神は三人に背を向ける。
「確かに、相手はそれほどの強敵だ。戦って生き残れる保証はない。それに……」
わずかに躊躇う。
だがすぐに言葉を続ける。
「ただでさえ俺は速水に負けて、それにずっと執着してた。お前らにはさんざん迷惑をかけた。頼りない背中だ。哀れな背中だ。だから──」
吐き出した自分の弱さと向き合いながら、うずくまる三人に顔を向ける。
「ここを生き残って、やり直したい。今度は誇れるリーダーになれるように、誰もが認めるリーダーになれるように」
八神はやり直そうとしていた。
その一歩を踏み出す勇気を出した。
「…………」
「…………」
「…………」
三人は顔を見合せ、ほくそ笑み、
「随分とお人が変わりましたね。八神さん」
「意外とこのクラスで良かったのかもしれない」
「八神さんは俺たちのリーダーです」
八神の心に日が差し込める。
心が温かく、火照っていく。
折れていた神原、漆原、夜薙の心は奮い立たせられた。
八神の背中についていきたいと、彼らは思った。
「行こう。俺たちでも鳳を超えられるって証明をしに」




