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うざいくらい慎重すぎる暗殺者  作者: 総督琉
序章『卒業試験』
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第三話『慎重すぎる暗殺』

 それは卒業試験が課された当日のこと。

 速水碧は既に動いていた。


 卒業試験の内容を見た時から、青い瞳を凝らし、既に彼女は暗殺対象を仕留める筋道を立てていた。

 彼女が重視したのはそこに至るまでの順序だった。いかにして対象に気付かれず暗殺を遂行するか、いかにして自分が暗殺者だと周囲に悟られないよう動くか。


 ーー彼女は慎重だった。


 それ故、彼女の暗殺は時間がかかるものだった。

 彼女が目算で出した期間は一ヶ月。つまり暗殺期間全てを使いきるということ。

 行える暗殺は一度のみ。その一度に全てをかけることになる。


 失敗は許されない。失敗は死そのものであったから。しかし彼女は脅えてなどいなかった。


 まず、彼女は一週間かけて変装術を磨き上げた。

 期間の四分の一を使っている。十分焦ってもおかしくない。だが速水碧は落ち着いていた。

 既に暗殺術をある程度身につけていたため、たった一週間で目標としていた水準まで容易に達することができた。


 そこから二週間、対象である人物の捜索に入る。

 事前情報として、暗殺対象の男が脱獄中の強盗であることが分かっている。

 彼の住所や容姿も分かっているが、更なる情報を欲していた。


 朝は何時に起きるか、よく行く場所、好きな食べ物嫌いな食べ物、癖、交流、歩き方、性格、トイレに行く回数、視線の使い方などなど。

 ありとあらゆる情報を脳に叩き込んだ。



 最終日まで、速水碧は暗殺を一度も仕掛けてはいなかった。この一ヶ月、相手の情報を収集することに尽力していた。


 ここ一週間、彼女は息を潜めていた。

 男の周囲にたとえ変装の姿であっても一切見せなかった。


「準備完了。作戦開始」



 ♤



 廃墟となったビルの最上階、薬莢を転がし彼女は呟く。


「ごめんね速水。私はあなたを邪魔してみたくなっちゃた」


 鳳凛香は速水にこの上ない興味を抱いていた。

 暗殺者としての速水がどのような暗殺をするのか、どれほどの暗殺をこなせるのか。

 この卒業試験に介入をすることで力量を測ろうとしていた。


「なぜこの一ヶ月、あなたが暗殺を仕掛けなかったか。私にはその理由が理解できる。だからこそちょっかいを出してもあなたはこの暗殺を成功させる」


 鳳は速水の動向を調査するため、発信機をつけていた。それにより位置情報や環境音などの情報を取得できる。

 だがこの一ヶ月、一度も速水の声が聞こえることはなかった。時折吐息が聞こえてくるだけ。発信機は速水の動向に合わせて動き、環境音も聞こえてくる。壊れているわけではない。


