その18 ろまんちっくに語らいの時とか抜かす気か。
かかれ、ラス!
マチルダが大人しいうちに、もう捕まえちゃってくれよと懇願しつつ。
風が吹きぬける。
その頃にはいつものラスだった。
自分を立て直したらしい。幻も風に吹かれて行っちまったか。
流石に普段から自信満々に生きてる輩の切り替えは無駄に素早い。
「マチルダ。ここで立ち話も何だから場所を変えようか」
ラスがちらと固まっている衛兵の兄さん達を見た。
「そうね」
異存は無い。
望むところだという意思表示も込めて、己の拳を左手で受けた。
目の端で衛兵の兄さん達が動揺したのが見えた。
ちっと思った。
これだから嫌なんだよ、王宮。
サシで勝負もさせてくれない雰囲気が、まだるっこしくて性に合わないんだわ~コレが。
ここでは思いっきり暴れられそうも無いと踏む。
人目の無いところで、誰の茶々も受け入れずラスと決着を付けるのだ。
ラスが陛下だろーが、何だろうが関係ない所で話をしたい。
「では行こうか、マチルダ」
「望むところだよ」
優雅ぁ~に差し出された、これから舞いますってな風情のラスの手を取った。
ぎゅっむと力一杯握られる。
痛いと文句を言う代わりにラスを睨み上げた。
二人、熱く闘志に燃えた瞳を交し合った。
深く互いに頷きあうと、正門に背を向けて歩き出す。
しばらく進むとふいに声を掛けられた。
「陛下、健闘をお祈りしております!」
「自分たち、陛下の味方です!応援しております!」
ラスは振り返って、小さく手を振って応えた。
唇の端をイジワルく持ち上げて。
「男から応援されても鬱陶しいな。むさ苦しい」
・・・ちょっと嬉しいくせに。
「ん?何か言ったかい、マチルダ?よく聞こえなかった」
いいいいいいええええええ!!!何でもござんせん!!
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
ラスに手を引かれて暗がりを進む。
緊張感が嫌でも高まる。
どこでどうやって奇襲を仕掛けようかと、策略を頭の中で巡らせながら無言で進む。
敵は裾の長い上着の礼服。首もとも詰襟で幾らか腕の可動域も制限されるハズ。
対するワタシもドレスである。おのれ。
上着は脱ぎ捨てられるだろうが、ドレスはたくし上げるより他に無い。
いざとなったら脱ぎ捨てるか。
なぁに。下ばきはしっかりはいているし、シュミーズだって身に着けている。
ちょいとばかり身軽なワンピースで充分通用するだろう。
よし!ソレで行こう。
ちなみに意外に貧乏性のワタシに、高価なドレスを破り捨てるという選択肢は無いよ。
「ね、ラス。どこまで行くの?」
「こっち」
くねくね曲がる小道を進み続けている。
頼りになるのは僅かな月明かりだけだ。
しばらく進むと、小さな庭園に出た。
手入れされたバラと思しき花々が、薄明かりの中ひっそりと咲き誇っているようだ。
ここは生垣もバラのアーチも無く、広々としていた。
ただ駆け回るのに最適そうな芝生が、多くの面積を取っている。
「ラス。手を放してくれなくちゃ!」
「どうして、マチルダ?」
「ラスと拳で語り合えないじゃんよ?」
「拳ではない方がいいなぁ」
ラスがひっそりと笑った。
「ここ、どこ?」
「表向き用ではない中庭かな」
「表向きではない?裏取引用か!」
「裏でもないけど。俺個人の庭だって意味」
「ラスに庭の手入れをする趣味があったなんて意っ外~」
「そんな渋い趣味に勤しんだ覚えはまだないよ」
どういうわけかラスと並んでベンチに腰掛けていた。
あれ?決着は?決闘はしないの?果たし合いはどこ行った?
ラスは手を放そうとしない。
だらだら話をするのも止めようとはしない。
何だか威勢をそがれた気がしないでも無かったが、面倒なのでしたいようにさせていた。
どうかしゃべり疲れて黙ってくれと思い始めた頃、ラスの口調が改まった。
「マチルダ。俺はおかしいんだよ。ずっとおかしいんだ。この王宮で耐え難い毎日を過ごす事にもう正気を保てなくなっている」
「ワタシにはどうもできないよ」
「できるさ」
「決め付けないで」
「決め付けじゃないよ。実際、蘇ったよ。マチルダが王宮に来てくれてから、生きてる実感が湧く」
な ん な の 。
こいつ、人の話をまるで聞いちゃいねぇ!
