雌雄(しゆう)の戦闘差
「わかった。今回はその忠告を飲む。だが、既に我々が手を出してしまったのも事実。俺らの街に襲って来たりしないだろうか。」
「ケリンさんのおじいさんには皆さんが撤退すれば休戦にする…要は襲わないようにすると約束して来ました。まあ、今後の対策を考えないと再戦になってしまうので早急に考える必要性はありますが…私もハンターに依頼した貴族連中の意図もわかりませんし…今すぐ街が襲撃されることはないので大丈夫です。」
「…本当にそうしてくれるのか?」
総括リーダーはケリンを見た。
「ま、まあ…今すぐ撤退してくれるならおじいさまも手を緩めると言っていたからな。俺も今すぐ手を引くならマイさんのこともあるし何もしない。」
「わかった。では一度撤退命令を出そう。お前はこの後一緒に来るか?受付嬢の任務は完了だろう?こっちとしてももう少し情報が欲しい。ギルドに帰りながら色々聞きたいことがある。」
「大丈夫ですよ。ケリンさんはどうします?一緒に来ます?」
「え?俺か?」
「ええ。黒幕はここにはいません。と言うより黒幕の意図が私もわかりません。そこら辺の情報をちゃんと持ち帰った方が今後のためになると思いまして。」
「わかった。邪魔にならなければついて行く。」
「おう。それは俺らも助かる。任務失敗という報告だけだと違約金が嫌だからな。ちゃんとした証言者がいると心強い。」
結局金かぁ…と、前世の記憶を探りながら頭を抱えるのだった。帰りはツルを使った移動ではなく他のハンターと一緒に徒歩である。総括リーダーの行動は早かった。撤退を決めた瞬間各々の小部隊のリーダーに報告。怪我人を引き連れて敵地から全員撤退。おじいちゃん木もどう言うことだと疑問に思うことだろうから、ケリンさん経由で事情を説明して貰った。おじいちゃん木は人間共が戦意喪失とのことで満足したのか息子達を人里に押し込むようなことはしないとのこと。取り敢えず全面戦争は免れたのであった。
「あれ、ケリンさん。何やってるんです?」
移動中ケリンが立ち止まり地面にツルを差していた。
「ああ、野うさぎがいるとのことでな食ってた。」
「え…わざわざそんなもの食べるんですか?光合成していた方が良くありません?今晴れてますし。」
「あー、いや…昔からの癖でな。俺はあまり腐葉土を信用していないんだ。何処にもないと思っている。だから狩りする癖がついたな。」
「そうなんですね。」
ケリンさんを見て思ったがこの…見た目が女性だから女性にするけど…若干ではあるが口調が変わるようである。あれかな。オンとオフと言う感じだろうか。
「そう言えばケリンさんも昔人間と…」
「あー、まあ…ある母親と娘がな登山中に迷子になったらしいんだ。それで道案内して…だな。その時に俺は人間と似てるんだなぁと感じた。まあ、当時はまだ200歳ぐらいだったかなぁ。今は違うが昔は魔物と人間が共存している時期もあってだなぁ…。」
なんだか昔話みたいである。まあ1000年単位で変化すれば色々変わるものかぁと思った。
『姫様。その雄花の花の匂いにひきつられビッグベアが感づいたようです。こちらに向かってます。』
「了解。」
私達が住んでいる領土付近はハンターが危険生物を駆除している。逆にケリンさん達が住んでいるところは元々そんな危険な魔物はいないとのこと。ただ、間の距離がとてつもなく長い。街道を歩いているとはいえ…私達の花の匂いがあればどこかで危険な魔物を呼び寄せるのは普通である。そして雄花の場合、そういうことに戦闘慣れしていないと言う課題があった。そのためそれで食い殺されることも多い。だが…マイは…前世から警戒心が異常に強いので…対処も全然違った。
「すいません…ちょっとヤブ用で…先に行って貰って良いですか?後で追い付きますので。」
「あ、ああ…構わんよ。」
了承を得ると森の入り口の木上に上り…敵を探る。植物達の指示のもと場所を特定。束縛する。
「うん、まあこんな感じかな。」
『お見事です姫様。』
「じゃあ追い付きますか。」
ツルを使って雲梯のように加速し…ハンターの集団に追い付いた。
「戻りましたー。」
「お、おう。どうかしたのか?」
「あー、気にしないでください。」
と流したが、ケリンに指摘されてしまった。
「おい。勝手にヤバイ魔物と戦うな。植物との会話を聞いてヒヤヒヤしたぞ。」
「知ってたなら手伝ってくださいよ…」
「無理だ無理だ。俺だったら逃げる!」
「えー、それじゃあモテませんよ?」
「限度があるだろ。と言うよりなんでお前そんなの一瞬で束縛できるんだ。」
「うーん…慣れ?」
「はぁ…」
マイとケリンは同種である。見かけもマイが女の子、ケリンは女性である。しかし、雌花と雄花の違いがある。この違いとそれに伴う生活水準によって、思考回路も実力も全く別の生命体ではないか…それぐらいの差を生じさせていた。帰りは徒歩ということもあり、ツルを使った雲梯が利用出来ないため…また、人間は睡眠以外にも食事をしないといけないため…より多くの時間が掛かった。本来であれば、ゴブリンでも何でも魔物が出てくる可能性があった。魔物も馬鹿ではない。1人の人間をとっちめたところで、あまり食べる場所がないことを知っている。その為荷馬車とかそういった食料がありそうなものを狙ってくる。また、怪我した人間とかでは血の匂いから魔物がやって来てしまうこともある。しかし、今回の場合はケリンが原因で魔物を呼び込んでいた。私は帽子を被っているので匂いが出ないからである。その為、このハンター一味も怪我人もいる中で魔物に襲われないはずがないのであった…が、魔物とエンカウントしなかった。理由は簡単。害がありそうな大物はマイが、小物はマイかケリンが駆除しているからであった。小物に対しては時と場合によっては喧嘩になっていた。
「あー、ケリンさんに先とられた!」
「はっはっは。これぐらいなら俺の食べ物だぞ?普段狩りをしない雌花には遅れは取らないさ。」
「くー、次来たら私がとっ捕まえてやる。」
『お二人とも、ゴブリンが2匹ほど勘づいたようです。』
「お?じゃあ私が1匹…」
「残念。俺が2匹とも捕まえておくよ。」
「言ったな?!」
なお、ハンター達は何こいつら話しているんだという目で見ていた。彼らが喧嘩している背景には魔物駆除が自動で行われているという点を理解していないのであった。第一、街道に魔物が頻繁に降りていたら誰も通れなくなってしまう。魔物が降りてくるのは日常茶飯事とは言えども頻繁に降りてしまったらハンターに巣窟ごと駆除されてしまう。それゆえ、目立った範囲で降りてくることはないのであった。そして、見慣れた風景が戻ってくる。