その5 マチルダはいつだってわが道を行く。
『ごっふぁあああああ!!』
――と思いました。ホントにマジでこれが噂の『キラーパス』かよ!
そう思い知りました。
予想も付かない方向は、トラップでいっぱいだ!
――誰が逃すか。
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ちっくしょうトニアめっ!
ぎりぎりと拳を固め、振り上げた。
見上げたヤツは『いやだ!怖い!』とかわいこぶりっこ(死語)して、衛兵のお兄さんに抱きついている。
うっわ。女の私でもなかなか出来ない芸当を平然とやってのけましたよ!あの子!恐ろしい子!
(何かやたらとあの格好、板に付いてるし。何だかナァ・・・)
だが今は逃げるのが最優先事項だ。奴に構っている場合ではない。
さっさと行動しないと、王宮の輩が先手を打ってくるだろう。
特に『属性・姑』で『特殊攻撃・嫌味』をかます宰相!クロードと言ったか、あの眼鏡?
アレは頭が相当まわると見た。
何せこの小姑気質満点の、下町のおばちゃんたちと互角に渡り合うこの!マチルダ様と良い勝負だったもんね。
アヤツの指示が出る前に、数瞬でも早い方が良いに決まっている。
(あいつは〜相当敵に回したら厄介だ!だからといって味方にもしたくないタイプだけど〜)
そう判断を下した私は『トニアを泣かせるのはこの次の・優先事項だ』という判断をつけたのは言うまでもない。
いやぁ?――いやいやいや?待て待て待て。
その前に、あの三段バラに一発みまってやるんだったろうがマチルダ!?
そうだ、そうだっ!そのための逃亡だろうが!忘れちゃいけない。
一人娘を平気で王宮なんて恐ろしい所に、借金のかたに『ぽい』する親には一発見舞わねば腹の虫がおさまらない!
ぐぅ―――るるるる・・・きゅ―――ぅぅう!!
「・・・・・・・。」
加えてそんなワタクシめのお腹の虫は、木イチゴと菓子くらいでは満足できませんと盛んに訴えている。
ぐーぐー鳴きっぱなし。・・・泣きっぱなし。
(今こんなに空腹なのも、ムカつく嫌味言われたのも、それというのも全部!全部!!おのれ〜)
あんの諸悪の根源のお父様めっ!脱税に賄賂だと!?恥を知れ!
だからその三段バラに見舞ってから国外に出すのが筋ってモノだろう。
そうに決まっている。というよりも私自身がそう決めた。
全財産を失って丸裸にされたお父様への、娘からのオトシマエという餞別をきっちりくれてやらねば気がすまん!
それがせめてものはなむけというものだ。受け取れ、娘からの愛の形。それは握り締めた拳の形。
(そんなワケでサラバだ!王宮!あばよっ)
ワタシはすきっ腹を抱えたまま、全力で駆け出す――。
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気が付けば、あの少女が降り立った木の元に来ていた。
背後からクロードの責めるような叫びを浴びながらも、足は駆け出し止め様もなかったのだから仕方がない。
少女はこちらには気付かず、何やら思い詰めた表情で拳を握り固めていた。
そのふわふわと空気をはらむ髪に、木の枝と葉っぱが付いていたが気に留める様子もない。
みれば頬にも引っ掛けたのだろう、薄っすらと赤い血が滲んでいるのを見て思わず眉間を寄せてしまった。
マチルダ・チェルンザ。
意気揚々と父から言付かってきたと言う手紙を差し出した彼女を見れば、何も知らされていないのは明らかだった。
少し気の毒に思いながらも真実を、これから彼女の置かれた状況を告げた。
そうなれば流石に呆然とするかと思ったのだが。
予想に反して彼女は全く!違っていた。
泣き出すとか。気を失うとか。それくらいはするだろう、いっそ落ち着くまではそれくらいが都合が良いなどと考えてもいた。
だが彼女は怒りも露わに怒鳴った。陛下に会わせろ、と恐れる様子など微塵も無く。
断られたら断られたで、あっさりしたもので『あっそ。それじゃ、帰る』とさっさと背を向けた。
思わず引き止めてしまったくらいに、素早い決断力は何なのだろうと感じずにはいられない。
どの道このまま帰っても、館は王宮の管理下になったので無駄だと告げても怯まなかった。
ものすごい勢いで食いついてきた瞬発力の抜群さは、恐らくその身体能力も長けていると見た。
アレは口よりも先に手が出るタイプだろう。いや、同時か?
