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夢が現に

 


 夢が良い終わり方をしたって事は現実の方の自分の体調が散々になってるって事で。私は次の日も学校を休んだ。

 これだけつらいなら夢の中では具合良くなってるかなって熱でぼんやりした頭で考えながら眠りにつくと、その通りいつもより大分体が楽だった。


 大きなクッションを背中の後ろに入れてもらって、ベッドの上で体を起こす。いつもの美味しくない食事が終わった後に、ニコニコした彼がイチゴくらいの大きさの赤い実を手に近付いてきた。


「はい、どうぞ」


 顔の前に差し出されたそれに何の疑いもなく口を開く。イチゴとは違う食べた事の無い味だったが甘酸っぱくてとても美味しかった。今日は体調も良くて少しだるいくらいだし、いつもこんな美味しいものを味わえる夢ならいいのに。


「美味しい?」

「うん」

「じゃあまた持ってきてあげるね」


 手じゃなくて、頭を撫でられながら私は「こんな綺麗な人にヨシヨシってされたいって願望があったのかな」なんて勝手に自分で恥ずかしくなってしまった。

 悪夢について調べまくった私は、オカルトっぽい話も含めて夢についてかなり詳しかったから、当然「夢は無意識の欲求の現れ」なんて話も読んだ事があったから。


 だからそれ以上自分の夢が生み出した相手と喋るのに照れてしまって、黙っていると彼はそのまま私の頭を優しく撫でて髪をすくって指先でくるくるさせている。そうやって撫でられてるのが気持ち良すぎてその日の夢はそのまま寝落ちして終わってしまった。



 現実では体調がどんどん悪くなっていって、私は夢の中に逃げるように無理矢理眠っていた。あんなに夢を見るのは嫌だと思っていたのに、こうなると利用するのだから我ながら現金だ。

 学校ももう1週間も休んでて、体力の消耗が激しいから一回入院して点滴で栄養を入れながら検査もして様子を見ようって話になってしまった。この体調の悪さが、夢の中で起きていたのとすごく似ていて不安になる。

 私の夢の話に慣れっこになっていたお母さんは、私の話を聞くと「この病気の予知夢だったのかしら、やぁねぇ」と不安そうにしつつもまともに取り合ってくれない。


 そうじゃない、とどんなに説明しても分かってもらえなくてもどかしい。ちゃんとした言葉に出来ない怖さを訴えるものの、「寝ないと良くならないわよ」となだめられて入院した私を置いて午後からのパートに向かってしまった。

 自分でも理由の分からない体調不良で何日も寝込んでる。家族にこれ以上迷惑かけたくないから泣いてすがって引き止めるような真似はしないけど、このまま夢の中の自分の体と具合の悪さが入れ替わってしまったらどうしようと理由なくそう思ってしまって、怖くて怖くてたまらなかった。




「ねぇ、あなたの名前はなんて言うの?」


 その不安を一人で抱えるには溢れてしまって、夢の中だと分かっているけど私の手を握る彼に声をかけた。

 彼は私の脳みそが作り出してる存在なんだから、実質独り言みたいなものだけど。


「僕はセジュロアキドゥ・ヨハナだよ、リュー。セジュって呼んで」


 さすが夢の世界、名前の意味が分からない。まぁ謎言語を想像で生み出してそれで喋れてるのも十分意味分からないから、今更か。


「セジュ、何か話をして」

「いいよ……どんな話が良い?」

「面白い話が良いな」

「分かった。……じゃあ……そうだな……これは妖精の国の女王に伝わる王冠の話なんだけどね……」


 セジュの話は私の頭が生み出してるはずなのに聞いた事もない話ばかりで、でもそれがとても面白いものばかりで聞き入ってしまった。

 美味しいあの果実もまた持ってきてくれたし、やっと夢らしく自分の思った通りに動いてくれる登場人物が現れて、私は夢の中の退屈な時間がこれでどうにかなるなとほんの少し明るい気持ちになる。