一人で浮かれてしゃべりまくる男とお手てつないでる状況ってどうなの!?
ピンチ!ピンチ、なう!
思わず仕入れたばかりの異国の言葉でこの危機感を表しちゃったじゃないのよ、どうすんのよ!
マチルダ、しっかり!
「ここ、懐かしさを覚えないかい?」
「え?ここって、この庭がどう懐かしさに通じるの?」
「思い出さない?マチルダが昔、俺に求婚してくれたのがここなんだけど。」
「そんな覚えあるかぁぁぁぁ―――!!」
不覚にも叫び声はそのまま、泣き声に変わった。
もう嫌!なんなの、コイツ。会話が不成立。
言葉の通じない外国人と話してるわけでも無いのにさ!
ぐずぐず鼻をすするワタシをあやす手つきはこなれていて癪に障る。
そんなラスに抵抗できないワタシにも癪に障る。
悔しいから涙も鼻水もラスの上着に押し付けてやった。
★ ☆ ☆ ★ ☆ ☆ ★
ラスが手ずから淹れてくれた熱いお茶をすする。
ここはラスの部屋だ。
「マチルダ、悪かった。少し振り回しすぎた。疲れてご機嫌ナナメなんだね。風も出て来たし、戻って休もうか」
そんなこんなであやされながら、ラスに抱えられて来たのだ。
「これ。思い出してくれたらいいんだけど?」
ん?
鼻をかむワタシにラスが何かをひらつかせる。
ラスが小奇麗な箱から、何枚かの古ぼけた用紙を取り出した。
そこにはへったくっそな、ミミズがのたくったと表現するに相応しい字がこう記していた。
『らすへ。まちるだは らすと いっしょにあそんであげるね。またね』
『らすへ。らすは どうして かみのけ おじいさんみたいなの? まちるだより』
『らすへ。まちるだがくると らすは いつも べんきょうしてます』
『らすへ。まちるだは らすが だいすきだよ。だから げんきだしてね』
『らすへ。はが ぐらぐら します。まちるだ』
幼児らしく感情を実にストレートかましてくれている。
読んでいて清清しい。
いいぞ!もっと言ってやってくれ。
『らすへ。どうして ひとのはなしを きけないのですか?そのみみは かざりですか?』
『らすへ。どうして そんなに はらぐろ あんこく おーらをまとうの?』
等など。
それにしてもこの手紙の大半は、どうみたって観察日記じゃなかろうか。
何も書くことがなかったのか、己の乳歯のぐらつき加減を報告してみたりと、幼児らしくまとまりが見られない。
歯がぐらつくのか~。そうか~。じゃ、このまちるだちゃんは推定年齢、五・六歳かしらね?
「覚えが無いな~ぁ?ラス、これ本当にワタシが書いたの?同じ名前の違う子とかいう可能性は、」
「これを見てもまだそう言い張るのかな」
しかも、最後の一枚はそんな言い逃れも許されない事になっていた。
『らすへ。まちるだは おとなになったら らすの およめさんに なてあげる!』
脱字発見。
この場合『なてあげる』ではなく『なってあげる』と書きたかったのだろう。
幼児らしく小さい、っが抜けていた。
いや。今注目すべきはそこじゃないから、ワタシよ。
あまりの事に現実から目を背けている場合じゃないよ、なう!
こここここ・怖っ!
幼児の言う事を真に受ける男もモチロンだが、そのいたいけな幼児から言質を取る根性に恐れをなした。
言い逃れできない確かな証拠がもう一つ。
事もあろうかその紙の右端に、とんでもない署名がなされていたのだ。
ゼルバット・チェルンザ――。
しかもご丁寧にお父様が契約を交わす時に押印する、我が家の判まで押されていた。
『あいかわらず。』
派茶滅茶苦茶ですみません。
しかし正直なところ、自分の書いたもので爆笑したのは久しぶりです。
自由に動く性格のキャラは、マチルダが一番のせいでしょうか。
(他はうっとうしい系が多いので。)
マチルダ、わが道を行く。
ようでいて、そうでもない。
結構なにげにトホホな運命。
お付き合いありがとうございます!