クロードの先ほどの報告は実に傑作だった。是非、その場に居合わせたかったものだ。
少女は拳を勢い良く突き上げると駆け出していた。髪がなびく。その後を追う。
例えるなら気分はまるで、うさぎを追う猟犬のようなおかしな高揚感だった。
猟犬がうさぎの毛皮には血が騒ぐように抑えが利かない。
その柔らかな毛並から目が離せなかった。
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「そこぉおおおおお!どけぇえ――――――――――――――――――・い!」
「「!?」」
護衛の兵士達の間にどよめきが沸き起こる。
そうか。小娘ごときに大声で命令されてショックだったんだね。
それくらいで怯むんだったら、相当な腰抜けだと判断されちゃうよ?
この、小娘のワタシに!
(今だ!)
護衛の二人が手にしている武器は長い槍。
それをお互いに交差させて行く手を阻もうとしているが――甘いな。
そんなの一方のどちらかに突っ込めばかいくぐられるに決まってるジャン!
まさかこんなちょこまか動くものを阻まねばならない日が来るなんて、そんなのこの城の警護の手引書にはあるまいよ。
あってもアレだ。もっと屈強な男とか暴れ馬とかを設定しての対処策しか練ってないと見ていいと思う。
付くべき隙はそこにある。だから突っ込む。迷い無く、その交差させたために生じる兵士の脇を狙って。
彼らは両手で槍を構えている。
長い武器は遠くに対しては有利に働くだろうが、その手元こそが死角となるのを見逃さない自分にちょっと感心した。
(っていうかさぁ・・・なんでこんな事知ってるわけよ、わたし?)
しかし、今はそんな事に構っている場合じゃない。集中してその兵士の背後にある正門を見つめた。
わたしはここから入ってきた。
チェルンザ商会の代表の使いとして、陛下に手紙を渡すために。だから恥ずべき事など何も無い。
帰りも堂々と真正面から帰って何が悪い!
「お戻り下さい、マチルダ様!」
「断る!」
何だもう名前知られちゃってるのか、そういやトニアが人の名前叫んでくれたっけなぁ!
と舌打ちしつつ、身を低く構えたまま突っ切ろうとしたのだが――。
くぐり抜けようとした方の衛兵の兄さんが突然、武器を放棄したように思ったが違った。
槍は人に向けられないまま、柄を立てて放られていた。
その放り投げた先には、先ほどの衛兵のもう一人の兄さんがいてそれを難無く片手で受け取っている。
片手には自分の武器を持ったままでの、見事な連携だ。
どうやら見通しが甘かったのはワタシのほうだった等とは、認めてはならない。
勝負は弱気になったその時点で敗者が決まる。
(ちぇ・・・さっきトニアにしなだれかかられて、盛大に赤くなっていた方を選んだんだけどナァ)
そっちの方が女に対して『弱い』だろうからと踏んだのにな――。
「ならば、力ずくで行きますよ!」
「受けて立つ!」
身軽になった兄さんは屈むと、回し蹴りを繰り出してきた。
何の!
油断無く見極めていたワタシは後ろに飛んでいた。あー・・・そう来たか。
このまま、門から遠ざけようって作戦ね。
悔しいが有効なようだよ、衛兵の兄さん!しかも、ワタシまずい事に背後が隙だらけだよね・・・・・・!?
そんな重大な事に気がついた時点で、すでに手遅れだった。
身体が奇妙な浮遊感を味わっていたのは、そんな危機感とほぼ同時。それもそのはず。
ワタシの身体は背後から抱きすくめられてしまっていたのだ。
「うっわ、ぅきゃあ!」
「悪い子がいるな」
あまりに突然の事に驚いてへんてこな叫び声を上げてしまった。
何だ、この俊敏さ。驚くよりも、真剣に恐怖を覚えてしまったのも、そう遠くない記憶だ。
覚えも新しい感覚に身体が強張る。聞き覚えのある声に振り返る気も起きなかった。
驚いたように目を見開いて固まっているのは、衛兵の兄さん達も同じだった。
慌てたように礼をとり、兄さん達が跪いて迎えたその人物は――ねぇ・・・・・・。
やっぱりアイツ。一国の王子様のアイツだった。
「ライザス陛下!」
「陛下自らお越しとは!申し訳ございません」
(え・・・何?今、空耳?ラスの事、何て呼んだ?この人たち!)
「はい二人とも、他の皆もご苦労様。脱走者、無事に捕獲したから持ち場に戻ってくれ。謝る必用はないから気にするな。
ダメじゃないかマチルダ。大人しく待っていなさいと言われただろう?ん?返事は?」
相変らず笑いながら怒りを撒き散らかすラスに向き合う形で抱え上げられた。
「私に話しかけられたら返事をしなさい、マチルダ。これ以上罪を重ねる気か?不敬罪に当たるぞ――無礼者」
(いや、ラス、ちょっと、近い近い近い!顔近づけ過ぎ!
