第二十話『赤羽クロウは思い出す/暗殺学園の闇・破』
「これから君には暗殺学園の闇を教えよう」
赤羽には到底理解しがたい語り始めだった。
暗殺学園、極秘裏に暗殺者を育てる組織で育った赤羽は、闇などという言葉とは密接だった。
そのため、何を今更と言いたい気持ちがあった。暗殺は世界では禁止事項であり、それを破ることは許されない。自分達は禁則を犯す者だと、そういう意味での"闇"であれば理解できる。
しかし有栖川が言おうとしていることはそうではないと、なぜか思っていた。
"闇"というのが何を表すか。分からないまま、赤羽は有栖川の話に耳を傾ける。
「前提として、大切なことを言っておかなければいけない」
有栖川は初めて赤羽に真剣な表情を見せた。
赤羽は自然と意識を傾かせる。
「私たちは洗脳教育を受けている」
「洗脳教育?」
「私たちは幼い頃からここで教育を受けてきた。まだ善悪の区別もつかない中、暗殺の技術やその他諸々を叩き込まれた」
それが当然のように行われるのが暗殺学園。
「そんなのは間違っている」
「間違い? 何が間違っているのか、オレには分からない」
「無理もない。私たちはそういう教育を受けてきた。暗殺と日々を過ごし、暗殺が当たり前の環境で生きた。だからこの人生が当たり前だと思い込んだ」
「思い込むも何も、これの何が間違いなんですか」
赤羽には分からなかった。
有栖川が必死に伝えようとしていることが何か。熱心なことだけは分かるが、それ以上のことは価値観の反対側にあった。
「なぜ世界で暗殺が禁止されているのか、分からないのか」
「なぜって、そんなの決まってるでしょ。世界がオレら東国の強さに恐れた。この国を滅ぼすために暗殺の禁止なんていう条約が結ばれた」
赤羽は暗殺学園で教わった通りのことを言った。彼はそれが正しいと信じた。疑いもしない。
無知な子供に叩き込まれた情報は、どんな情報であれ真である。
「違う、違うんだ」
有栖川は赤羽の両肩に手をかけた。
初めて体に触れる彼女の手を、赤羽は熱く感じた。
「人を殺すのは間違っている」
「でも、人を殺さなきゃこの国は滅んじゃうよ」
「私たちは命を軽く考えさせられている。こんな国なら滅んでも構わない」
暗殺学園の生徒は皆、動物や虫を殺すことで命を奪うことに躊躇いをなくしている。
赤羽もそうだ。命を奪うことに躊躇はない。
最初は誰もが躊躇する、命を奪うという行為。だが何度も行い、命を奪うことに躊躇を失った。
「赤羽、お前には守りたい命はあるか」
「…………オレは、」
言葉に詰まる。目線が泳ぐ。
「ほら、赤羽にも守りたい命がある。その命を奪えと言われた時、お前は躊躇なく殺せるか」
「それは……」
赤羽は再び言葉に詰まる。
照れながら有栖川に視線を向ける。
「私たちがしようとしていることは、誰かが大切にしたい命を奪うってこと。私たちは悲しみを振り撒こうとしているんだよ」
「……っ」
言葉が出ない。
自分の胸を泳ぐ感情を鮮明に理解することはできない。これが一体何か、分からない。
だが、これだけは分かる。
「オレは……間違っている」
赤羽は気付かされた。
自分がしようとしていたことが何を意味するのか、その末に何が生まれるのか、見えてしまった。
赤羽は膝から崩れ落ち、暗殺学園で学んできたこれまでの意味を見失った。
「有栖川先輩。オレはこれからどうすればいいんですか……」
赤羽は問う。
自分が生きる意味を。
「私たちで暗殺学園を滅ぼそう」
「滅ぼすって……古木先生に歯向かうってことですか」
「ああ。無論倒すべき相手は古木先生だけではない。彼の他にも、多くの暗殺者が存在している。その全てを倒さなければ暗殺学園は滅ばない」
「相手が強大すぎる。できるはずがない」
赤羽が言っていることは正しかった。
最も下のクラスを請け負う古木でさえ、赤羽と有栖川が協力しても勝つことはできない。
敵に回すとなればさらに強い暗殺者と交戦することになる。命がいくつあっても敵わない。
「それは真っ向から戦えば、の話。勝機のない戦いに身を投じることは私にはできない」
「じゃあどうやって……」
「卒業試験。そこが最も暗殺学園を滅ぼす可能性を高める」
有栖川が真実を言っているかどうか、赤羽には分からない。
