その23 どうにもならない状況に追い込まれた箱入り娘。
「おめでとうございます! 陛下、マチルダ様」
さぁ、自由を満喫~と鼻歌交じりに、部屋を一歩でたら「おめでとうございます!」の大合唱だった。
えええええ? おはようございますじゃなくて?
何のお話ですかな?
トニアも眼鏡もお父様も居た。
「お疲れ様~マチルダ。無事に五日間乗り切ったみたいだねー。陛下が」
―― そりゃ、ワタシは無事と言わないな。トニアめ!
「おめでとうございます、陛下。マチルダ様。……何やら今から頭痛の予兆が」
―― おい! 嫌味言いつつも人を不安にさせないでよ! クロード先生め!
「おお、おお! おめでとうございます! 陛下。これからもマチルダ共々、このチェルンザ商会を末永くよろしくお願いいたしますぞ」
―― 最後のが本音だろう! お父様め!
って何!? 何!? 何!? 何!?
口をぱくぱくさせていると、ラスの手が下顎を支えてくれたよ。
どうもね。閉まらなくてね。
ぽかん、だよ。何だこの状況!
「ああ。もうマチルダの事は知り尽くしたよね?」
「ええええ!?」
せっかくの支えも振り切って、また顎が落ちたよ!
「ああ、すまない。たった五日では知り尽くせる訳がない。それでもお互いにとって有意義な甘い時間だったな」
「な、何を言ってるの!? 五日って言った!? 三日の間違いじゃなくてっ」
「ああ。甘い時の過ぎるのは早く感じるものなのだね、マチルダ。嬉しいよ。俺と同じ気持ちでいてくれて」
「違っ……!」
おいなに言ってやがんですかね私の貴重な二日間は何処っでもってしてその空白の二日間に何してくれたんでしょうかねラスよ!!
ってな文句は封じ込められたよ。
ラス曰く婚約成立の口づけとやらにさ。
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夜会 = ラスのお后候補を決める会
夜会でのダンスパートナー = お后候補
ダンス後にラスが求婚 = お后候補確定 後 お披露目の予定が……。
(案の定)ワタシ逃走 = 恥らって逃げたマチルダ嬢を陛下が説得
そのまま陛下の自室で五日間を過ごした = 婚約成立
「と、いう訳です」
深々とため息を付きながら、クロード先生は説明してくれた。
「何が、と、いう訳なのっ!?」
この国のしきたりで求婚した後、二人っきりで五日間過ごす事はその婚約が成立したという事になるらしい。
「そんなしきたり、今、初めて聞いたわ! 知らないわよっ」
「当たり前です。王族だけのならわしですから」
「……。」
「諦めて大人しく……言っても無駄なのはわかっておりますが、ええ。大人しくお后として相応しい振る舞いをお願い致します」
やなこった!
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ワタシが~人妻なんて笑っちゃうよねぇ?
しかも何だって?
婚約発表だって?
何のために?
ちくしょう。
七つの海を渡って世界中のまだ見ぬお宝を手に入れる野望がっ!!
そう訴えたらラスめ。
「それなら外交は任せようかな。まずは一緒に諸外国を渡ってもらうから、徐々に力をつけて行くといい」
力って何のだ。
聞くまでも無いか。
外交力と交渉術とやらの類だろうね。
む、む。ちょっと楽しそう。
やりがいがあるかも。
「マチルダは国一番の豪商になるんだろう?」
もち! あたぼーよっ!
力強く頷く。
ラスも頷く。
「だったらこの国を栄えさせなきゃね。一緒に頑張ろう」
ラスが拳を突き出してきた。
以外だったが素直に拳を合わせてしまった。
下町っこ同士の挨拶だった。
ラスめ。意外と市井で遊んでいたであろうに、100・ロートだ。
「よし! これで私達の契約は確定だ。さぁ、そうときたらマチルダ。準備をしないとな」
「何!? 早速繰出しちゃうのっ? 外国に!」
期待で瞳を輝かせたであろうワタシに、ラスはにっこりと笑いかけた。
ゆっくりと首を横に振る。
「慌てないで、マチルダ。まずは私達が契約を結んだ事を皆に知らせなければ」
「皆って?」
「国民。それから女神様に」
固まった頃合を見計らったかのように侍女のお姉さん達に囲まれ、採寸が始まった。
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今日はその契約発表とやらの日です。
なので少しアンニュイです。
ってなわけでしおらしく、抜けだしてみました★
ちくしょう~自由よ~さらば~!
「きゃあ!」
何か、やぁらかい感触に押し出された感。
何コレ。
くせになったら、一般人として終わりフラグ立ちそうな予感。
でも~なんか~柔らかくて心地よかった。
曲がり角で何かにぶつかった。
何かうずくまっている人が居た。
ワタシは無事です。何ともありません。
たぶん、余所見しまくってたんだろうな~この子。
そう思いながら、慌てるばかりで起き上がれずにもがいている子に、手を差し出した。
何だか可愛らしいけれども『うすらぼんやり。』と表現するに相応しい美少女だな。
何だこれ。この生き物。
黒い髪に黒い瞳。
どうしよう。あの嫌味眼鏡の親戚筋だったら。
どうもしないけど。
ちょっといじめて遊ぼうかと思うけど。
「あ、あの、あの、申しわけ、ございませんでした! 迷、迷って、はぐれてしまて、しまいまして」
超・昼行灯ってこういう時に使うんっすよと、辞書に例として載せたい!
うわあ~! どうしよう、このコ!
い じ め た い 。
「うん。ぼんやりしてるから、はぐれたりするんだと思うな」
「ぅ、うっ! は、はい! 仰せの通りでございます、申しわけありません! 次からは気をつけます」
おっきな瞳をうるうるさせて、女の子はものすごい勢いで頭を下げた。
何だ。この美少女。誰だよ、目を離した奴は。
こんなにものすごい箱入り、目を離した途端きっととんでもない事をしでかす。
そうなったら従者の責任だろう。
「どこから来たの?」
「えっと。多分、あちらの方からだと思います!」
いや……。うん。あのね?
それじゃ迷子の幼児と一緒だから。
その受け答え。
ワタシはどこのお住まいのどんな家名のお嬢さまでしょうか? と尋ねたつもりだったのだけどね。
そんな事は意気揚々と王宮の庭園を指差して微笑む美少女に、つっこむのは止めにした。
迷子は親元に届けるのがセオリーってもんでしょう。
お嬢様の手を引きながら「あっち」とやらを目指した。
「王宮は広うございますね」
「うん。いっぱい走れるよ」
「あそこのお花もきれいですね~」
「あれはもうちょっとすると、食べられる実になるよ」
「まあ~いいですねぇ」
このこ、あかん。
目に付いたものにふらふら、ふらふら、近付いていこうとする。
何が目新しいのか、真剣に目を輝かせている。
「あの、あんまり今まで外に出られなかったものですから。嬉しくて、つい」
やっぱり。
どれだけ箱入り?
「ワタシはマチルダ・チェルンザ! 貴女は?」
「ジ・リューム・シェンテランと申します。マチル、ダ様!?」
「シェンテラン!?」
このうすらぼんやりの、頭にお花が咲いている(確定形。)子が……。
――人妻!?
ワタシの確かな記憶が、夜会で拾い上げた情報から導き出した答えに、驚きの声をあげたよ。
『黒髪の』
さて。
おわかりの方はおわかりいただけるかと思いますが。
すみません。
遊んでいます。
ついに捕まったマチルダ。
さて、このまま大人しくしているでしょうか?