「走る」とは異なる移動手段
(人間じゃないって大丈夫なのかな…)
人間じゃないことは分かったが、体つきはほぼ人間なのである。その抵抗が頭をよぎっていた。ここから暫くは生まれてから100年間の話になる。生まれた直後私はすぐに立ち上がることも歩くことも出来た。おばあちゃんは
『394番目の子よ。お主は優秀だねぇ。』
とまで言われていたが直ぐに後悔することになる。何せ今まで人間として出来ていたことが出来なくなっていた。いわゆる「走ること」である。このスカートモドキは形が殆ど変わらない。要は多分足であるものを使って走ろうとすると、スカートが地面に付いていることもあり足モドキで踏みつけてしまい転倒してしまうのである。更に頭についている大きな花も厄介である。直接見てはいないが、多分頭の半分ぐらいの大きさがあると思っている。ただでさえ少女は体の大きさに対し頭が大きい。それなのに更に頭に大きな花が付いているとなると物凄く不安定なのである。その為走ったら100%転倒する。歩いても油断が出来ない状態である。生まれてしばらくは走る練習をしていたがあまりにも転倒ばっかりするためおばあちゃんの方から
『394番目の子よ。何をしておるのじゃ?』
と心配されてしまった。それを言われた瞬間、私は大泣きしてしまった記憶がある。今まで出来たことなのに出来なくなった、ただそれだけの理由ではあるが。
『なんじゃ。そう言うことかぇ。』
(そう言うことって言わないで!)
私にとって見たら走れないは致命傷なのである。まあ、前世の人間時代だって運動嫌いだったからろくに走ったことはなかったはずだけど…この世界には魔物がいると聞いている。走れないなら逃げれない。イコール食い殺される。
『妾も昔はお主と同じだったからのぉ。走れない気持ちはよくよく分かる。じゃがの、お主はお主なりに早く動く手段があるんじゃよ。』
「私と同じ?」
目の前の枯れ欠けた大木にも今の私みたいに動ける時期なんか有ったのだろうか?
『そうじゃな。時が来れば自ずと話そう。』
このおばあちゃん、色んな事を知っていそうでなかなか焦れったい。まあ、急に色々話されてもパニックになるだけだから有りがたいと言えば有りがたいんだけど。
『それで早く動く手段じゃが、その両手のツルを使うのじゃ。』
「え、これ?」
両腕には肩から生えたツルが数回腕に巻きつき手首辺りまで伸びている。これって飾りじゃなくって何かに使えるのか。
『そうじゃ。うーむ。まあ物は実践じゃな。妾の木にぶら下がりやすそうな場所があるじゃろ。そこをつかむイメージじゃ。』
「うーん、届かないよー。」
『イメージだけで良い。そうじゃなぁ。両腕のツルを伸ばしてつかむと言うか巻きつくイメージかのぉ。』
「やってみる!」
両腕を太そうな枝に向けてツルを伸ばすイメージ。すると、手首に有ったツルがするする伸び始め枝に巻きついた。
「おおー」
『そしたら、そのままツルを短くしてみるのじゃ。体が浮くぞい。』
「え、で、でも…おばあちゃん重くない?」
それもあるが、万一折れたら私は転落する。人間の記憶で高いところから転落したら当たりどころによっては死ぬ。
『大丈夫じゃ。見かけは年寄りじゃがまだピンピンしているぞえ!』
「わ、分かった。」
そのままツルを短くするイメージをしてみるとツルが短くなり空中にぶら下がった。
「おおー」
高いところは苦手ではない。むしろ好きな方である。ただ、命綱が手から生えてるツル2本は心細い。
「おばあちゃん!これ、大丈夫なの?」
『大丈夫じゃ。自身の体重程度で切れる程そのツルは弱くはない。そしたら次に片方を離すのじゃ。』
「え、えええ!!!」
分かった。人間で言うところの雲梯だ。私が人間の時は男性であったことは覚えている。そして男子の癖に筋力など全くなかった。だから雲梯なんて両手でぶら下がるのがやっと。その癖「男の子なんだからこれぐらい運べるでしょ?」と軽蔑されたことがある。それぐらい前世では運動神経が皆無であった。
(う、うーん…でも!)
おばあちゃんが大丈夫と言ってる。それに今回は自分の筋肉ではなく巻きついたツルが支えてくれている。植物のツルの巻きつきは見た目より遥かに頑丈であることも知っている。信じることは苦手だが信じるしかない。
「えい!」
思いきって片手のツルを外してみた。外すと言うとなんか微妙だが、そのように思うと右腕側のツルの巻き付きがほどけて元の手首の長さまで戻った。色々不思議な感覚である。
『うむ。上出来じゃのぉ。じゃあ、右手側でその前の枝を掴み直すのじゃ。』
コツさえ分かれば雲梯と同じである。人間の時は筋力がなくて出来なかっただけで、掴む力がツルの巻き付きであると思えば結構すいすい前に移動することが出来た。ただ、何となく不安要素があるのと、直接ツルにぶら下がっているのは怖い。その為、伸ばしたツルを手で握っておくと言う癖が出来た。まあ、ぶら下がるだけだとツルが生えている肩元に痛みと言うわけではないが違和感があったので掴むようにしたと言う経緯もある。
『394番目の子よ。お主には才能があるのぉ。今はまだ始めたばかりじゃからぎこちなさもあるが、慣れてくれば無意識に出来ようになるぞい。』
「分かったおばちゃん!練習するー。」
それからと言うもの走る練習は捨て、雲梯の練習が始まるのであった。100年間の間に学んだことは雲梯だけではない。生まれて数日ですぐに疑問に思ったことがあった。