 現実の方で体調が良くなるまで、夢の中で暇を潰そうって私は開き直る事にした。どうせ具合が悪い時に、患者はお医者さんの言うことを守るしか出来ない。今のところは安静にしてしっかり寝て、出てきたご飯は残さず食べるようにってそれだけ。

 もしかしてこの夢はこんな時のためにあったのかもしれない、具合が悪い時に現実逃避するための……

 夜もスマホをいじらず速攻で寝る私は看護師さん達に「偉いね」と言われる優良患者になっていた。


「何か食べたいものはある?」

「チョコが食べたい」

「分かった。はいどうぞ」


 何も持っていなかったセジュの手にパッとチョコレートが現れる。手品みたい、さすが夢だと私は感心してしまう。やっと話に聞く夢らしくなってきたんだじゃないの。

 チョコと言っても夢の中には同じ名前で登場しないので、「こんな食べ物だ」と色々伝えてやっと出てきたものだけど、現実の方で食べた事のある高いチョコよりずっと美味しい。

 お皿の上におしゃれに盛り付けられたそれをひとつぶ摘んだセジュの長い指が私の唇にそっとそのツヤツヤの粒を寄せた。

 綺麗な顔のセジュに、こうやって心底嬉しそうにお世話されるのはちょっと気分が良い。

 セジュの言動はどんどん甘くなっていって時々自分の夢の中なのに照れちゃう事もあるけど……あーあ、こんな夢を毎日見てるなんて誰にも言えない。周りの子や部活の先輩を見て彼氏が欲しいってぼんやり思った事はあるけど、自分にはこんな願望があったのかって突きつけられのはジタバタしたいくらい恥ずかしい。


「あとは?」

「この前の桃みたいなやつのジュースが飲みたい」


 すかさず枕元に差し出されたコップとそこから伸びたストローを咥える。セジュはどんどん私を甘やかすスキルが上がってて、甲斐甲斐しくお世話されすぎてまるでお嬢様みたい。部屋は広くて豪華だし、お世話係もいるし、実際この夢の中ではお嬢様なんだろうけど。

 爽やかな甘酸っぱさと瑞々しい香りにいくらでも飲んでいられそうな気になるが、この夢の中は満腹になってしまうので残念に感じつつも途中で口から離す。

 お腹がいっぱいになったら眠くなってきた私は心地良さに身を任せてそのまま目をつぶった。夢の中だから歯を磨かなくていいのは楽だね。

 次に起きたらパンケーキを作ってもらおう、普通のは友達と食べに行った事があるけど、三星ホテルのパティシエが作るような味重視のやつを。


「セジュ……手、握って……」

「いいよ、全部叶えてあげる」


 おりてきたまぶたに抗わずに、甘えるように求めると私の手を柔らかい感触が包んだ。眠くなってる私の手はいつもよりさらにポカポカしていて、セジュの手をよりひんやりと感じる。

 相変わらずこんなとこまでリアルで感心してしまった。




「リュー、今日の具合はどう?」

「もう大分楽だよ。……その分現実で具合が悪いって事だから、複雑だけど」


 入院したままどんどん衰弱していった私はあれから一向に回復する様子はなく、検査ばかりの毎日の中「実際数値は悪いけど原因が分からない」と言われて入院していた。

 逆に夢の中では見る見る体が楽になって、今では着替えて庭に出られるようにすらなっている。植物園にあるような、屋根にツタの絡んだガゼボでセジュと向かい合って座った私はいつもの美味しい果実を食べながらお世話係が淹れたお茶を飲んでいた。

 ほんとに夢の中と入れ替わったような生活になってしまって、このまま現実の方は具合が悪いままだったらどうしようと不安しかない。


 夢の中での両親役の登場人物は「奇跡が起きた」ってとても喜んでいたけど、ここが夢だと分かってる私は恐怖しかない。

 ベッドから起き上がる事の出来た夢の中の私がすごい美少女だって事も、ちっとも私の心をワクワクさせてくれない。現実で具合が悪い、それを思うと楽しむ余裕なんてなかった。


