その3 マチルダと書いて猛獣と読むといい。
『うん』
勢いのあるうちに次々行っておこうかと。
この国では珍しい黒髪に、不覚にも目を奪われちまったのも一瞬だった。
黒い髪は良くも悪くも『カラス』と称され、一線をかくされる事が多い。
カラスは賢くて、そうして何か不可思議な力を持つってされているから。
呪術なんかとは無縁の商人育ちの私だが、さすがにソレくらいは知っている。
総合的にその色合いを持つ人物は、何かしらに長けており賢いのもまた事実なのだから。
いくらキレイでも油断は禁物だ。
「何か?」
「私、帰らないと。父が心配です。それに母も」
睨まれたので、しおらしく出てみた。
もちろん案じているのはお父様の身の上なんかではなく、このままあの三段バラにツッコミようもないまま、
みすみす国外に見逃してしまう事をであるのは言うまでもない。
「アナタはこのまま王宮がしばらく預かります。ご両親の事も・・・陛下のご判断です」
「そのことについてまだ、何も聞いておりません」
「これからお話しするところですから、当然でしょう」
小ばかにしたように言いながら、この眼鏡は私を部屋に追い立てるように入ってきた。
その後ろを茶器を乗せたワゴンを押す、侍女の方も付いてきた。
「あの・・・アナタはここの執事様、とか?」
王子付きの優秀な執事ってえ所だろうか?素直に疑問を口にした途端、眼鏡の眼光の鋭さが増した。
「この国の宰相を務めております。クロード・ジョルシュアと申します」
怒るなよ。間違えたくらいでさ。感じ悪っ!しかも宰相だと?
「まぁ。宰相様みずからおもてなしなんて!ありがたすぎて涙が出ますわ」
本当にその宰相様とやらよ、何しに来た。客人に茶を持って来る奴は執事と相場が決まっておろう。
ああ、そうさ。右も左もわからん私が間違えたからといって、誰にも責めれないはずだ。
「いえ。わたしはただ見物に来ただけですよ」
「見物ですか?」
「ええ。王子が世にも稀な『珍獣』を手に入れたと先ほどおおせでしたから、いや、何。好奇心には抗えなかったもので」
「まぁ、ほほほほほ。宰相サマったら!まるで最強のお姑様とお話しているかのような、小気味よさですわね」
「ははははは。アナタこそ。最凶の気配ですね」
む。何だその変換!響きは同じでも、意味合いが違ってるのくらいわかるんだぞ!
このイヤミ眼鏡!
「それではここでお待ちくださいね。アナタの行動によってはまた新たな罪を負う事になります事を、くれぐれもお忘れなく。身の程をどうか弁えられた方が、御身のためですよ?」
「まぁ、ご忠告まで!恐れ入りますわ。弁えているからこそ、この庶民の私めなぞはさっさとお暇しようと言ってますのに!」
「私自身個人の意見もそれには賛成ですな」
「あっそ。それじゃ」
その脇を通り抜けようとしたら、眼鏡はパチンと指を鳴らした。しかも表情筋をひとっつも動かしもせず。怖っ!
それを合図に扉の脇で控えていたらしい、衛兵の方が二名。槍を構えて目の前に現れた。
それを目で制すると、衛兵は無言で頷く。
眼鏡は振り返りもせず、さっさと行っちまったよ、おぃ!
(『珍獣』に相応しい扱いってワケかい!上等!)
その珍獣は猛獣でもあるのを、後でぜってー思い知らせてくれるわ!と誓った。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
しずしずと俯きがちでお茶を入れてくれる『彼女』に声をかける。
「おい。」
「まぁ、何でしょう?マチルダ様」
「な・ん・で・お・ま・え・が!ここにいるんだよ!トニアっ、しかも何?『侍女』って!」
手を休めることなく、トニアはお茶を入れて答える。
「何だ。もうバレちゃった」
「バレいでか」
「つまんないの」
「そういう割にはずいぶんと楽しそうだな、おぃい!何やってるのさ!」
「決まってる。マチルダを陰ながら見守ろうって心意気さ」
「うっわ。建前全開だな。おおかた、高みの見物決め込もうってくせにさ」
「はははははは。お茶はどう?」
「・・・・・・。」
「大丈夫、毒とか入れてないから。まだ」
言いながら自らついだお茶にトニアは口を付けてみせた。
「まだ?先々気をつけろって?」
あからさまに面白がっているトニアに怒りがこみ上げる。
このわずかではあるが、優位に立っているかのような態度を取る舎弟にどう思い知らせてくれようか!
(コイツ泣かす!ぜってー泣かしてやる!)
その前にはまずは腹ごしらえだろう。勧められるよりも早く、お綺麗に並べられた細工ものみたいな菓子をわっしと掴んだ。
口に放りこむ。こんなお上品なもんで満足する腹ではないのは重々承知の上ですけど、何か?
次々、行っとけ!お代わりヨロシク!
何せ昨日から木苺しか口にしていない。
晩も木苺、朝も木苺。指先が赤紫に染まるほど木苺。
だって、貧乏真っさかさまなんだもん。
見事なまでにお金の流れが止まった我が家の食卓は、修行中ですかね?というくらい質素なものに落ち着いた。
肉なし魚なし油モノなし甘いモノなし。ないない尽くしだが身体にはいいようで、調子は悪くは無い。
しばらく無言で二人――。むしゃむしゃ、もぐもぐやっていた。お茶もお代わり。うん、ウンマイね。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
「どぉう?似合うよね」
疑問系ですらなく確認系。
くる〜りとその場で一回転して見せるから、そのスカートの裾が広がった。
ふぅんわり〜と落ち着きを取り戻す頃には、私も本来の自分に戻っていたようだ。
似合ってる。そこは認める。認めるが、それは俗に言うメイド服っていうモノだ。
あまりの衝撃に数瞬ぽかんとしてしまった為、間髪入れずにとまでは行かなかったが、さすがだ・私!
久方ぶりの糖分補給に、頭はちゃんと応えてくれたらしい。
『ここはツッコミどころだ!』
と、はやし立てるように訴えている。そうだ!おかしい!おかしいだろ、トニア!
「ああ!だからコワイんでしょうがぁぁあああああああ!!!!」
いつもの調子で盛大に怒鳴れるくらいには回復していた。我ながらの見事な肺活量・バンザイ。
「やだな〜ちゃんと僕はオトコノコだよ。安心してね」
知ってる。仮にも幼馴染だ。それこそ男女の区別なんて付かない、幼い頃からなんだ。
一緒にお風呂も、水浴びもありの仲だ。参ったか。(誰に勝ち誇ろうと言うのか。)
「黙れ。そのどこに安心要素が存在するんだ」
「マチルダがおてんば通り越して、あまりの女猛者っぷりに君の足元に屍が転がる頃・・・もとい、
誰もが恐れおののいてお嫁に行き遅れた頃にわかるんじゃないかな?」
「トニア。貴様、表に出ろ」
――願い通り女猛者っぷりとやらを、発揮してやろうではないか!
そう思いトニアの胸倉を引っつかんでいた、その時だった。
『前回の感想。』
早速のキラーパスありがとう。
早くも投げ出しぎみの君には冷や冷やします。
続きガンバって、君の大好物の萌えシーンにたどり着くといいね。
お付き合いありがとうございます!
姉・みつなでした!