その12 箱入り娘は以外に目利き。
お久しぶりでゴザイマス!
陛下 VS 商人。
「ねぇ、ラス。今さらだけどもさ~。コレは仕立て屋業界でも有名なアランザード装飾品店の物じゃない?」
「ご名答」
「それにこの髪飾りと首飾りはキャメルリア工房の造り?ああ、そっか。王室御用達の職人さん達だものね。当然と言えば当然だわ」
「マチルダは目利きだな。さすが豪商の令嬢をやってきただけはあるな」
微妙に表現が過去形なのが気にならないと言えば嘘になるけど。
ラスなりに『令嬢だった』等と、あからさまに過去形にしない辺りに気使いを感じるわね。
(落ちぶれようともいつだってワタシは立派なレディですけどね―?なんちゃって)
そんなラスをちらりと横目で窺う。
やっぱりね。
ラスの瞳はこんな時はいくばくかの鋭さが宿る。
ラスは『豪商チェルンザの娘・目利きのマチルダ』としてワタシを見る時に宿る光がある。
それを見逃さないのはワタシ自身が今『商人』としてのマチルダの部分を前面に押し出しているからだ。
要はこのお客は何を目的として、何を欲しているのかを見極める所から『見る』事は始まっているからね。
今、ラスはライザス陛下の顔をしている。
今日のお茶会は打ち合わせと言う名の、陛下とチェルンザ商会の腹の探りあいに近い。
お互いその役割っていうか、性分の仮面で臨んでいるからね。
お互いの隠した尻尾が見え隠れ~。
出来上がった決戦の場に挑むべき武装品を前に品評会である。
防御力よりも攻撃力重視でしょう。この造りは、と思うのだ。
いや。
この薄ら淡いピンクは誰がどうみたって儚さ満点であるが故に、着る者の気質を嫌でも
選 ぶ っ ち ゅ う ね ん ! !
ラスめ!この野郎!これ以上、このマチルダ様に何の仮面を被れというのだ。
ま。
改めて尋ねなくっても大体つかめるけど。
だからこそあえて知らんフリで。
「う~ん?実際身に着けるのは初めてだから、確証はなかったけどね。一応商工会議所メンバーに登録してるから。有名どころはほとんど自然に目と耳に入ってくるものだからかな?」
「さすが私のマチルダだ。期待しているよ。今夜の夜会」
「何を?」
「色々と」
「ふぅん」
「楽しみだ」
「ラス」
「なんだい、マチルダ?」
「黒いよ」
ワタシのために用意されたという、薄っすらピンクの衣装も確実に霞むほどにな!
あ。
途端にラスの顔に戻った。
今。
「そう?」
おどけたように首を傾げて見せるから、頷いてやった。
見透かしてやろうとか。
そんな魂胆は無きにしも非ずだったが、それももう止めた。あしからず。
どういうわけかラスはワタシが、彼の撒き散らすどす黒さに怯えておののくと機嫌が悪くなる。
しょうがないじゃん。
怖いもんは怖いんでぇぇえええええ――いいぃ!!
(そのまま道場破りに訪れたどっかの流れの騎士みたいに『たのもう――!!』とも叫んだ。ついこの間。
間違ってはいない気がする。)
無言でなじって(気配で圧倒しつつ壁際に追い詰めたりして)くるもんだから、いい加減にしろとずばり指摘するようにしたらさ。
今度は打って変わってご機嫌になるんでやんの。
ワケがわからんわ!
やっぱり王族は底が知れない・・・のではなくて。
ラス個人がもって生まれたものに加えて、この環境が拍車をかけにかけ歪み、斜め向かいの方向に成長したのではなかろうかと推測するばかりである。
(なんまいだぶ。)
思わず心の中で遠い異国から伝わったとされる呪文を唱えてしまう。
何でもこの世ならずのモノやら、邪悪なモノに遭遇した時などに効果的――らしい。
よくこんな真っ黒さん相手にして、ワタシときたら無事で済んでるよな。
そんな思いがこーんな!マユツバものの異国の呪文にまで縋ってしまうってワケだ。
時に人はそういうものにすがりたくなるものなんだよな~と視線を遠くにさ迷わせてしまう。
「うん。そう!ものすっごく邪悪なまでに黒いよ!ラスのまとう雰囲気!!どうしたのさ?何をそんなに気負っているの?」
「驚いたな。わかるのか?」
「わかるのかって?駄々漏れだよ!ラスのその威圧感たっぷりの存在感が、今日はまた半端ないったらないよ!少し抑えて抑えて!」
多分、今まで誰もラスに忠告できなかったんだと思うんだ。
ただ、それだけ~。
うん。ラスは王子様でそのまんま来ちゃって、そいでもって王様になっちゃったクチだかんね。
友よ!と呼べる人間はいないんじゃないのかな?
まぁ、忠実な家臣のみなさんはさておき。
忠実な家臣、正直にラスに暗黒オーラっぷりを報告のち、不敬罪とかマジでカンベンでしょ!
ん?
そういえば、ワタシは何なのだ?
とりあえず首は繋がっている。
「ああ。驚かせてすまない。つい、ね」
「うう~ん?何て言うのかな?敵も相当敏感だと思うから~気付かれない方が得策じゃないって事!」
「なるほど。マチルダの言う通りだ。気をつけよう」
「ラス。緊張してるみたい」
「どうしてそう思うんだい、マチルダ?」
「何となく。緊張って言うか。待ち侘びて楽しみにしているっていうか。絶対に逃したくない獲物が罠に掛かるのをこの目にする機会と狙っているかのような?」
「マチルダ」
にっこりと優雅で完璧なスマイルを浮べて、ラスはワタシのおしゃべりを止めた。
そう。止めた。
言葉にせずとも『これ以上のおしゃべりは・・・ね?』と言っているのだ。このお方はさ!
ラスは決して種あかしをしようとはしない。
その意図は測れないったらない。
ワタシごときのような小市民に、情報を与えると混乱するからという配慮からなのだろうか?
もしくは行き当たりばったりで物事を切り抜ける、ワタシの度量を(面白がって)見極めたいとか?
理由は憶測でしかないが、前者である事を祈る。
「ここには子供がいるんだろう?僕たちの」
にこにこと嬉しそうにラスはご機嫌だった。
「いないよ」
「本当かな」
「まだね」
「そう?」
言いながらラスはワタシを高い高いしたまま、お腹に耳を近づけて澄ます。
不安定極まりない体勢にたまらずラスの頭にしがみ付いた。
「ね?いないでしょう?」
「おかしいな。まだ口付けの量が足りないか?」
「ぎゃああああ・・・っつ、やっめ・・・っラ!」
ラフ―――っ!と不明瞭な叫びは無理やりここの所このように封じられている。
仮タイトルは 『その意図を推し量る。』 でした。
もちろん量りようなんてありゃしませんよ。
何せ、ラスは底の見えないお方ですから~。
本人ですら。
マチルダは振り回されているようで、ラスを振り回すといいな。
そこら辺が目標です。
打倒・ラス!(ラス・ボス。)