 そんな私の内心とは関係無く、セジュは頭を撫でながらにっこりと笑ってくれる。自分がなんの病気かも分からなくて不安で、家族に心配かけたくないからあまり弱音も吐けないし、だから夢の中でこうやって撫でてもらうのはすごく心地良く感じてしまう。

 そうやって今まで私が何を求めても求めるがままに甘やかして色々叶えてくれたその口で訳のわからない事を言い出した。


「ああ、やっと馴染んできたんだね」

「? なじむ?」

「リューの魂がここの世界に馴染んできたんだよ」

「ここって……夢の?」

「繋がったまま向こうにほとんど取られて此方こなたの気を受け入れられていなかったから。ようやくリューを取り戻せそうだ」


 言葉は分かるけど、言ってる意味が理解できずに私は盛大にハテナマークを頭の上に飛ばしまくった。


「繋がった魂って……何?」

「君のあっちの世界とリューの魂の事だよ。リューが一度小さい時に死にかけて、でも死んで生まれ変わるはずだった命に半分使われてしまったんだ」

「何それ……なんか、前から思ってたけど、この夢って夢なのに、すごい設定凝ってるよね……」


 疑問に思った事を一つ一つ聞いてみるものの、余計謎な言葉が返ってくるだけで理解は出来なかった。

 魂とか異世界とか、ゲームや漫画でしか聞いた事の無い言葉に「は?」としか返しようがない。まぁ当たり前だよね……だって夢の中だもん。支離滅裂で当然、でしょ……?


「魂が繋がってるから、綱引きみたいに……向こうの体が引っ張っていたせいでずっとリューは死にかけてたんだ。可哀想に」


 繋がっている……

 なんの話? こんな設定見たことあったっけ? それとも私が考えたのだろうか、だってここは私の夢の中なのだから。

 その言葉を境に、夢の中の……自分の頭の中の安全な空想の世界にいたと思っていた私は突然現実と離れた場所に放り出され気持ちになってゾッとしていた。

 何バカなこと考えてるの、夢に決まってると否定する私に、「でも味も感触も匂いもするのに? それも毎回? 明晰夢ってものだったとしてもおかしくない?」と反論が浮かぶ。


 話を受け入れられていない私が固まって考え込んでいると、いつの間にかセジュの姿は隣から消えていた。

 その代わり、夢の中での母親役の女の人が現れて、私のお世話係の人に声をかけて向かいの席につく。かすかに吹いた風にその人の香水の匂いが混じる。

 高そうなのは分かるけどくどくなくて、いい香りだ。女優さんがつけてそう。


 聞く相手が変わってしまったが別に良いだろう。私はこの不思議な夢について話題に出した。

 現実でろくにご飯を食べられなくなっていた私は、用意してもらったパンケーキをパクつきながら女の人……お母様、と呼んでる人の話を聞く。


「ああ、リューイカはずっと生死の境を彷徨っていたから詳しい話を知らなかったのね……」

「詳しい、話……?」


 死にかけた私、リューイカの命を救うために、魂が離れないように私の親……この夢の中の親が神様に取引をしたのだと言う。

 生まれ変わるはずだった私の魂はこの体につなぎ止める事で半分残って、残り半分は繋がったまま私の現実の世界で予定されてた命に生まれた。この世界の私はこの豪華な庭園のあるお城に住むお姫様だとは知っていた。そういう設定の夢なのだろう、と。ただそう思っていたのに。


「王女としての身分なぞ、今は気にしないでいいのよ。リューイカがベッドから起き上がってこうして歩けるようになっただけで……」


 何とか向こうの体に魂が全部引っ張られないように尽力した、だからこうして元気になってくれて嬉しいと彼女は涙を滲ませた。


 そんなの、まるでゲームや漫画の設定じゃないか。夢の中だからって随分と話を盛りすぎじゃないの、私。

 病弱な美少女で、お金持ちの家でお姫様に生まれて、メイドさんみたいな人やあんなイケメンのお世話係がいて、しかも常に甘やかしてあーんまでしてくれて……生まれ変わりとか魂がどうとかの特殊設定まで加わるなんて。はは……


