現段階における一匹の雌花の影響力②
「護衛か…。一応聞きたいが、フェンリル様という神獣と一緒に行動したい奴はいるか?」
ケリンが周りの雄花に声をかけ…予想通り全員無反応であった。フェンリルという名称は魔物達の中でも恐れられているのである。人間と魔物は共に敵対する関係…という意味で恐れられるが、フェンリルの場合には見かけたら死亡という意味で恐れられているのであった。じゃあ、何故マイはそこまで恐れていないか…いや、恐れてはいるだろうが…前世の様々な書籍を読んだ記憶と植物からの多大な情報によって「殺したりはしないだろう」という結論を既に導き出しているからであった。固定概念とは恐ろしい者である。
「…しかし、俺が着いていく…ってことも無理か。いや、ワンちゃん…無いな。」
今からデレナール領に向かっても数日かかる。現状の報告的に今から向かってシュウやマイがフェンリルに連れ去られるまでに時間がない。行くならダメ元なのであった。
「マイお姉さん…大丈夫かな。」
今いる雄花達の中で、6歳ぐらいの女の子が呟いた。先ほど話に出てきたカリンである。実年齢は30歳ちょっと。人間換算で大人だが、アルビトラウネではまだまだ子供である。雄花なので厳密には男の子だが…どう見ても女の子であり、そばにある人間の村からは時折商売をしに来る女の子として認識されている。
「ああ、カリンいたのか。あ…そうだ、カリン。カリンがマイなら何故フェンリルと一緒に行こうとしているとか分かったりするか?」
「ケリンお兄さん?どう言うこと?」
「いや、マイの考えが全く分からんのだ。人間の里で生活するわ、フェンリルの道案内云々でまた危険を侵そうとしてる。何故雌花として自分の身を守ろうとしないのだ。」
「うーん…マイお姉ちゃんのことだから、あの男の子が何か関係してるんじゃない?」
「…シュウか。やはり、アイツとマイは引き離すべきか?」
「止めといた方が良いよ。僕がマイお姉ちゃんならキレる。だって、今僕だって人里に行ってるし…お姉ちゃんじゃないからそこまで1人を溺愛みたいなことはしてないけど…あの村をお兄さん達が攻撃したら僕は許さないと思う。」
「そうか。…仕方ない。ダメ元で行くか。」
ケリンはそう言うと、この場を後にした。先に結論から言うが…デレナール領に着いたときには既にもぬけの殻であった。
(それにしても…何でだろう。マイお姉ちゃんがフェンリルに連れ去られると言うことを聞いてからかなぁ…このモヤモヤ何だろう。)
カリンはカリンでマイに助けられたことが起因か、はたまたマイ同様人間と関わっていることが起因か…それ故周りから浮いてしまっていることが起因か…マイに対して別の感情が芽生え始めようとしているのであった。
「で、シュウに何持たせる?」
「あの2人にでしょ。」
ギルドでは栄光メンバー4人が話し合っていた。いや、最終手段で自分達も行ければ…とは思っていたが、フェンリル様の体格的にシュウとマイが乗ったら乗れる訳がない。そしてフェンリル様の走る速度に追い付けるものなど無い。その為、少しでも生存率を上げるため検討をしているのである。フェンリル自体にも本来警戒しなければいけないがそれを考えると不可能で終わってしまうため…フェンリルが2人に手を出さない前提であった。
(フェンリルって師匠なら倒せるのかな。)
4人の中で一番若く一番話についていけない魔術師のメリーは考えていた。メリーの師匠は現役魔女であり…メリーが知る限りの最強魔術師である。実を言うとマイと同じく前世日本人だったりするが、それを知っているのはマイのみである。それ故のチート能力もかなりあった。
「リール。フェンリルはSランクの魔物だ。シュウ達を運ぶのであれば恐らく敵からの奇襲も守ってくれるだろう。他の魔物や盗賊云々より移動中に対する障害から考えた方が良いんじゃね?」
「そうね。乗る練習とかはシュウ君達は別途やってると思うから…やっぱり食料とかかしら。」
「フェンリル様の移動速度にシュウ達は耐えられるのか?フェンリル様がここへ来るときや帰るときを見たが、あの速度なんだよな。」
「寧ろ、あの2人を乗せてフェンリル様は運べるのかしら。」
「いけるんじゃねえか?じゃなきゃシュウが爆弾発言したときに不可能って言いそうなんだよな。抵抗じゃなくってさ。」
「あれは私も心臓が止まったかと思ったわ…じゃなくって、何を持たせるかって話よ。」
殆ど3人で会話が進んでいる状態であった。その時割り込みが入る。
「珍しいですね。栄光メンバーがギルドで打ち合わせとは。」
受付嬢のミサさんが休憩時間に入ったのだろうか。首を覗かせてきた。
「えっと…フェンリル様がデレナール領に来たと言うことは知ってます?」
3人が忙しそうなのでメリーがミサさんと会話し始めた。
「ええ。一応は。昨日もその事で色々揉めていましたし。」
「じゃあ話は早くて…完結にシュウ君とマイちゃんがフェンリル様の付き添いで遠征することになって…その準備を今やっているってところかな。私達は流石に行けないから。」
「………」
「あれ、ミサさん?」
メリーさんがミサさんの顔の前で手を振ると暫くしてミサさんが再起した。
「どう言うことですか?え…えーっと??」
良く分からないがミサさんはフリーズしてしまったらしい。少々会話してようやく状況整理出来たようである。
「あの2人…一体何処までやらかせば気が済むんですか。今日どっちも見ないなと思ったら…私の心臓いくつあっても足りません。」
「それは私も思う。と言うより何だろう。あれ、どっちも急にこの街に来て…どっちも幼くて…ってのがあって、弟や妹を見ている感じ。」
「そうそう…だから必要以上に心配してしまうのよ。」
受付嬢と魔術師は良く分からないところで共感していた。とまあ…マイもシュウもどっちも知らぬ間に色んな所で意図は違えど…心配されており有名になっているのであった。勿論、どっちもそんなことは知らない。世の中気付かないうちに話が明後日の方向に進んでいくのもあるあるなのであった。