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うざいくらい慎重すぎる暗殺者  作者: 総督琉
第一章『第Ⅵクラス落とし』
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第十二話『フィナーレ・後編』

 幕を下ろす時が来た。

 速水碧の銃口は輝きを放ち、天を昇る龍のごとく空を仰ぐ。


 速水には負けられない理由がある。


 最初から暗殺者が来ることは分かっていた。だがそれが誰なのか、そこまでの情報を得ることはできなかった。

 慎重である速水にとって、情報のない戦いがどれほど不安だっただろうか。


 だから、速水碧は大きな賭けをした。


 眼帯が学園のセキュリティを突破し、地下三階へ来た時よりも前。既に速水は斑鳩と接触していた。

 特待Aクラス担任ーー斑鳩。

 斑鳩は速水がセキュリティを突破したことに驚きはしなかった。むしろ待っていたようだった。


「斑鳩先生。毎年恒例の第Ⅵクラス落としが始まります。私はそこで死ぬでしょうか?」


「今のままでは死ぬ。だから来たんだろ」


「見抜いていましたか」


 斑鳩に自分の思考を読まれていたことに驚きながらも、この人なら頼れるという期待を持った。


「では、私の用件を伝えます。私の命を代償に暗殺者の情報を教えていただけませんか?」


「命……? 本気か」


「はい」


 速水は真っ直ぐに斑鳩を見つめ返す。斑鳩は速水の言っていることが本気であることを悟った。

 しばらく黙考する。


「暗殺者の情報を教えることはできる。確かにそれは命に等しいほどの情報だ。だが、お前を失うのは少し惜しくなった。条件付きの命であれば用件を呑む」


「条件とは何ですか」


「お前の命をもらうのは、お前の暗殺が失敗した時。その時私はお前を殺す」


「分かりました」


 速水は間髪いれず返事した。

 話は終わったように思われた。だが速水がまだ何か言いたいことがあるように身動ぎをしていたため、斑鳩はとどまった。


「まだ言いたいことがあるんだろ」


「もし、もし眼帯を暗殺した場合、願いを一つ叶えていただけませんか?」


「分かった」


「……本当に了解してくれるとは思ってもいませんでしたよ」


 速水はわずかに瞳孔を開く。

 初めて見せた微かな動揺に斑鳩の頬もつい弛む。


「超慎重なお前の願いは正直気になる。何を思い、何を考えているのか、私には分からないからな」


「だから……願いを聞いてくれると?」


「ああ。約束だ」




 ビルの屋上に立つ速水碧。

 現在までに、彼女の慎重さはすべての策を読んでいた。

 斑鳩から手に入れた情報は、斑鳩の過去、どのように過去の第Ⅵクラスを全滅させたか、だけである。

 速水にはそれだけの情報で十分だった。第Ⅵクラスがこれまで殺されたこの場所で、眼帯が暗殺を仕掛けるとしたらどこか。

 彼もまた、第二第三の策を考えるはず。その上で速水は眼帯がし得るあらゆる策を見抜き、警戒した。


 結果、速水は眼帯を屋上まで追い詰めた。


「三秒だ。三秒後、フィナーレと洒落込もうか」



 眼帯は弾丸に刻まれた三の意味を読み違えた。速水は三分でこの場所に来ると思い込んだ。

 速水を策で追い込み、この場所に来るしかない状況へと誘い込んだーーと思い込んだ。



「だから、お前はここで死ぬ」


 速水碧は知っている。自分の技術が眼帯には遠く及ばないことを。

 眼帯は知っている。自分の技術が速水などでは到底届かないことを。


 だから眼帯は油断をし、だから速水は警戒をした。

 無数の可能性を警戒し、それら全てに対処を施す。


 この状況も、速水が警戒していた無数の可能性の一つだった。

 速水は追い込まれたように見せかけ、眼帯を屋上へ追い込み、そしてーー


「宮園、始めるぞ」


 拡声器でその声を屋上に届けた。

 眼帯と宮園の耳に届いた速水の言葉。その意味が何か、宮園は動揺する。

 速水の言葉は一見、宮園に既に伝えられていた作戦開始の合図。だが宮園には何の情報も伝えられてはいなかった。


 では一体何か。

 それは眼帯へのブラフであると同時、ここまでの策を読み、その上で対応していたことを示唆する一言だった。


「まさか……俺様の計画を読んでいた!? そんなはずっ……そんなはずない」


 眼帯はブラフだと薄々思ってはいたものの、宮園を警戒した。

 近づくべきか、距離を空けておくべきか。一瞬の戸惑いが生んだ隙、その瞬間、爆発音が響き渡る。

 爆発音と揺れの具合から、眼帯はこのビルが崩落することを感じ取った。


「…………はっ!?」


 倒れていくビルの屋上で眼帯は震撼する。


「ーー狂ってやがる」


 眼帯と宮園は直角に曲がったビルの屋上から宙に投げ飛ばされた。高さは百メートルを軽々越える。落ちれば即死は必須。