「これ……夢、夢なんでしょう? だってこんな都合の良い話、ありえない……」

「まぁ、まだ具合が良くなったのが自分で実感できていないのね。でもこれは紛れもない現実なのよ、貴女は健康な体を手に入れるの、リューイカ」


 そりゃあずっと悪夢だったから。そのプラマイ埋めるのもあって無意識がはたらいているのだろうと自分の中で納得してた、けど。


 今までそう言うものだと気にせず受け入れてきた違和感がジワジワと浮き上がってくる。

 パンケーキも、チョコレートも、シュークリームも欲しいと言ったら夢の中でも手に入ったけど、すぐではなかった。どう言うものかって聞かれて、当然詳しい説明や作り方はすぐうまいこと答えられずに目が覚めてからスマホで調べてそれを伝えた。その後夢の中で何日か経ってからやっと出来上がって。何回か「もっとこうして」って修正した事もある。

 私の話を元に開発したなんて言われて、それだって変なとこがリアルなこの夢の事だからと気にした事は無かった、けど……


 ぎゅっと握りしめた手に力を入れる。爪が食い込んだ手のひらにツキリと痛みが走って、「顔色が悪いわ」と慌て出した『お母様』に促されて私は部屋に戻る事になった。




 まだ本調子じゃないんだから、無理はしないでとベッドに入るよう言われた私は寝巻きに着替えて横になる。長い時間を過ごしている見慣れた部屋……夕暮れの窓際に、セジュが現れた。

 そうだ、夢じゃないならどうして……そうでしょう?

 この部屋は扉が一つしかなくて、窓は閉まってる。さっきまで私の他には、入り口近くの壁際に控えているお世話係しかいなかったのに、夢じゃなかったらセジュが突然ここに現れる事なんて出来ない。

 当たり前だ、どうしてこの世界が「夢じゃなくてもう一つの現実なのかも」なんて思ったんだろう。私は安心して、体の力が抜けた。


「ああ、手の平に傷が……今治してあげるね」


 お世話係によって大袈裟に包帯を巻かれた私の手をベッドからすくってセジュが口付けて、そこがポワッと光って痛みが無くなる。

 そう、これが夢じゃなかったら何なのか。そうじゃなかったら、おかしい。こんな魔法のような事が現実に起こるなんてありえない。だから、これは夢なんだ……

 包帯がほどかれて、さっきまでじくじく痛んでいた手の平から爪の痕が消えていた。


「セジュ、夢はいつ覚めるの?」


 私の声は震えていた、と思う。


「あともう少しだよ」

「……じゃあ、もう寝る。あっちで起きて、ご飯食べないと……しっかり栄養とらないと、良くならないし……」


 自分で自分を追い込むように「寝ないと」と頭の中で唱える。

 ふわりと額に手のひらが乗って、セジュがそこを撫でているのが分かった。薄く目を開けると、微笑んだセジュが私の顔を覗き込んでいるのと目が合う。


「夢を終わらせたいとリューがやっと言ってくれて嬉しかったよ」

「……」


 一瞬、何の話か分からず私は固まった私は……しかし同じ体勢だったせいですぐに思い出した。夢を終わらせたいって……もしかして、具合がまだ悪かった時の話……?


 思えば、あの夢をきっかけに現実とこことの体調不良がだんだん入れ替わっていた。

 あれ……あれは、この世界の夢をもう見ないで済むように終わらせたいって意味だった。その言葉について思わず聞き返しそうになったけど、これ以上追求してはいけないと何故だか察して口を閉じる。

 ニコニコ笑うセジュの顔が何だか怖くて、私は否定できずに言葉を飲み込む。

 夢、これは夢。でもホラーな夢で夢って分かってても怖い思いする話なんていっぱい見た。この夢の先が怖い話にならないように、私は意識して態度を変えないように気をつけたまま強引にそのまま眠った。

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