困難な「人間との共生」
「まずは自己紹介としましょうか。私はムサビーネ・デレナール。この領土のデレナール伯爵の妻よ。」
おい。なんかとんでもない人が目の前にいるよ?
「き、貴族様?!」
「シュウ君。貴族も何も貴方と同じ人間だからね。そこまで畏まらなくて良いと思うけど。」
「お姉ちゃん!貴族様だよ。僕達に比べたらとんでもなく偉いんだよ!」
「いえ、気にしないわ。魔物にとってみれば人間は人間だものね。」
ムサビーネ夫人は私をじっと見つめる。
「貴女、前見た時は結構穏やかな感じの魔物だったのに…どうして今日はそんな殺気じみた態度をしているの?」
「………」
まだ全然怒りが収まっていない。心臓バクバクの状態である。私に心臓があるかは知らないけど。
「えっと…僕の方から話してもいい?」
「大丈夫よ。貴方の魔物なんだから、さっきの行動について貴方にも責任があるのよ。」
「ごめんなさい。」
「シュウ君が謝る必要はないわ。私を殺そうとした方が悪い。」
「殺そうとしたって?私は門前でのことしか見ていなかったけど、貴方かなり強力な魔物よ。自覚していないようだけど。あんな鳩や猪の魔物にあそこまで本気でやり合う意味が私にはわからないわ。」
「私が強力?」
「そうよ。」
「嘘!私は魔物の中でも植物の魔物。食物連鎖の底辺の魔物!強力なわけないじゃない。」
「…シュウ君。何が起きたか教えてくれない?そうしないと、どのように対処すれば良いかわからないの。」
無視しやがった。私の怒りのパラメーターが上がっていく。
「えっとね…お姉ちゃんと話していたら急に猪の魔物がお姉ちゃんに突っ込んだの…それでね…」
シュウ君は見た現場のことを事細かに説明した。
「だけど…だけど…僕は見ていることしか出来なかった!お姉ちゃんに助けてもらったのに助けれなかった!う…」
最終的にはシュウ君は泣き出してしまった。ムサビーネ夫人は彼をじっと見た後、私を見る。
「頭のその花はそんなに大事なものなの?私、色々魔物を見てきたけど、貴女の様な種を見るのは初めてなの。ただ、話を聞いた限りだとその花を庇っての行動よね。」
少々黙認が続く。
「…私には昔、妹が2人いたんです。」
「あら、貴方と同種?」
「はい。」
「是非見てみたいわね。どこにいるの?」
「…人間で言うところの天国でしょうか…」
「…それと今回の件に関係が?」
「そのまんまですよ!妹の1人が魔物に襲われて花だけズタズタにされて帰ってきたんです!そしたら…そしたら…」
思い出しながら涙が止まらなくなっていった。
「妹はどんどん弱って枯れてしまったんです!私たちにとってみれば、この花は命そのものなんです!触られるのさえ怖い。ましてや攻撃なんてされたら何がなんでも抵抗します!殺されるぐらいなら殺した方がマシです!!」
私はそのままうずくまってしまった。ムサビーネ夫人は何も言わなかった。少しして私達2人が落ち着いてくると、立ち上がった。
「シロはうまくやってるかしら。貴女が今日くるって聞いて、喋れる魔物を連れてきたんだけど…違う意味で正解だったわね。じゃあ、貴女達も着いてきなさい。」
私達も立ち上がってさっきの広場に移動する。そばまでくると、二匹も魔物はまた反応し、持ち主から抜け出した。
「ポー!」
「イータン!」
「ガルルルル!」
こっちへくる前に、ムサビーネ夫人の魔物が仲介に入った。鳩も猪も止まる。
「貴方達?ちゃんと魔物の様子をちゃんと見ておきなさい。野放し飼いと無責任とは全然意味が違うわよ。」
「で、ですが…」
男性の方、大体20代前半だろうか?が反論した。
「僕のポーはいつも大人しいんです。こんなに僕に逆らって他の魔物を襲うなんて信じられないです。」
「シロ。何か収穫あった。」
「ああ、その魔物の花がおそらく原因だ。」
「私の花?」
「我も理性がなければ、お前を襲っている。それぐらいその花は魔物にとって美味しそうな匂いなのだ。」
「なるほど。自我と保つのさえ難しいほどの匂いなのね。魔物にとっては…。確か、この街に登録されている魔物の中でそこまで嗅覚が優れているのは…いなかったはずね。とはいえ、流石にここまで距離が近づいてしまうと、自我が抑えれなくなると…。」
「ご主人。だと思われる。今回ばっかりは誰も悪くねえ。だが、一歩間違えれば確実的に死体が出たな。」
「そうね。そう言う意味では脅して終わらせていた貴女の行動を評価するべきなのかしら。」
ムサビーネ夫人は私の方を見た。評価されても全然嬉しくないが。寧ろ殺してしまった方が気楽だった。今でも植物達からの『殺せ』発言が多岐に渡っている。
「さて、今日は喋れる魔物の特性について講義をしたかったんだけどその前に…」
ムサビーネ夫人が全員を見る。
「貴方達二人は既に知っていると思うけど、魔物同士のトラブルは最悪魔物の処理並びにテイマー資格の剥奪よ。」
ここにいるメンバー全員の顔が青くなった。私も含めて。
「ただ、今回は公道の場じゃないし…理由も仕方がないものとしてとらえるわ。だから互いにちゃんと謝罪をすれば今回の案件は見なかったことにします。但し…」
ちょっと間が空いた。
「今日の講義は何時もより長めと、貴方達2人は個別補講を致します。あ…シュウ君よね?安心して。別に罰則とかじゃないわ。ただ、2度とこのようなことが起きないように対策を練る必要性があるの。」
しばらく沈黙が続く。
「ごめんなさい…」
シュウ君が頭をまず下げた。私はその態度が物凄く申し訳ない気持ちになったしまった。私より明らかに年下の彼が私のために頭を下げている。とはいえ、同じことがあれば多分私はまた襲うだろう。命がかかってるんだから。
「いや、俺らも迷惑かけた。普段から大人しいからまさか誰かの魔物を攻撃しに行くなどと思ってなかったんだ。反省してる。」
「私もよ。ごめんなさい。」
魔物達はガッチリホールドされているものの、私を狩ろうと目がギラギラしている。私は残念ながら警戒を止めることが出来なかった。植物達もまだ叫び散らかしていた。人間がどう言っても、魔物は所詮魔物なのである。
魔物人間問わず、独自性のある人間は他者と共生するのが難しい。そんな思いがこの物語では時折組み込まれています。