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三流小説家・手越光シリーズ

小説の極意

作者: てこ/ひかり

 執筆作業とは、野球で言うバッティングに似ている。


 そう思ってみることにした。つまり、イメージトレーニングの一種だ。

小説を書く時、打者が打席に入ってバットを構えるように、精神を研ぎ澄ますのである。

私は野球が好きなので、執筆を野球でイメージしてみようと思ったのだ。


 書き始めの頃は投手側、“ピッチング“でイメージしていた。

本当ならピッチングの方が説明しやすい。


 まず球種、つまりジャンルはどんな類いの話にするか。

何球も同じ展開(コース)を続けていては流石に読者にも見切られ、打ち返されて(飽きられて)しまう。

ストレートな勧善懲悪モノの次は、ちょっと変化球にホラーやSFに挑戦してみたり。


 オチはどうするか。

落とすか、曲げるか、緩急を使って読者の目線をいかに翻弄していくか……そう言う風にイメージを重ねながら執筆していく。気分はプロ野球選手だ。実に気持ちが良い。ワハハハハ。


 しかし……。


 デビュー作で全世界的大ヒットを飛ばし、そのままノーベル賞を総ナメすれば良いのだが、現実的に小説家として食っていくためには、手始めに100冊くらいは出したいところだ。


 イメージするうちに私はだんだん不安を覚え始めた。


 100冊……200冊……果たしてそこまでネタは持つだろうか。プロになったらそれ以上出してる作家だって少なくない。それに私は元々ミステリー作家志望だったから……少なくとも3桁は人を殺さなくてはならない。人を殺した文章を自信を持って、満面の笑みで公表しなくてはならない。それって、社会的に大丈夫なのか? 人として……。


 どちらにせよ、昨今先発投手でも200球は明らかに『投げすぎ』である。このままでは私は、小説を書く前に肩や肘を壊し、下手すりゃ故障者リスト入り、オフに手術なんかを受ける羽目になる。そして長年リハビリを繰り返しているうちに活きのいい若手が台頭し始め、気がつけばあっという間に戦力外だ。


 なんてこった。私は頭を抱えた。それで、しょうがないので“ピッチング“でのイメトレを諦め、“バッティング“に切り替えることにしたのだった。“バッティング“なら100と言わず何千打席と立てる。毎打席ヒットを打てるとは限らないが、仮に3割打てば十分一軍で通用するだろう。

 ……何だか殺人件数も増えてしまった気がするが、傑作のためにはある程度の犠牲も致し方あるまい。


 読者や世間から投げかけられる疑問。

 あるいはこんなものが読みたいと言う期待。

 見えない怒りや悲しみ、飛び交う声なき声。

 そう言うものを鍛えた心技体(バット)で遠くまで飛ばせば良いのだ。うーむ。我ながら上手い事を言った気がする。


 それから私は大打者になるため、黙々とイメージトレーニングを繰り返した。


 筆の持ち方はどうか。

 『すり足』か『ノーステップ』か、どのような足の運びで椅子に座るか。


 上体の開き、体重移動、ミートポイント……来る日も来る日も素振りを繰り返した。一日に何度素振りをしたことだろう。雨の日も、風の日も、気がつけばイメージ上の私の手にはじんわりと血が滲み、頭が朦朧とし始める。それでも素振りをやめなかった。それが何十日、何百日に達した頃……私はふと気がついた。


 文字が止まって見える。


 その瞬間、私は目を見開いた。妄想じゃない。現実に、白紙の上で、文字がピタリと止まっているのが見えた。イメージバッティングの極意を、ついに私は掴んだのである! ワハハハハ、ワーハハハハハ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです! アイデアへの不安は、どこまでも追いかけてきますよね。 「何百日」でできるなら、私もやってみたいものです……。
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