雄花の寿命と既婚後の未来
(私の蜜って養分以外にも何かあるのかしら?いや、私のと言うのはおかしいわね。私達の花の蜜かな。)
軽いネタバレだが…雄花と雌花の関係は人間で言うところの精子と卵子の関係に非常に良く似ている。卵子にたどり着ける精子はエリート精子のみ。それに属さない精子はエリート精子を卵子に届けるために途中の障害物において自分が犠牲になる。例えば母体の子宮にいる白血球に食われる役目がエリートじゃない精子。エリート精子は犠牲者を乗り越えて白血球ゾーンを切り抜ける。今後そのような目で雄花と雌花の関係を見るとまた面白いかもしれない。
「じゃあ逆に聞きたいのですけど、ケリンさんの花の蜜を私が飲むと言うのもあるのですか?」
「構わんが飲みたいか?」
「…要りません。」
私達にとって花の蜜とは何度も書いているが人間換算で尿なのである。どんなに他の生き物にとって優秀な食料であったとしても。歳を重ねるごとにそのような思考回路が強くなるが…とにかく、自分のは愚か他人のも飲みたくないのであった。そしてその事を充分理解しているからケリンは直ぐに切り返せたのであった。マイはその事を気付いていない。
「あーもう、分かりましたよ分かりました。蜜を出せば良いんでしょ出せば!」
最終的に私が折れることになってしまった。そしてその決断がマイの行動を変えていくことになり…ケリン達にとって都合の良いようになっていくのであった。
(何か私っていっつも誰かに振り回されてる気がする…。)
私は頭を左に傾け、花から蜜を溢す。こぼれた蜜が花びらを通る時、人間換算で体に水が流れる感覚になる。不快なので極力避けたいのであった。その蜜を左手で受け止め、ケリンさんの手に乗せる。
「これで良いんですよね?!」
私はやけくそだった。
「ああ、すまない。」
取り分けケリンさんも嫌そうな顔をしながら私の蜜を飲んだ。やっぱり何か事情が有りそうである。ケリンさんが嫌がることを命令出来そうな人物…と言うより生き物は一人しかいない。しかし、おじいさん木が何故それを強要しているのか謎である。
「意外に甘かった。」
「それはどうも。」
私は未だに不機嫌である。
「で、何で私の蜜が必要なんですか。」
「すまん。俺は先に行く。」
「え、ちょっと?!」
ケリンさんはスタスタ歩いていくので私はその後を追いかけた。予め、私達の体の構造上走ることが出来ない。ツルを使えば早くは進めるが…どうやらもっと前を歩いている仲間も普通に歩いているらしかった。
「はぁ。結局なんだったの?手もベトベトだし…。」
私は蜜で手が汚れた場合…洗える場所があれば良いが無い場合は放置か気まぐれで嘗めてしまうこともあった。人間感覚では異常行為だが…自分の蜜は嘗めると甘いことは知っている。子供が手についた蜂蜜を汚いと分かっていても嘗めてしまう感覚であった。ここら辺はマイの悪い癖である。
『姫様。雄花の行動についてお話ししましょうか?』
「話してくれるの?」
『はい。どちらにしろ、先ほどの雄花から私達から話して欲しいと依頼がありました。』
「え、本人から話せば良いじゃない。」
『察してやれよ。本人から話せない理由をよ。』
「テレパシーがないから無理。」
『テレパシーとは?』
「何でもない。取り敢えずどうしてなの?」
『はい。雄花の寿命についてはご存知ですよね。』
「ええ、ついさっき聞いたわ。」
『実は雄花は寿命を伸ばす方法が幾らかあるのです。』
「伸ばす方法?さっきケリンさんとかが結婚すると雌花から寿命が貰えるとかどうとか言っていたけど。」
『それもありますが…結婚と言うのは最終的に雌花が許可を出さなければなりません。姫様もご存知の通り雌花は寿命が雄花より圧倒的に長いです。その為、雌花が結論を出す前に雄花が死んでしまうこともあり得ます。』
「そうなの?」
『雌花が結論出すまでに5000年かかるとかも平気で有るようだぜ。』
「なっが!」
『いや、姫様もそうじゃねえの。結婚しちまったら子孫残すために木になっちまうんだぜ?それ以降動けなくなっちまう。』
「へぇ…って、木になっちゃうの?!」
嫌な予感は昔から薄々気付いていた。何せおばあちゃん木も昔は私みたいな容姿だったような雰囲気を出していたのである。どう言った経緯で姿形が変わるのか全く分かっていなかったが生きてて350年。漸く新たな気付きが起きたのであった。
(木になったら絶対自由に動けないわよね。しかもおばあちゃんと同じなら永遠と子供を産み続け育てること以外出来なくなる…。)
自由が全く効かなくなってしまうのである。雌花が結婚を拒否する理由は何となく分かった。そして、雄花は長く生き残るために何としてでも雌花を口説かなくてはいけないと言うことも何となく理解した。
(まあそれでも恐らく雄花も木になるとして…おじいさま木も同じ様な話をしていたことあるし…そこまでして生きたいのかしら。)
その答えは私が雌花である以上永遠と分からない問いであったが…少なくとも人間で言うところの大人になったら自由がなくなるのと同様…いや、それよりも終わってしまっている未来が待ち構えていることだけは明白なのであった。




