番外編 ー傘ー
これはちょっと昔の“八重郎”だった頃のお話です。
薄汚れた朱に白の輪っか模様の大きな蛇の目傘がお縁で寝ている。
一正様が小学生の頃、傘を忘れてこっぴどく怒られた雨の日だ。
近くのお地蔵さんに無くさない傘が欲しいと願ったらしい。
我が脅すとブルブルと身震いするこいつは傘小僧という妖だ。
元々は傘の付喪神なのだが、人の扱いが酷く怒りで妖と変化した。
相変わらず一正様は傘を良く忘れる。
しかし、傘小僧はどこかでなくしても必ず戻ってくる。
一正様は「ごめんよ」といいながらタオルで汚れを拭いて陰干しする。
傘小僧は欠伸をしながらお縁で寝てしまう。
主人が病で若くして亡くなり、一正様が主人となった。
名前も“八重郎”と付け直してくれた。
すると傘小僧に何故かイライラしてしまう。
一度、傘の野郎をぐるぐる巻きにして納戸に入れ鍵を掛けた。
奴も妖だ。ドアを壊して出てくる。
傘の軸がすこし歪んでしまった。
化け猫にやられたと傘が言うと、一正様にすっごく怒られた。
優越に浸る奴が大嫌いだった。
今は主人が代わったからなのか、一正様がボロ傘を愛でていてもそれほど嫉妬心がわいてこない。
「九重郎」と璃桜様が我を呼ぶ声がする。
短い尻尾が左右に激しく動く。