その20 いい加減どうにかしたいこの状況で現実逃避しか出来ないのか。
うん。 こんな調子です。
目が覚めたら、ラスの大胸筋が目の前にありました。
ありました(過去形)じゃない!
ありますよ(現在進行形)って、どういうことだ!
なななな、なんで、お腹が痛いんだろう?
アレだ! 腹筋のし過ぎで筋肉痛ってオチよね。
食べすぎとかいう意識はワタシには無いです事よ。
あれだけ走りこみ、腹黒暗黒魔人の相手をずーっとしてりゃあ、ねぇ?
あれ? 何か、自分で説明していて冷や汗が噴出してきた!
特に「腹黒暗黒魔人の相手」とかいうフレーズにフリーズよ。
い、言っておくけど、ただお手手つないでおしゃべりしてただけだからね?
そうよね、マチルダ! そうよねっ!
しっかしラスめ。髪とおそろいのじいさんっぽい色(せめてものやっかみ。)のまつげ、長すぎだよ。
風が起こせるんじゃなかろうか。
そいつで世の美女たちをなぎ倒しちゃってくれたまえ。
はっはっは。これで後宮にはお姫様がいっぱい。この国も安泰だね。
そうだ! その美女たち相手に商売するとしよう。
女を磨き、かつ美しさを保つには色々とかかるからね!
いいね~。後宮の美女たちお抱えの商人マチルダ。
そこに返り咲きの可能性を見出しつつ、脳内で現実逃避をするワタシ。
必死こいてラスの腕の中にいる、どう考えてみても下着姿一枚でやんのワタシっていう現実から目を逸らしたい。
まったくさ! 抜け出そうにもびくともしやがらないんですのよ、ラスの腕。
そそそそ、それにさ、あんまりヘタに騒ぐとラスが目を覚ましそうで怖いなり。
「……おはよう、マチルダ」
ぐぎゃあ! 起きちゃったよ、目ぇ覚ましちゃったよ、暗黒魔人がお目覚めだよ!
「マチルダ。褒めてくれ」
「は? 誰を何をどう? ああ、私自身をね。えらいわ。まちるだちゃん。こんなにも献身的にラスに尽くして」
「マチルダ。それもいいが。俺の忍耐力も褒めてくれたら、もう少し持つかもしれない」
「!?」
何がと尋ねたいが、尋ねちゃなりません。
警戒指令発令中。
ぎゅうと抱きしめる腕に力がこもって、ワタシは声にならない悲鳴を上げた。
ひぃえええええええ!
「ラス! えらい、えらい。よ~し・よしよしよしよし!」
しがみ付いてきたラスを横抱きにしたまま、その頭をごっしゃ!ごっわっしゃ! と掻き撫でてあげる。
ラスは大型犬・ラスは大型犬・ラスは大型犬。
違いない。
そう呪文を繰り返していると、本当に大きなふわもっふのワンコを抱きしめてる気がして落ち着いてきた。
うん。ラスは大型犬と変わらないね!
・。・ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ・。・
張り切って「マチルダ後宮のお抱え商人になる」を提案してみた。
そうすればおいおい、借金も返せると思うんだ。
我ながら得意満面、どや顔とやらをしていたに違いあるまい。
それなのにラスときたら。
「その方法だとマチルダのこれからの残りの人生をかけた挙句、孫子の代にまで及ぶかもしれないよ」
「え。駄目? それくらい待てませんか、陛下」
「それだけ長い目で見ることが出来るなら、俺と一緒に人生を歩く覚悟も決まっていると取っていいんだね。嬉しいよマチルダ」
「何よ! わからないじゃない! 人生一発逆転だってあるんだからね」
熱く言い放つワタシに対して、ラスは怖いくらい冷静な一言を返す。
「そんな大金、マチルダが俺に輿入れするしか解消のしようがないじゃないか」
そ ん な 調 子 で 一 刀 両 断 。
なんだ、そのどや顔! 引っ込めぃ!
くっ! 無念。
思わず拳を握り締めたら、ラスがにやりと唇の端を持ち上げて笑った。
朝っぱらからさわやかさが吹っ飛んで、夜の帳が下りてきた気がする!
室内の温度が一気に下がったよ。
「マチルダは本当に面白い事を考え付くね。たいくつしないよ」
「マチルダは流石に豪商の生まれだけあって、一流の物に囲まれてきただろう?」
「まあ、そうだろーね」
投げやりです。何か文句あるのか。
「何が一級品で何がそうでないか。物の価値を見極められる能力が高い」
「そうね。環境による恵まれた才能だろうと推測します」
「……だからあの壷を咄嗟の事とはいえ、抜群の判断力を発揮して犠牲にしたんだろう?」
「なんのことかしら?」
「あの俺の頭に振り落とされた花瓶は、かの名工と誉れの高い職人『カルザード』の作品」
「――― の レプリカだったのが救いだよね。流石のワタシもいかに乙女の唇を無断で奪われた腹いせとはいえ、優れた芸術品をがっしゃんするのは気が引けるからね~。でも何で王宮に模造品が紛れ込んでるの? あ! 本物は大事に保管してるのか!」
うんうん。不幸中の幸いだったわね、それは。
「あれは君が五歳の時にチェルンザ商会から買い上げたものだが。」
「うううううう。頭が! 頭が痛い!」
「マチルダ。そこは腹だ。せめて罪悪感で胸が痛むとか言ってくれれば良いものを」
何かもう。
お父様めぇえええええええええ!!!
どこまであくどい商人なんだ、あの人!?
「マチルダは本質を知っているからね。後宮にはびこる見栄や虚勢に食われてしまわない、その根性が気に入っているんだよ」
「あっそ。そりゃ、どうも」
「マチルダ。こんな事はいいたくはないんだが、君はまた借金とは違う債務を負いたくないだろう?」
「もち、あたぼー」
「不敬罪って言葉知ってるかな?」
お互い、くだけたとかそんな調子で言い表すにはおかしいだろ? ってな格好のまんまで、だらだらだらだらしちゃってますよ。
いい加減、お腹が空いてきたよ。
この状況に疑問とか不審とか抱く前に、本能に忠実なワタシです。
『ふたりでいちゃこら。』
仮タイトルです。
ラス、褒めてやってください。
がんばっています。
そう。ここは良い子の皆さんもお読みになる区域なのだ。
君は大型犬・大型犬・大型犬。(暗示。)