 鳳は不気味な恐怖に襲われていた。


「気付いているのか、それともーー」


 思考が読めない。

 特待Aクラス主席の鳳でさえ、速水の思考は簡単に読めるものではなかった。


 位置情報が変動する。それは速水に取りつけたものではなく、暗殺対象に取りつけたもの

 鳳は移動方向から目的地を絞り出す。速水が暗殺対象の情報を入手していた際、鳳もまた同じだった。


「平日の午後八時。対象は決まって必ず格安のサウナに向かう」


「まずはそこから崩していこうか」


 鳳は事前に入手していた暗殺対象の携帯番号に電話をかけ鳳の目的は、対象をサウナへ向かわせないこと。

 速水はサウナで暗殺を仕掛けようとしていると考えた。唯一の懸念点は、速水の位置情報がサウナから一キロ以上離れていること。


 速水の腕ではそれほどの距離から対象を暗殺することは不可能だ。その上この場所は遮蔽物が多く、スナイパーライフルでは狙撃できない。


「速水、何を考えている」


 暗殺終了まで残り三時間。

 だが速水に動きはない。


「……というか、電話に出ないな」


 暗殺対象が電話に出ない。不思議に思った鳳は位置情報を確認し、スコープで対象を覗き込む。

 対象は携帯を見るどころか、電話がかかっていることに気付いてさえいない。


「偶然か……」


 偶然対象が携帯の電源を切っている、もしくは着信音をなしにしていると可能性。

 低くもないが高くもない。


「次の策に移るか」


 対象は既にサウナに到着している。

 鳳の第二の策、サウナ機器を壊して半強制的にサウナから対象を追い出すこと。

 十日前、鳳はサウナ施設にある機器全てに小型爆弾を仕掛けていた。それは軽く電磁波を生じさせる程度の物だが、機械一つ壊すのは容易だった。


「さて、まずは一つ壊して様子見を……」


 鳳は確かに起爆スイッチを押した。それは本人の指の感触が証明している。

 だが、機械は壊れない。

 窓越しに十人規模のサウナ室を覗くが、起爆させたはずの機械が壊れていない。


 小型爆弾が壊れているかもしれない。不確かな推測で全ての爆弾を爆発させる。

 スイッチを押してから五分、サウナに異常は見られない。客は慌てる様子もなく、店員が駆けつけることもない。


「気付かれていた……? 慎重……で対応できることだろうか」


 この時、鳳は悟った。

 第三者の介入すらも警戒されていたことに。



 ♤



 速水碧は慎重だった。

 起こり得るあらゆる可能性を警戒し、起こり得ないであろう事態でさえも対策を済ませていた。


 まず、暗殺対象の男の交友関係を調べた。幸いにも男は脱獄中であるため、自分を知っているであろう知り合いの前に顔は出さない。そのため地元から遠い場所で暮らしている。

 それでも男は携帯電話を所持していた。連絡先はバイトしている店やそこの店員のものだけ。

 既に速水は男が平日の午後八時にサウナへ向かうことは知っていたため、そこに至る障害の全てを排除しにかかった。その一つが登録されていない番号からの着信拒否設定。

 これが鳳の電話を妨害した。


 次にサウナへも仕掛けを施していた。速水はサウナの点検業者として週に一度潜り込み、故障していないかを確認した。故障しては男に逃げられる可能性があった。

 これにより、鳳が仕掛けた爆弾も全て取り除かれた。

 ここで速水は第三者の介入を確信した。だが実際に介入があろうとなかろうと、速水がすることは変わらなかった。


 適切に、迅速に、想定できるあらゆる事態に対処を施す。

 そのほとんどが使うことのない仕掛けではあるが、暗殺に生じるあらゆる障害を排除した。


 常連に予定を作らせ排除し、客を一人でも多く遠ざけた。その効果も相まってサウナは異常に空いていた。


 結果、暗殺の好機を作り上げた。



 鳳は発信機が遠く離れたビルにあるため、速水が暗殺を仕掛けることは無理難題だと感じている。

 だが発信機の存在は気付かれており、吐息が流れる音声レコードを聞かされているだけ。

 鳳も薄々その可能性は感じつつも、既に妨害を諦めた。


「今回は君の勝ちだ。速水碧」



 男は無防備にも、サウナで一人休息をとっていた。扉は外側から鎖がかけられ、百キロの重りが置かれていることにも気付かず。


 二階の窓に映るシルエット。隣接するビルの二階のトイレの窓を開け、一メートルの距離から対象を狙う。

 当然、トイレに誰かが入ってくることも危険視していた彼女は扉を内側から鎖で固く閉じていた。


 スコープ越しに頭部を狙う。


「僅かに左斜め下へ変更。角度は三度。風向きは東。銃に不具合はなく、目撃の気配もない。残るは引き金を引き、奴の額を射抜くだけ」


 速水は完全にチェックメイトを仕掛けた。何一つ抜かりはない。

 完全に詰みの盤面が完成したことを感じると、彼女の感覚は最大まで研ぎ澄まされた。


 浅く息を吸う。

 引き金に指をかけ、


「チェックメイト」


 引き金は引かれ、銃弾は放たれた。

 その瞬間、速水碧は確信した。彼女の確信通り、銃弾は窓ガラスを割って男の額を貫いた。

 窓に飛び散る血飛沫を見て、暗殺が遂行されたことを確認する。


 現場には指紋も髪の毛一本も残さない。

 狙撃後、気を動転させることなく、冷静に変装を完了させる。全くの別人となった彼女はすべての道具を回収し、現場を後にした。

 残ったのは男の遺体だけ。だがそれは回収班が担当とするため、速水は担任に連絡を済ませる。



 ♤



 卒業試験を完璧にこなした彼女は学校へ戻っていた。誰にも追跡されていないことを同じ道を何周もして確認してからだ。

 彼女が帰ってきたことに八神は驚いていた。


「お前……暗殺を遂行したのか!?」


「そうね」


 無愛想に一言返すと、席につく。

 教室が異様な空気に包まれていた。

 それは八神と鳳が交わした賭けが一つの原因となっている。


 八神は無性に苛立っていた。苛立ちの矛先を探していた。

 視界に映ったのは大量の荷物。


「なんだその量の武器は。お前の暗殺は費用がかかりすぎている。いくら負担してくれるからって使いすぎだ」


「私は良いと思うけれど」


 速水は冷静に返した。

 八神の言葉は速水には全く響いていなかった。


「八神、騒ぐな」


 怒りを振り撒く八神に痺れを切らし、不死が口を開けた。

 不死が放つ殺気に戸惑い、動きが鈍る。


「速水の言い分は何一つ間違っていない。今回の試験は与えられた条件下で標的を殺せば良いだけ。殺せればどれだけの費用がかかろうと問題じゃないよ。ってか死にたい」


 八神は口を閉ざした。

 反論しようにも、それは命取りに思えた。そもそも反論できるほどの間違いは存在していなかった。

 八神は拳を強く握り、怒りを抑えた。


 教室に入ってきた教師は速水の試験達成を知っている。


「全員卒業。A、B、Cクラスからは何人か死亡者が出たみたいだが、特待Aクラスは死亡者なしか。さすがは優秀な暗殺者」


 だが、と教師は呟き、


「これからは今回与えた試験以上の仕事が待っている。これから君たちは暗殺者として多くの命を奪ってもらわなくてはいけない。まだ、暗殺は始まったばかり」


 全員に理解させた。

 自分達がどのような立場に生まれてきたのか。


「これからはこの学園の高校生として過ごしつつ、暗殺をこなしてもらう。無論、拒否権はない。では、健闘を祈る」


 そして本当の暗殺が始まる。

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