第四十三話『各クラスの状況』
氷夜率いる第Ⅳクラス。
特待Aクラス第四席氷夜冴。
Aクラス第五席氷織吹雪。
Bクラス第七席住川。
Cクラス第七席不叶、第八席姫北。
彼らは冬待の街郊外の大規模な森林にて、待機している。
森の中には古びた屋敷があり、そこを根城としている『見えざる手』のメンバーを三人始末した。
「死体はアタッシュケースに詰めろ。すぐに暗殺学園から回収班が送られてくる」
氷夜の指示の下、第Ⅳクラスのメンバーは死体をナイフで分解し、アタッシュケースの中に整頓する。
「一気に三人か。もしここが『見えざる手』の拠点となっていれば、この場所に他の諜報員が戻ってくることも考えられるな」
「屋敷の中を探したところ、おそらく通信に使っていたと思われる機器を発見しました」
住川はその機器を氷夜のもとまで運んだ。
パソコンほどの大きさで、手軽に持ち運べるような大きさだ。
「通信履歴を探れるか?」
「時間は掛かりますが可能です」
「では任せた」
「はい」
住川は機器を持ち、機器があった部屋へ戻り、作業を始める。
死体処理を担当していた姫北と不叶は仕事を終わらせ、アタッシュケースを三つ並べる。
「お前たち二人は休んでいろ」
「ありがとうございます」
「はぁ。疲れた」
戦闘の緊張感と死体処理の疲労が溜まった二人は、床にごろんと寝転がった。
「吹雪。一緒に来い。話がある」
「…………」
氷夜と氷織は姫北と不叶に話を聞かれないためか、別の部屋に移動する。
二人がよく一緒に行動するのを見ている姫北不叶は、ニヤニヤと見送った。
「あの二人、付き合ってるのかな」
「そうだったらめでたいな」
別の部屋で、氷夜はいつもとは違う雰囲気で氷織と対峙していた。
吹雪は終始表情が暗い。
「大丈夫か?」
「うん。でも……」
倒れかけた氷織の身体を氷夜は支える。
氷織は今にも倒れそうなほど気が滅入っている。
「この任務が達成されればいいだけの話だ」
「それでも……心配だよ。他の誰かが失敗すれば……」
「その時は俺が何とかしてやる。だから今は任務に集中しろ」
「本当に?」
氷織は潤んだ瞳で氷夜を見つめる。
氷夜は氷織の両肩に手を置き、お互いに見つめ合う。
「俺を信じろ」
「信じるよ。氷夜冴」
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不死が誘う第Ⅱクラス。
特待Aクラス第二席不死朧。
Aクラス第三席鳴海。
Bクラス第三席三浦、第四席猫又。
Cクラス第三席裏桐、第四席西宮。
第Ⅱクラスで最も強さを誇る不死。だがこのクラスを率いるのは彼ではなかった。
『見えざる手』の諜報員の死体の側に立っているのは鳴海。
廃ビルの一室に第Ⅱクラスは集っている。
「猫又と三浦は目撃者がいないかを確認。Cクラス二人は遺体をアタッシュケースに詰めろ」
鳴海の指示の下、第Ⅱクラスは動く。
不死は部屋の隅で陰を潜めている。
鳴海はそんな彼に視線も向けず、ただ一言呟く。
「いざという時は犠牲になってもらいますよ」
「…………」
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神凪が先陣切る第Ⅲクラス。
特待Aクラス第三席神凪巫女。
Aクラス第四席黒井。
Bクラス第五席不知火、第六席乾。
Cクラス第五席神宮、第六席東。
神凪は後ろから追ってくる自分のクラスの暗殺者に目も向けず、目の前を走る諜報員に向かって疾走していた。
既に右腕を刃で切り裂かれている。痛みを抱えて命を繋ごうと走る。
雪が降り積もる雪原。激しい雪が吹き荒れ、次第に足取りも重くなる。しかし追跡者の足取りは軽くなる。
「ひゃっはー」
四十センチは積もった雪の大地を飛び上がり、諜報員の頭を飛び越えて正面に着地する。
「『見えざる手』、まずは一人目」
「やっぱり東国には暗殺者がいたか」
「そうだよ。だから君を殺しに来たんだ」
「ここは観光地だ。多くの人が訪れる。誰かが見ているんじゃないのか」
腕の出血部分を押さえながら諜報員は言う。