 宙に投げ出されてようやく、眼帯は気付く。


「まさか、ホントに宮園を見殺しにするつもりか」


 眼帯の腕は宮園と繋がれているため、自由に動くことができない。だがそれは同時に宮園の救出がイコール眼帯の救出にも繋がる。

 あくまでも宮園を救出する術があれば、という話だが。


 眼帯は速水の目的を全く理解できずにいた。それよりもこの状況の打開策を考えることに意識が削がれた。

 だから眼帯は速水の殺気に気付かなかった。


「宮園、眼帯を土台にしてビルの中に飛べ」


「「ーーっ!?」」


 拡声器によって拡大された速水の声が二人に届く。

 速水の指示が届いた瞬間、二人は顔を見合わせて首を傾げた。

 ビルが爆破されたのは上層のみ。下層は爆破されずに残っている。その一部にクッションが敷かれている。


 直後、相手を互いに攻撃対象として認識した。


「「そういうことか」」


 お互いに生への糸を見つけた。

 空中に投げ出された二人が繋がったロープを引っ張り合い、距離を縮めた。


 近接戦。宮園が変装術に並行して鍛えていた暗殺技術。

 だが特待Aクラス主席である眼帯にとって、宮園の近接戦闘技術は片手であしらえてしまう。

 眼帯は懐からナイフを取り出し、ロープを切ると同時に宮園を足場にしようと脊髄反射で動いた。


 もしこの場に二人だけであれば眼帯の策は成功していた。だがここにはもう一人いる。


「いや……っ、まずい!?」


 勝利が見えた瞬間、速水への警戒を疎かにした。結果、眼帯の頭を目掛けて弾丸が飛ぶ。

 だが眼帯の暗殺は一筋縄では行かない。ナイフを握る右腕が頭を庇うように出された。

 咄嗟に銃弾をナイフで受け止めたが、その勢いでナイフは宙へ投げ出され、反動で右腕にしびれが走る。


(装填まで数秒。その間に左手両足を使って何としてでもこいつを……)


 刹那の戦いに身を置く三人。それぞれの実力が絡み合う中、宮園が仕掛けた。


 最初は死のうと思っていた。

 速水を信じきれなかった罰をここで受けようとした。ビルが爆破された瞬間、死ねると思った。唐突に与えられた生存への糸に戸惑った。

 どうするべきか。どうしたらいいか。


 死にたいの中に隠れた生きたいが叫んでいる。

 感情の変化に耐えられなかった涙が溢れ出し、視界を朦朧とさせる。

 それでもーー


「おぉぉうりゃああああ」


 宮園が周囲の瓦礫を利用して縦回転し、眼帯の頭部に蹴りを入れた。蹴りが直撃した感覚はあった。

 しかし、蹴りは左腕によって防がれていた。


「遅い。何もかも」


 眼帯はすかさず蹴りを入れる構えに入った。

 眼帯の右腕は銃弾の反動で動かせず、左腕は頭を庇ったためにすぐには動かせない。


 勝負は一瞬だった。


 宮園の手に握られたナイフが姿を現した。それは速水が飛ばした眼帯のナイフ。


「拾った!?」


 眼帯は止めに入ろうと右足を進めるが、足にナイフをかざされ、思わず足を引っ込めた。

 ここに来て、思わぬ脊髄反射に苦境に立たされた。


「取った」


 ロープに向けてナイフが一閃。

 そのまま眼帯を足場にして飛ぼうと試みる。


 ーーが、眼帯は気づいた。


「切れていないぞ」


 銃弾を受け止めたナイフの形はひどく変形し、刃こぼれをしていた。ロープを切る精度を失っていた。

 眼帯を足場にしたものの、飛んだとしても眼帯がロープで引きずり落とす。


「一緒に地獄に落ちようぜ」


 宮園は諦めるーー選択を選ばなかった。


「信じてるよ。速水」


 宮園は迷わず飛んだ。

 眼帯は不思議に思いつつも、引きずり落とそうと腕を振り落とした。

 ーーが、一発の銃声。


「俺様の命を取るにはーーっ!?」


 その弾丸は自分へ向けられたものだと確信していた。

 遠くからではロープが切れているかは確認できない。だがそれはもしスコープが常に眼帯を狙っていればの話。

 速水は最初から眼帯など眼中になかった。


「狙いは俺様じゃなくーーっ!?」


 弾丸は、正確に、精密に、少しの狂いもなく宮園と眼帯を繋ぐロープを引き裂いた。


「全てにおいてお前は後手だったな」


「速水碧……っ」


 眼帯を足場に宮園はビルへ飛んだ。特大のクッションに体を埋めた。


「……ちっ」


 無数の瓦礫が降り注ぐ中、眼帯は周囲の瓦礫を利用してビルへ飛ぼうとしていた。

 だが、瓦礫とともに振ってきていた爆弾が目に入った瞬間、眼帯は悟る。


「抜け目ねえな。慎重にも程があるだろ」


 爆弾に全身を撃たれ、眼帯は爆炎の中に消えた。降り注ぐ瓦礫と一緒に大地へ落ちていく。

 この戦いの幕引きを告げるように、特大の爆音が廃墟となった都市に響き渡る。


 眼帯VS速水碧

 眼帯の敗北で幕が下ろされた。


次回、幕引

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