悩み続ける雌花
「お、お疲れさん。丁度噂してたところだ。」
「噂…ですか?」
「ええ。久し振りに街へ戻ったらマイさんっぽい魔物が台車で街中を運ばれているみたいな情報が流れてくるんだもの。咄嗟にギルドに駆けつけたのよ。」
ベイルさんとウィリーさんに声を掛けられた。各々栄光ハンターの盾役の男性とアーチャーの女性である。シュウ君も栄光パーティの一員となっている。
「まあ、無事で…と言うわけでもなさそうだな…。受付嬢にもある程度は聞いたが…俺らがいりゃあなぁ…。お前達もこんなことする必要性無かっただろうし…万一も考えるとな。ウィリー、どう思う。」
「ええ…リーダーから色々教わって行ったって聞いたけど…マイさんが強いってことも知っているけど…油断は大敵ということよね。シュウ君。多分、そのうちリールからも連絡行くかもしれないけど…今後ハンターとして行動する時…いえ、遠出する時には全部リールへ報告義務になるかも知れないわ。それだけは覚悟しておいて頂戴。」
「え、どうしてですか?」
シュウ君の前に私が突っ込む。私の自由行動が更に制限されてしまう。
「どうもこうもねえだろ。万一があったら、お前らだって…あー、言い方悪かったらすまねえが…その嬢ちゃんと同じ運命を歩んだのかも知れねえんだぞ。お前らはもう俺らの仲間だ。勝手にどっか行かれて死んでしまった…じゃ困るんだよ。」
「………」
ド正論を言われてしまった。ぐうの音も出ない。しかし、このままではどんどん私の自由度が減ってしまう。私は既にシュウ君というテイマーに自由を束縛されている。そのため、好き勝手に遠くに行くと私がシュウ君に泣きつかれてしまう。そのシュウ君が今度栄光に束縛されるのである。二次下請けの私はより行動が辛くなる。
「う…うん…。」
シュウ君もそれしか言えなかった。私としてはどんどん課題が山積みになっていることに頭を悩まさせられることになるのであった。ルールによる私の束縛は私にとって自害しかならない。前世の私がそれで鬱になっている。折角魔物として生まれ「自由」になったはずなのに、私は既にツルで束縛されている状態になってしまっていたのであった。私のツルは私を束縛するためにあるわけではないはずなのだが。
「まあほら…街中であればなんとも言わないだろうし…そこら辺で薬草採取ぐらいならお咎めないから大丈夫よ。ベイルもシュウ君やマイさんが心配だからそう言っているだけだがら、あまり考えないで。」
「うんにゃ。その台車は何処へ運ぶんだ。残りが俺が運んでやるよ。」
「あ、ありがとうございます。」
シュウ君が返答するが…私の考えは束縛するためならば手段を選ばないのが人間なんだなぁ…と人間に愛想を尽かせている状態になっているのであった。別に栄光達に恨みはない。ぶっちゃけ今までだって何度も助けられている。しかし、実際「仲間」という組織でさえもここまで窮屈になってしまうのか…と絶望しているのであった。私は何故この世界へ転生したのか分からない。ただ、どこぞのハッピーな転生小説と違い、私は転生前後で人間と魔物と言う種族さえ変わったはずなのに「生き方」がまるで変わらない…束縛され続けるだけ…に嫌悪感を抱いているのであった。
「お、戻ってきたか。ベッドに戻れ…ああ、ベイルさんじゃないか。すまねぇが、ジェスさんをベッドに運んでくれねえか。俺じゃちと重くてなぁ。」
「おう。任せとけ。」
ベイルさんは流石現役Bランクハンターと言うべきか、ジェスさんを軽々持ち上げ、ベッドに寝こがらせた。
「うん?なんだこりゃ。」
ベイルさんは手についた落ち葉…いや、枯れ葉を見て言う。
「どうやらジェスさんの体はどんどん枯れて行っているようでねぇ。俺も最善尽くしているんだが…はぁ。このザマさ。治癒医やってるとどうしてもと言う時もあるが…情けねえなぁ。」
「枯れ葉…かぁ。」
ベイルさんは彼についた葉っぱを見て、ジェスさんの擬似スカートを見て…私を見た。私の擬似スカートは青々しく枯れることもなくシャキッと…は変か?…まあ、正常である。
「うんにゃ。余計な考えはやめだやめ!シュウ。お前の魔物も俺らがしっかり守ってやるからお前もちゃんと俺らを頼れよ。こう言うのは言って良いか分かんねえが…マイがこうなるのは嫌だろ、シュウ。」
ベイルさんはジェスさんを見ながら言った。シュウ君はジェスさん、私、ベイルさんと見た後頷いた。
「僕、お姉ちゃん守るもん!お姉ちゃんに助けられたんだもん!僕が今度はお姉ちゃんを助ける!」
「良い目だ。ウィリー、行くぞ。リールは今何処にいるんだ。この件は報告しねえと不味いだろ。」
「いつもの宿でしょ。予定無いだろうし。」
そうして、二人は去っていった。私はシュウ君を見る。
「シュウ君。無理だけはしないでね。」
「うん!」
「…マイ…」
「うん?」
「…お前…幸せ…良かった…」
「え?」
「…人間…もっと怖いもの…思った…違った…皆…優しい…雌花…気に入った…理由…分かった…」
「そう。」
「…僕…人間と…もっと…生活…して…見たかった…なぁ…」
「………」
私は無言だった。ジェスさんの心境は分からない。ただ、今日のお散歩は明らかにジェスさんの心の何かを動かした様であった。…こうして、ジェスさんのデレナール領お散歩は幕を閉じたのであった。私は以降…しばらく、ギルドに通い続けた。別にギルドに何かしに行くわけではなく、ジェスさんのお見舞いだけである。その為シュウ君も呼んでいない。別にジェスさんをこのようなことにしたのはマイではないが…私自身、結局のところ…あの時ジェスさんを止めていれば…とか、メイと同じ運命にせざるを得なかったとか…メイの経験から何か出来なかったかとか…等々、物思いに囚われすぎていたのであった。ある日の夕方、そろそろギルドから帰るか…と、ジェスさんの寝床から立ち上がった時…ジェスさんが発声した。