「抜かりはないよ。心配なのは君の血だけど、冬待の雪がきれいさっぱり白紙に戻してくれる。だから──」
神凪の右手に握られた槍が諜報員の首を綺麗に貫く。
真っ赤な鮮血が白雪を染め、一人の命に終止符を打つ。
神凪が諜報員を仕留めた後で、ようやく他の暗殺者が到着する。
「神凪さん、独断専行は控えてください。ただでさえこの任務は失敗ができない」
追いついたばかりの不知火は息を切らし、僅かな疲労を見せて抗議する。
「私一人の方が失敗しないよ。だって私、強いもん」
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八神が企む第Ⅴクラス。
特待Aクラス第五席八神隷。
Aクラス第六席神原。
Bクラス第八席漆原。
Cクラス第九席夜薙。
八神は対『見えざる手』の策を打たず、行動もしない。その姿勢に対し夜薙は不満を持っていた。
「八神さん、今回諜報員を多く殺したクラスには報酬が与えられる。諜報員を探しましょう」
「不要だよ。どうせ一位は第Ⅰクラスだ。鳳がいる限り、俺たちは引き立て役だ」
八神の意見に神原、漆原も似たような意見だったのか、反論に加勢しない。
「じゃあこれからどうするんですか。呑気に観光でもする気ですか」
「やることといったら決まってんだろ。第Ⅵクラス潰しだよ」
予想通りだったのか、神原はため息をこぼす。
「八神、あなたじゃ速水には勝てない。それは先日の争いではっきりしなかったでしたか?」
「一度敗北しただけだ」
八神は打倒速水という目的を覆すつもりはなかった。
神原は八神の願いを叶うはずのない夢物語だと信じて疑わず、再度八神へ戦いを挑もうとするのを無謀だと考えている。
「あなたは諦めが悪い。実力の差は明示されたというのに」
「それでも、勝つまで戦うんだよ。それが俺の信じた道だから」
「そうですか……」
神原はもっと抗議したいことがあった。だが八神の真っ直ぐな眼差しを見ていると、不思議とその気も失せてしまった。
「速水碧。お前は今どこにいる」
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速水が導く第Ⅵクラス。
特待Aクラス末席速水碧。
Aクラス末席宮園潮。
Bクラス末席赤羽クロウ。
Cクラス末席幽仄。
旅館の屋上に集まる第Ⅵクラス。
第Ⅵクラスはまだ一人の諜報員とも接触していなかった。
それどころか諜報員を探すことさえせず、別の問題に立たされていた。
「幽、有栖川の遺産を探しに行くつもりか」
「…………うん」
「それが君の答えだったね」
大広間で会議が行われた夜、風霧と海原の問いかけに対して幽が返した答え。
あの時は感情的になっていたのかもしれない。だが今の幽は冷静に返事をしている。
「このクラスで過ごせた日々も楽しかった。でもね、アリスとの日々の方が色づいて見えるんだよ。あの人は僕の世界を変えてくれた」
徐々に感情的になる幽。
彼が口にした思いに、全員が驚いた。
あまり感情を表にしない幽。しかし有栖川のことになると途端に感情が溢れ出す。
つまりはそういうことなのだと理解する。
「ごめん。それでも、僕は行くよ」
「待て幽」
三人の前から居なくなろうとする幽を赤羽は制止する。
幽は足を止め、皆既日食寸前の太陽のように僅かに顔を向ける。
「お前が有栖川を思っていることは分かった。だが、有栖川の遺言は暗殺学園にとって最悪な結末をもたらすかもしれない」
「分かってるよ。でも……行かなきゃ。──遺言だから」
幽は一歩前に踏み出す。
赤羽はすかさず叫ぶ。
「お前の意思はそこにあるのか」
「なくていい。僕は、遺言に従う。遺言を完遂することでアリスの力になれたと思いたい。だって僕は……遺言を受け取ってないから」
その言葉を皮切りに、幽は透明人間になった。
一瞬で姿が消え、存在感が全く感じられなくなった。
「幽、どうして……」
第Ⅵクラスの様子を一つ下の階から盗み聞きしている人物がいた。
翡翠の髪を風になびかせ、耳に髪をかける女子高生。
「幽の失踪。意外にも円滑に事は進んでいますね」
第Ⅵクラスの状況を知り、口には微笑みを浮かべる。