「策は言えない。どれだけの仲間がいるのかも言えない。だから、これを伝えに来た」
この時の有栖川の表情を、赤羽は一生忘れないだろう。
その表情はまるでーー
「私が死んだら後は頼む」
赤羽は悟った。
これからの有栖川の運命を。
止めようと手を伸ばす。だがその手は虚空を掴むだけ。
「…………」
「赤羽。君にはBクラスに上がってもらう」
赤羽は不安げに有栖川を見る。
有栖川は下手に微笑み、赤羽の頭にポンと手を置いた。
「大丈夫。私は強いからな。死なないさ」
赤羽は有栖川の隣にいたかった。
だが赤羽はBクラスに上がり、有栖川とは離れ離れになった。時折有栖川からの伝言が手紙を通じて届けられる。
指令はBクラスの内情を知ること。そして、裏切った可能性がある人物を暗殺すること。
赤羽はすぐにその人物の素性を解き明かした。有栖川が危惧した通り、彼は裏切り者だった。
赤羽はその人物を呼び出し、話し合いの場を設けた。
場所は新校舎の音楽室前の廊下。音楽室では吹奏楽部が演奏をしているため、会話を盗み聞きされることはない。
「なぜ有栖川先輩を裏切った」
「いやいや。まず不可能でしょ。暗殺学園を滅ぼすなんて」
半笑いが赤羽の神経を刺激する。
拳には力が入った。唇を噛んで殺意を抑えようとした。
「有栖川なんて無能な奴に従っていたら命がいくつあったって足らないだろ」
肩に力が入る。
「俺はあいつを売ることで評価を上げる。裏切り者を暴いた救世主として」
耐えられなかった。
気付けば、殴っていた。
「残念だったな。既に有栖川は、教師陣並びに選ばれた特待Aクラスの生徒が狙っている。あいつはもう終わりなんだよ」
床に転がり、殴られながら、彼は半笑いで話し続ける。
「ふっざけるな。死なせない。先輩はオレが護る」
赤羽は振り下ろしていた拳を止め、有栖川のもとへ向かおうと足を伸ばす。
行く手にはCクラス担任古木が立っていた。
「どうしてあなたが……」
「赤羽クロウ。お前は手に負えない生徒だ。よって卒業試験までの間、お前の身は拘束させてもらう」
それがどういう意味なのか、赤羽はすぐに理解した。
「ふざけるな。先輩に手出しはさせない。先輩を殺すなら先にオレを殺してみ……r」
目にも止まらぬ一撃が顔面に走った。
♡
気絶していたらしい。
まばたきを一度だけしたような感覚だった。タイムマシンが完成したのだろうか。
世界は鳥籠の中だった。
オレは檻の中にいた。手足を鎖で縛られ、身動きは取れない。
この時間がいつまでも続いた。
釈放の時が来たのだろうか。古木が檻の鍵を開けた。
「そうか。オレは……守れなかったのか」
卒業試験は終わったらしい。
オレは卒業試験を受けることはできなかった。だが、特等学園に編入することが決まった。
他の暗殺者とともに。
入学初日、Cクラス末席の生徒から有栖川の行方を聞いた。
Cクラス主席有栖川は卒業試験で死んだという。
オレは何をすればいいのだろうか。
オレがすべきことはこの先にあるだろうか。
先輩を失った今、オレにできることは何もない。
ーー私が死んだら後は頼む
ふと、脳裏を過った言葉があった。
先輩はオレに託した。
オレはCクラスの教室へ行く。
卒業試験を終えた教室に生徒はいない。オレは自然と有栖川先輩の机を覗いた。
「何もないか……」
昔を思い出すように、自分の席に座る。
尻に違和感が走る。椅子の高さが少し上がっている。
オレがいない間、誰かがオレの椅子に何かを仕掛けたのではないか。過るのは先輩の顔。
無我夢中で椅子を調べた。何か仕掛けがあるかもしれない、と。
椅子の中に何かが入っている。
指を伸ばし、それに触れた。瞬間に気づいた。
「これは……」
銃弾だった。
未使用の弾丸。だが傷まみれ。
「先輩……」
初めて先輩に会った日のことを思い出す。
弾丸キャッチボールなんていう意味の分からない遊びに付き合わされた。最初は意味が分からなかったけど、だんだんそれが楽しくなってきて……
それで…………。
……本当はもっと話したかった。もっと一緒に居たかった、教わりたいことがたくさんあった。
あなたを名前で呼びたかった…………なのに。
もういない。
「有栖川先輩、オレがあなたの仇を討ちます。あなたの願いを叶えますから」
赤羽はこの日、誓った。
「すべての暗殺者に終焉を」




