第十一話『フィナーレ・前編』
弾丸は確かに速水碧の頭部に直撃した。弾丸が当たったと思われた瞬間、速水はよろけた。
だがどういうわけか、すぐに走り出した。
宮園には分からなかった。だが眼帯は目を凝らして速水の頭部の片鱗を覗き見ていた。
「ヘルメット……っ!?」
眼帯は驚愕した。
速水は慎重な暗殺者だと、そのような調査結果が出ている。だからといって、ヘルメットを用意するだろうか。
暗殺者は穏便で迅速な暗殺が求められる。用意が多ければ多いほど迅速は崩され、穏便も難しくなる。
速水碧はその逆。迅速などとは程遠い、あらゆる警戒をしている。
煙幕が晴れた時には、既に速水の姿はどこにもなかった。左足が出血しているはずだが、速水が通った道を示すような血の跡はどこにもない。
「あの短時間で止血をしたか。特待Aクラス最低成績って話だったけど…………まあ、逃げ足は速い」
眼帯は不意に舌打ちした。
自分ではその意識はなく、舌打ちしたことに気付いてすらいなかった。
「宮園、お前の命に価値はあるか?」
「…………」
「黙っても無駄だ。速水はお前を見捨てない。だからお前の命を利用して誘き出す」
「速水は……私なんか見捨てるはずだ。それほど私は弱いからッ!」
宮園は後悔していた。
速水を信じず、目先の恐怖に捕らわれた。速水が信じろと言ってくれたにも関わらず、自分は信じるどころか裏切った。
「安心しろ。すぐに二人であの世に行かせてやるからよ」
「私は……私はああああああ」
叫びで全身を奮い立たせ、震えた足を大きく振り上げる。
「のろまがっ」
渾身の一撃が宮園の腹を直撃する。
宮園が蹴りを入れるまでの約一秒、その間に眼帯の拳は容易に腹を射止めた。
呼吸ができなくなるほどの衝撃に耐えられなかった。宮園の意識は薄れ、気絶した。
「さて、舞台をセッティングしよう」
眼帯は速水を仕留め損なったビルの屋上を見上げる。
ビルの屋上。
そこに宮園がロープで両腕を縛られ、横たわっていた。ロープは眼帯の右腕に繋がっている。
目覚めてすぐ、宮園は自分の状況を悟った。
死の危機が間近に迫っていること、自分は速水を誘き出すために利用されていること。
左手に持つメガホンを口に当て、眼帯は言った。
「十分以内に屋上に来なければ宮園潮を殺す」
まるで近くにいるのが分かっているような顔つき。眼帯は速水が来るのを確信している。
「俺様を殺すのもありだが、死ぬ前に飛び降りることくらい造作もない。そうなればお前の仲間は死んじゃうよ」
宮園はロープで結ばれた先を知り、絶望する。
完璧に眼帯のペース、フィールドに追い込まれている。たとえ速水が来ても眼帯の罠が速水を追い詰める。
「速水、来ちゃ駄目だ」
メガホンを通さない声では届かないことは分かっている。それでも明らかに罠と分かっている以上、叫ばずにはいられなかった。
「無駄なことを」
眼帯は宮園の頭を踏みつける。
「さて、慎重であればこのような事態は想定しているはず。してなきゃ死ぬだけだ」
眼帯はメガホンを落とし、拳銃に持ち替える。銃口は宮園の頭を狙い、いつでも撃てる準備を整えている。
宮園は自分の死を覚悟した。そっと目を閉じ、死を待つ。
視界が消えた。聴覚が研ぎ澄まされた。虫の羽音も聞き逃さない宮園の耳にある音が聞こえる。
音は近づき、やがて眼帯の足下で音が消えた。
「ん? なんだ?」
このビルは廃墟となった都市で最も高い。他の建物から狙うためには高すぎる。
スナイパーライフルでは届かない高さだが、眼帯の足下に弾丸が刺さっていた。
眼帯は弾丸が飛んできた方角を確認しつつ、拾い上げる。
弾丸には三と刻まれている。
「三分か」
ちょうどその時、速水は隣接する高層ビルの屋上にいた。
スナイパーライフルの銃口が眼帯の立つビルへと天高く向けられている。
「ーーいいや、三秒だ」