SORA エピソード6
エピソード6 サツキ
帰りのホームルームが終わり、図書室に向かおうとしていた海斗は、急に「あまさきくーん。」と声を掛けられた。声の主のほうを振り返ると、
「天崎君・・・だよね?この前キレイな女の人と話してたよね?」と同じクラスの男に声を掛けられた。
「・・・誰?」
「ひどい!自己紹介の時覚えてくれなかったの。サツキだよ。福原皐月。」
海斗は女子に興味がないが、同じくらい男子にも興味がない。そそくさと図書室に返却する本を抱えて教室を出ようとした。しかし、サツキは粘り強く海斗を付きまとった。
「一期一会って言うでしょう?俺と天崎君の出会いも何かの縁だと思うんだ。」とサツキは歩く海斗の背中に語り掛けてくる。うんざりしながら廊下を早足で歩き、図書室に向かった。サツキは何度か海斗の前に躍り出て、
「お願いだから、あの時のキレイなお姉さんを俺に紹介してくれよ。」としきりに懇願した。
結局図書室まで来てしまった。よりにもよって今日、夏美さんとここで会う約束をしているのだ。なんとかしてこの男を追い返さなくてはならない。
図書室の扉を開けようとしたとき、ちょうど中から生徒が出てくるところだった。入り口を開けようとすると、この前外国文学のコーナーで会った女の子が出てきた。女の子は一瞬海斗の顔を見て、ぎくりと肩を震わせた。海斗は自分の顔が熱くなるのを感じた。
女の子がいなくなるのを、海斗は目で追った。女の子のリュックサックから、ラジオのアンテナのような棒が一本飛び出しているのが見えた。あれは何だろうと考えていると、隣でサツキが
「今の子可愛かったなあ。天崎君もそう思うよね?」と無邪気に笑って言ってきたので、海斗は思わず
「うるせえ!」と小声で怒鳴った。急に沈黙を破った海斗に、サツキは少し驚いた表情を見せたが、すぐに、
「ほほーん。」と言って口角を上げた。
図書室に入ると海斗は一直線に貸出カウンターに向かった。「夏美さん来てますか。」と司書の方に聞くと、まだですと返答された。嫌な予感がして携帯を覗くと、
「今日来れなくなった。メンゴ」と言うメールが届いていて、海斗は頭を抱えた。
「俺はもう帰る。夏美さんに会いたかったら今度にしてくれ。」と海斗は言った。サツキは途端に満面の笑みを浮かべて
「それは勿論。ところで天崎君、さきほどの女の子は・・・」と言ったが、海斗は無視して図書室を出た。サツキも慌ててついてきた。
校舎を出ると、グラウンドから運動部の声が聞こえてきた。海斗はサツキと共に、体育館のすぐそばにある駐輪場に向かった。サツキという男は、冷徹な海斗を圧倒させるほど、喋ることが好きなやつだった。サツキはこの学校では珍しい金髪で、「去年の生徒総会で、髪染め禁止の校則を廃止させたの俺なんだ。」と自慢げに話していた。
二人が自転車を押しながら体育館の脇を歩くと、何かの音楽が聞こえてきた。いつもは無視しているのだが、サツキが「ちょっと覗こうぜ。」と言ったので、すぐそばの鉄格子から中を垣間見た。格子戸の溝に枯れ葉がたくさん溜まっていて気味悪かった。食い気味で中を覗くサツキのおでこに蜘蛛の巣が引っかかっていたが、本人が気づいてないのでそのままにした。
我が高校には新体操部がある。ここ一、二年で創部されたらしいが、何しろ元男子校なので部員はとても少ない。体育館のコートは二分割されていて、今日は新体操部と男子バレー部が共同で体育館を使っていた。
「白沢雪華っていう新体操の天才がいてな、今年入学してきた子なんだけど、大会のたびに賞取ってくるらしいんだ。」とサツキが隣で興奮して言った。そして、ほらあの子だよと言って奥の方で練習している女子を指さした。
奥の方で音楽に合わせて踊っている女子が見えた。青と黄色のグラデーションのかかった長いリボンが生き物のように宙を流れていて、まるで魔法使いだなと海斗は思った。彼女はとても細い身体をしているが、ダイナミックなジャンプやアクロバティックな動きには迫力があった。
海斗は新体操のことを一切知らなかったが、「間違いなくあの子は天才である。」と断言出来た。
彼女の動きを見ていると、心臓の奥の方がぶわっと燃えているような気がした。海斗には彼女が「新体操をしている」というよりも、「美しい妖精が踊っている」ように見えた。
ところで、金髪のサツキはとても目立つらしい。手前の方で練習している他の部員が怪訝な顔でこちらを見ていた。「たまに生足が見える服で練習してたりもするんだ。」とサツキはつぶやいたが、海斗はそれをすべて無視して「奥の子、すごく綺麗だな。なんていうか、惚れ惚れする。」と蚊の鳴くような声で言った。
サツキと一緒にいるとこちらまで悪く映ってしまいそうだ。海斗は何も言わずに立ち上がり、傍に止めていた自転車にまたがって走り出した。後ろの方でサツキの「置いていかないでくれー」と叫ぶ声が聞こえた。
本を読むこと以外で心を動かされたことが、これまでに一度でもあっただろうか。海斗は自分の心に問いかけずにはいられなかった。