関わってはいけない魔物
「はぁはぁ…クー…捕まん…ないわ!」
先に根を上げたのは私であった。ツルを使った雲梯は体力の消耗が激しい。魔物だから人間より体力はあるが有限である。私は雨でグチャグチャになっている地面に仰向けで寝転がった。背中は泥だらけだろう。人間ではやんちゃな子供でもなければそんなことはしない。ただ、今私は魔物である。本能だからかそれだけ疲れてしまったからかあまり抵抗はなかった。雨が降り続け…森の中なので木々が雨避けにはなっているがそのまま水が私まで滴り落ちてくる。結局雨に当たることには変わりないのであった。
「マイお姉ちゃんー?もうーギブー?」
「ギブよ…ギブ…私…そんな体力…無い…」
と言っておきながら、シュウ君を背負って長距離移動もこなすマイなので…このおいかけっこは人間換算では相当過激…いや、それを越えていたのかもしれない。或いは長時間やりすぎか…。
「あー、とはいえ…こうやって、雨に当たるのも…気持ち良いわね…」
私は寝転びながらボーッと呟いた。普段は寝転ばず、立ったまま雨と言う名の水浴びである。
「うーんーボクならこの方がいいなぁー。」
アースはそのまま地面に潜った。彼女…見かけ4歳の少女…実年齢2800歳以上…は大地の妖精と言うこともあり、地面に潜るときもある。その時に雨が降っているとその水を自身の栄養源に出来るらしい。
(あ、そう言えば…)
アースの特殊能力で、地面に潜って雨を栄養源にしているとき…周りの土を腐葉土に変換することが出来る。彼にとって見ればただの副産物だが、私にとっては人間換算で高級レストランのメインディッシュを食べるような感覚なのである。まあ、前世私はそんなもの食べたことはないが…。この腐葉土があるからこそ、森の奥地に生える黄金リンゴ…1つ小金貨5枚…日本円換算5万円…のリンゴが育つ。アースなしでは成り立たないのだが…この原理を知っているのは多分私だけである。アース本人も知らないし教えていない。言ってしまうと、黄金リンゴが意図的に熟成されるようになったり、人間がそれに気づいてアースが誘拐されるかもと思い謎のままにしてあげているのであった。
(うん、アースが作る腐葉土は最強だわ…あー、だけど日光がないからなぁ…。)
私は立ち上がる。足元に大量の栄養素があっても、光合成出来なければ最終的に養分が作れない。植物の構造上…光合成で利用する養分だけを根から吸収して終わりとなってしまった。
(まあ、後日晴れたときにはここで光合成しましょう。結構森の奥のはずだし…人は来ないし魔物がいたら駆除するだけだし。)
私は暫し光合成の場所をここに決めたのだった。少しして、アースが地面から出てきた。
「マイお姉ちゃんー背中泥だらけだーヒャヒャヒャ!」
「誰のせいよ…」
「お前ー。」
「あん?てか、貴女もブーメランじゃない!」
私はムッツリ膨れるのだった。その時植物から警告が走った。
『姫様…魔物が一匹近付いております。』
「魔物?」
「マイお姉ちゃんー?どうかしたのー?」
「うん?魔物が近くにいるらしい。」
「えー!怖いー!マイお姉ちゃんー助けてよー!」
と叫んでる駄妖精であるが、彼女の住みかは、テイマー換算でB,Cランクの魔物が住み着く場所。ここより圧倒的に強い魔物がうじゃうじゃいる場所。自分で対処出来るはずなのだが…これである。
「はぁ…まあ、じゃあ…」
『姫様。止めておけ。あれは関わっちゃいけない魔物なんだぜ。仕掛けなければなにもしてこねえさ。』
「関わってはいけない魔物?」
『そうですね…一般的には魔物と言うより神獣と呼ばれることが多い魔物…フェンリルです。』
「フェンリル?」
私は前世色んな物語を読む過程でフェンリルと言う言葉も聞いたことがある。見た目は狼…そう言えば、ムサビーネ伯爵夫人の従魔に白銀狼のシロがいたと思われる。フェンリルとは聞いていないが…普通に人間の言葉を喋れるし…夫人曰く人間の言葉を喋れる魔物は知能が高く強力らしい。関連があるのだろうか?
「フェンリルー?マイお姉ちゃんーフェンリル言ったー?」
「え、ええ…」
アースの表情が変わった。簡潔に…恐怖である。
「ほー本当にーフェンリルーが側ーいるのー?」
「植物の話に…」
「マイお姉ちゃんー逃げるー!あれはバケモンー!どっちから来てるー?!」
「え、えっと…あっち?」
植物の声を頼りに私が指差すとアースは反対方向に瞬く間に飛んでいった。
「あ、アース?ちょっと待って!」
私はツルを使い雲梯の要領でアースを追いかける。ある程度距離を取ったのだろうか。アースは側の木の枝に座った。
「アース?フェンリル知ってるの?」
「うーんー、見たことはないけど…魔物の中で最強クラスって聞いたことあるー。ボクのゴーレムなんて、一瞬で壊されちゃうー。」
「これまた面倒臭いのが来たわね…植物さん、フェンリルはこっちに来ていたりする?」
『いや、そのまま通り過ぎただけみたいじゃな。』
「そう。」
私は警戒していることがある。私の花はある程度の匂いを放っている。そして、その匂いが強力な魔物を誘き寄せ私の花を食べようと狙ってくるのである。街中とかではムサビーネ夫人から貰った防臭魔法付きの帽子を被り脱臭しているが…森の中では取ってしまうことが多い。髪の毛にも葉緑体が入っているので光合成の邪魔だし、花を密閉し続けると何て言えば良いかは分からないが…要は苦しいのである。
(フェンリルは私の花を狙ってきたと言うわけではなさそうね。まあ、関わるなと言われた辺り…向こうが襲う気がないなら何も問題ないはずだけど。)
補足だが、雨が降ると匂いが分散され魔物まで花の匂いが届きにくくなっていることも気づかなかった原因なのかもしれない。




