第二話『速水碧は語られる』
それぞれに与えられた卒業試験。
初の暗殺に緊張する者もいれば、冷静な者もいた。
卒業試験の期間は一ヶ月以内。合格できなくても情報漏洩を防ぐために殺される。
彼らに残された道はたった一つ、暗殺の達成。それが彼らに与えられた使命である。
最初の達成者は鳳凛香。
彼女は書簡を受け取ったその日に対象を暗殺した。他のクラスメートもその早さには驚いていた。
次に不死朧、三番目は神凪、四番目は氷夜、五番目に八神、と成績の通りの結果になった。
八神は苦戦し、負傷をしながらも暗殺を遂行した。
特待Aクラスの六人の内、五人が暗殺を達成した。残ったのは末席の速水のみ。
数週間が経っても達成の報告はなく、音信不通のまま最終日を迎えた。
もしこの日に彼女が暗殺を達成できなければ死が決定する。
全員が教室に集まり、彼女の帰りを待っていた。
「やっぱりあいつは特待級の強さは持っていなかった。ただ特待Aクラスの歴史に泥を塗っただけの弱者だ」
八神は最初から速水は卒業試験を達成できないと思っていた。この結果も当然だと納得していた。
だが彼女は違った。
自分に向けられた鋭い視線に気付き、思わず身体を震わせた。視線の正体を見つけ、恐る恐る目を合わせる。
「本当にそう思いますか」
鳳は凛として訊く。
「成績が物語っている。総合成績は特待Aクラス歴代最下位。あいつの実力不足は歴然だ」
「確かに総合成績だけを見れば彼女は弱者です。しかしある点で彼女は歴代でも最高の成績を誇っているでしょう」
「それはなんだ」
「いずれ分かります。少なくとも、長い間共に過ごした者の才能も見抜けないようではあなたの実力も限界が見えますけど」
怒鳴って反論をしようにも、まるで背中に銃口を突きつけられているような威圧感に圧され、口を開くことを躊躇う。
「だったら賭けようぜ。もしあいつが合格したら俺はお前の言いなりになってやる。だが帰ってこなかったら、お前は俺の言いなりだ」
「構いませんよ」
間髪いれず鳳は返す。
予想外の早さに八神は驚いた。だが二十日以上も経っている時点で彼女は暗殺に失敗したと確信していた。この賭けは必ず勝てる、と考えた八神は臆することなく答えた。
「撤回はなしだからな」
「はい。是非よろしくお願いします」
鳳は冷静に言葉を返す。
その不気味さに八神は苛立っていた。
「もう少しの辛抱だ。あと少しでお前は俺の奴隷になる」
最終日が終わるまであと六時間。
「全員で彼女の暗殺を見届けましょう」
♤
鳳凛香は、速水碧の暗殺対象がいる区域のカメラを全てハッキングした。
手際の良さに八神は心中で敵わない、と思ってしまった。
「不思議ですね」
映像を確認している鳳は目を細めて呟く。
「なになに?」
「数日前まで、変装はしていますが速水の姿は確認できます。しかしここ一週間、どの防犯カメラにも彼女の姿は確認できません」
「暗殺を放棄したんじゃない」
神凪はテキトーに呟いた。鳳は首を横に振る。
「いえ、これは彼女の用意周到さを窺えますね。彼女は自分が犯人と疑われないよう、全ての防犯カメラに映らないルートを見つけている」
「どうりで時間がかかってるわけね。でもこれじゃあ速水の暗殺見れないね」
「驚くほどにカメラを避けていますね。その上カメラに映っている映像全てが、普通では本人と気付けない変装をしている」
「用心深いな」
「彼女は、石橋を壊れるまで叩いて鉄橋を造るタイプの暗殺者。あらゆる危険性を排除するために計り知れない時間をかける」
八神は、速水は暗殺者には向いていないという説明をされたようにしか思えなかった。
暗殺者に危機は何度も訪れる。鳳の説明は、速水は柔軟な対応ができないと言っているようなものだった。
その上で、鳳は彼女をこう評する。
「彼女はーー最高の暗殺者だ」