ワタシだってお返事したいのはヤマヤマ何ですけどね、ね、って!ラ・ラス?ちょ、ちょ、ぉ落ち着けぇ!?)
「#$%!?*〜〜&%&$#”!?」
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・。・・。・:・。・ ぎ ゃ あ あ あ あ あ あ あ あ ん ! ! ・。・・:・。・:・。・
そんな、色気も何もへったくれもない大絶叫に、憩っていた小鳥達がいっせいに飛び立った。
ふぅぅぅっしゃああああああ!!!
と、全身の毛を逆立てて興奮しているマチルダを抱え上げて、ライザス陛下は実にご機嫌だった。
『この猫は俺のだから。』
とでも言い出す気だろうか。
いやいや。よく、見ろ。その猫は明らかに恐怖に怯えて暴れてるから、全身全霊でアンタの事拒否してるから。
身体弓なりにしならせて手を突っぱねて、アンタから逃れようと必死だから。
弓なり所か、もう身体二つ折りくらいの勢いだから。
マチルダが怯えるのも無理はない。
(いきなり初対面の人間に頬を噛まれたら、誰だって盛大に引くだろうに。完全に面白がってるな)
いつ何時でも野生のカンが冴え渡っている彼女の事だから、本能で彼の持つ本性を察知しているのだろう。
あの怖いもの知らずのマチルダをここまでパニックに貶める彼。
見た目は草食動物を装っているからこそ、タチが悪い。
(うっわ。マチルダ。また、厄介なのに好かれちゃったみたいだね――)
はたから見ていても丸わかりなほどに、しまりの無い顔つきはなかなかお目にかかれないだろう。
・・・しかも、引っかかれて頬から血を流しながら笑顔ってさぁ。
(ありえね――・・・・・・。キモイって)
彼以外の男が女の子を抱えてゴキゲンでしたなどと言ったら、誰もがフツウは薄気味悪く感じるはずだ。
それも彼だからこそ許される。
先ほどから笑みを絶やさないその顔を一目でもと、侍女の女の子たちが壁際に隠れながらもきゃあきゃあ言っている。
彼はマチルダを難無く部屋に連れ戻してしまった。
鍵をかけられてしまって、中には流石に入れなかった。
中からは怒鳴り声というか、悲鳴というかが聞こえてきた。
もちろん、マチルダの声だけが耳を澄まさずとも筒抜けだ。
嫌だ―――!!放せ―――っ、ラスのばかあああ!しかも『陛下』だとぅ!?
しかも、な・な・なぜ!?さっき、頬をっ。く、屈辱だ!はぁぁ?
何が『お仕置き』だぁ!ちゃんちゃら、おかしいわ!お仕置きと言ったら、鞭打ちみたいな体罰に決まってるだろ!
何ぃ?ワタシだってそんな特殊嗜好なんざ持ち合せていないわ―――・・・・・・・!!
わ―――!!近い近いちーかーいー・いーやーだー!!
ガッシャア―――――ン!!
その絶叫と破壊音の後――。ピタリとマチルダの大声が止んだ。
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部屋から一人出てきた彼の唇の端に血が滲んでいた。大方、噛み付かれたのだろう。
彼の髪にまとわり付く羽毛は、枕かクッションを力一杯叩きつけられたっていうところだろうか。
それでも薄く微笑むような憂い顔で、唇を親指で拭う様なんかは、本当に・・・もう。
(だぁぁ〜〜〜〜〜〜〜!!サムイ!キザっ!マジでかんべん!!)
これまた違った雰囲気に、目をキラッキラに輝かせた乙女達が見守っている。
(これだから〜全く、無駄に造作が整ってる人間ってさー・・・ますます付け上がるってぇの!)
そんな中にあって騒ぎ立てもせず、冷静に見守る一人の侍女(の格好だけ)がボクだ。
睨むように側に来るまで待ち構え、すれ違い様にようやく頭を下げる。ついでに、意識して声音も低く下げた。
「あんまり調子に乗りすぎて、マチルダ追い詰めないでよね?あの子、箱入りで純情なんだから。
――どこかの誰かさんとは違ってさ」
そう呟くと彼の足が止まった。
「その格好の君にだけは言われたくないな?トニア」
『その4の感想。』
ぎょうこさんがいる。マチルダと書いて、ぎょうこと読むと良い。
そう思いましたわい。
あとトニアと書いて、(姉妹の)弟とも読めますね。ええ。
やはり、書き手の性格がキャラとなって現われるんだなと妙に感心しました・・・。
ぎょうこさん。
もう『五月病だから。』などとヌかして放置はご勘弁願います。
このリレー始めた頃はとっくに6月だったでしょう?
受け取れ!!HEY!!