こんなの…こんなの…護衛でも幸せでも何でも無いじゃないか!!!
「だ、大丈夫ですか?!」
花がもげたら待つのは死のみである。大丈夫なわけがないが…私はそう声をかけざるを得なかった。
「気にするな。こうなるのは覚悟の上…もう一人と俺の花でやつは満足したのか帰っていった。であるならば十分。」
「何でですか?!自分の命より雌花の方が上なんですか?!」
「止めなさい。貴女、雄花の志を壊す気なの?!」
「だ、だけど…」
雌花さんが私を止めに入った。
「いや、嬢ちゃん。気持ちはありがてぇが…俺らは雌花を目的地へ導くためなら手段を選んでいる余裕はないんだ。」
私は黙ることにした。そして暫く同じようなことが続いていく。私は察していた。ここの雄花達は雌花の護衛軍団じゃない。雌花の代わりとなる生け贄軍団だと。いや、勝てれば戻ってくるが…花が食われたとしても体が動く限り何戦も戦いに行っていた。力尽きれば見捨てられていく。修羅場以外の何でもない。
(ケリンさん。カリンを止めてくれてありがとう。)
カリンがついていけば雄花であるから身を犠牲にしなければいけなかったのだろう。そもそも論カリンは戦うのが苦手であった。戦えないわけではないだろうが。ケリンさんは多分全部を知っていたのだろう。だからカリンを止めたのであった。登山が続いていき…更に日数が経つ。敵が襲撃した際、ツルを使って逃げれば良いのではと思ったが…その行為は体力を消耗する。体力回復が出来なくなっている雌花さんがいる以上、それもタブー行為なのであった。
「お聞きしても良いですか?」
「ええ…。」
雌花さんも体調が辛いのだろうか。体の一部が黄ばみ始めている。いよいよ栄養失調で枯れ始めているのである。残り時間は刻々と迫っているようである。
「どうして今結婚したのですか?」
「…どう言うこと?」
「誰かから聞きました。子供を作るには1万年以上は生きなければいけないって。どちらもまだ子供を産むには何千年もかかります。それなのにどうして?」
「ああ…」
雌花さんは笑い始めた。今更だが、この雌花には名前がない。いや、むしろ私やケリンさんのように名前がある方が珍しい。名前とは大抵人間が識別しやすいように付けるものである。魔物である私達は識別される意味合いがないので本来名前など無いのである。名前があると言うことはいわば人間に関わったことがあると言っても過言ではない。
「私、雌花として生きることに飽きたのよ。」
「え?!」
「貴女なら私の気持ち分かるんじゃない?産まれて自立してから永遠と魔物に襲われ続ける。ちょっと油断したら確実的に死ぬのよ?姉が花をもぎ取られたときの事は今でも鮮明に覚えてるし…そんな毎日だった。」
「………」
「彼とも結構昔にあって色々旅したわ。だけど、雌花だからと言う理由で監視は付き物。自由に動けない。そしてこれだけ生きていればもう行きたい場所も残っていないわ。だったらもう、とっとと木になって雄花との監視もおさらばしたい。木の強さはおばあちゃんを見ていたからよく知ってる。急所の花を庇いながら生きる必要もないもの。」
私は思った。「よく分かる。」と。そして思った。「私は束縛されずに生きてやる。」と。実際私は何度もケリンさんに怒られている。いや、前世も誰かに怒られて動けなくなって精神的にぶっ壊れたのである。だから今の私は自由を妨害する輩からは極力離れて生きている。森の置く深く…山の中にいれば雄花は絶対に来れない。拠点に来た魔物達は未だに殺せないのだが全員生け捕りで餓死に追いやったりしている。
(確か前世では楽しいことをやっていると生きてる感じがするとかあったわね。やる事も無くなって監視された人生だからどんどん萎れていってしまったのかしらね。)
私は現状350年も生きている。人間では到底考えられない長さであった。人間の中では不老不死を望むものもいるが…実際そんな長く生きても楽しくもなんともないのである。
(私の場合、不幸か幸か一応魔女がいるものね。それに楽しいことを探しながら生きているし…今後も周りが何と言おうが…誰かが制約しようとしてきたとしても自分の意志で動かなきゃ行けないわね。)
既にこの雌花さんは花は枯れ、木の実にはなっている。しかし、8000年以上の長い年月で既に中身は枯れてしまっているのか…そんな感じかした。前世の経験も考慮し、肉体だけでは生きていけない。メンタルも重要だなと再認識させられるのであった。
「えっと…雄花さんの方はそれで良かったのですか?」
「何が?」
「雄花さんは雌花さんより6000年ぐらい若いって聞きましたし…他にも行きたいところがあったとか?」
「ああ…クスクス」
雌花が笑い始めた。今度は何だろうか?
「雄花ってアホな子が多いのよ。だって、結局自分のおじいさまの命令には逆らえないの。彼らはいち早く雌花を見つけて結婚し、木とすることが仕事。彼が実際どのように思ったとしても、私が結婚すると言ってしまえば彼の意見は通らない。それだけ。」
「…ちょっと待ってください。じゃあ、旦那さんには選択肢はなかったんですか?もっと一緒に過ごしたいとかもっとやりたいことがあるとか?!」
「彼はおじいさまに忠実だった。だから、彼には自主性と言うものがなかった。だから彼はおじいさまにも私にも良い様に使われてしまった。それだけの話。」
「………」
私は前世真面目に生きていたんだと思う。それこそ親から怒られないように勉強し、成績も優秀だったと思う。そして、一流企業に入り…周りにこき使われ最終的には潰れてしまったのである。話を聞く限りでは結婚した雄花は結婚したのに全然幸せの「し」の字も満たしていないではないか。そんな感じがしてならない。
(雄花も人間の男も…結婚は墓場なのかもしれない…)
私はこの雌花に比べればまだまだ幼稚である。8000歳も若いのだから。ただ、これだけは言える。この夫婦は終わっていた。結局政略結婚であり、雄花はおじいさまとこの雌花に振り回されていただけなのである。いや、偏見は良くない。もしかしたら幸せだったのかもしれない。しかし、結局連中の手の上で植え付けられた「幸せ」に振り回された挙句使い倒された。それしか言えないのであった。普通に考えればわかる。子供を作るには1万年以上生きなければならない。雄花はまだ2000歳ちょっと。後8000年も何も出来ずボーッと過ごすなんてとてもじゃないが信じられない。恐らく一人ぼっちになり、何も出来ない自分を見て初めて気づくのだろう。「結局自分の人生は何だのだろう。」とか「どうしてこんなに惨めに生きているのだろう。」とか。しかも、その原因を作った親やパートナーを恨むことすら出来ず、自分を呪い続けるのだろうか。
(他者に振り回されたものの末路か。…私も人のこと言えないわね。前世があるし。やっぱり、今度は自分のために生きる。いや、行きなければ他の雄花に使われるだけ。絶対私は自分の運命に逆らってやる。)
私が雌花さんから学んだこと。それは、雌花としての生き方や雄花と雌花の関係性ではなかった。残りの膨大な長さの人生…それをどうやって生きれば楽しく生きれるか、どうやってやれば他人に使われないように…他者に依存しないで生きることが出来るか…それが如何に重要なことかを学んだのであった。




