第十四話『格の違い』
一時限目、数学。
速水の席は最も後ろ、その前に宮園の席がある。赤羽は速水の隣の席であり、仕掛けるには最適な場所。
都合良く最後尾にいる他の生徒は欠席しているため、尚更だ。
「速水、楽しい授業になりそうだな」
「あなたじゃ私を楽しませることは無理に思えるけど」
「へえ、言うじゃん」
既に耐性がついたのか、速水の挑発で怒りを見せることは減ってきている。
数学の教師が黒板に公式を書き、全員の意識が黒板へ向く。誰一人最後尾を気にしない状況で、赤羽は堂々と拳銃を取り出した。銃口にはサイレンサーが取り付けられている。
「本気?」
「ああ。本気さ」
速水は迷わず引き金を引く。普通であれば弾丸は速水碧のこめかみを貫いただろう。
だが結果は違った。
引き金を引く刹那、速水は瞬間的に引き出しからコピー用紙の束を掴み、銃口を見て、塞ぐように構えた。
弾丸はコピー用紙の束に埋まり、そこで止まった。
「……は!?」
「その程度で私を殺せると思うなよ」
数枚散らばるコピー用紙。目線を落とし、唖然とする。
「この事態は想定していた。だからあらかじめコピー用紙六百枚の束を用意しておいた」
「失敗する可能性だって……」
「あらかじめ予期していた状況であれば、私は絶対に失敗しない」
まるで一週間みっちり練習したような鮮やかな動き。洗練された動き、拳銃の使用を読まれ、赤羽は絶句する。
「次は楽しみにしてるよ」
鮮やかな挑発。
まるで水が流れるような挑発。
速水は銃弾が一発だけだと思っているのか、黒板に視線を変えていた。
赤羽は拳銃をリロードし、再度銃口を速水に向ける。
「あーあ」
速水が言った。
直後、赤羽の脳に衝撃が走る。
拳銃には六発の弾丸が込められていた。放ったのは一発。つまりまだ五発の弾丸が残っているはずだった。
しかし引き金を何度引いても弾丸は出ない。
「あーあと、残り五発は抜いといたから」
速水の右手指の間には四発の弾丸が挟まっている。残り一発は中指の上で器用に回転させている。
「駄目だよ。机を二段構造にして隠しても。暗殺者はそういうの一瞬で見抜くから」
片手で弾丸を回しつつ、片手で方程式を解く。
赤羽は感じ取った。
彼女は一筋縄では倒せない、と。
「なるほど。だがもう筋道は見えた」
赤羽は速水の特性を理解した。
圧倒的な対策力と対応力。だがそれは既に知っていなければパフォーマンスは鈍る。
つまり赤羽は考えた。
「慎重の介入ができないほどの策を積み上げれば良い」