この夢の続きは
その綺麗な人が時々夢の中で私の手を撫でるようになってから、夢の中の私は少しだけ体調が良くなっていった。と言ってももとがとても具合が悪いものだから、現実みたいに健康になるってわけではなく「すごくしんどい」が「しんどいけどまぁマシ」程度になるだけだったが。
でも夢の中の体調が少し良くなるって事は、起きてる時の私の具合が悪くなってるって事でもある。
眠りたくない、って夜更かしして寝不足気味だった私は体育の授業の最中に貧血で倒れて、家に帰った私はそのまま風邪を引いてしまったのだ。
ああ……またこの夢が始まってしまう。退屈で息苦しくて、苦痛でしかない夢が。
現実の私が具合悪くなって倒れたせいで、夢の中の私はいつもとは比べ物にならないくらい体調がマシだった。息もいつもより深く吸えるし、お腹の奥も痛くない。
でもそもそも現実世界の自分は何も問題がない健康体な訳で。マイナス50がマイナス30になっても苦しいのは苦しいのだ。
また手がひんやりとした滑らかな感触に包まれて、私はそちらに視線を向けた。何も変化がない苦痛だけの夢の中、この綺麗な人が優しく撫でてくれる感触だけがわずかな楽しみにさえなっていた。そのくらいこの夢は退屈だったから。
「ね、え」
今日だったら声を出しても苦しくならないだろうか、と恐る恐る私の手に触れる先に声をかけるとその人は美しい顔を驚きに彩らせて、目をまん丸に開いて一瞬固まった。
「……どうしたの?」
その声は私が想像していたよりも大分低かった。大分と言うよりかは……これでは、まるで男の人の声みたい。
そう思って改めて目の前の人を見上げると、髪は長いがもしかしてこの人は男性なのではないかと思い当たった。
まぁ、私の夢の中なのだ。男の人の声で喋る女の人か、女の人みたいに綺麗な男の人かは分からないが私の空想が勝手に生み出したのだろう。
考えても仕方のない事を頭の隅に追いやって、私は入り口のドア付近にいるもう一人のお世話係に聞こえないように注意を払いながら声を絞り出した。
「ねぇ、あなたは私の望み通りに動いてくれる人?」
新しい登場人物が夢に出るたびに必ず聞いている言葉を彼にもかける。ちなみにこの問いかけは他のお世話係にも全員聞いている。
私の願いを叶えてくれた人は、今までいないけど。私の夢なんだからもっと私に都合の良い感じにしてくれればいいのにね。
「……嬉しい、やっと応えてくれるんだね」
「やっと……?」
「うぅん、何でもないよ……何が願いなの?」
優しそうに微笑むその人に、私はとても嬉しくなった。やっと、私が望んだ通りに動いてくれる、夢の登場人物らしい人が現れたのかもしれない。
「この夢を終わらせる方法を知らない?」
私の手を握っていた綺麗な人が綻ぶように笑った。
「それが君の願い?」
「うん、もう夢はうんざり」
このままずっと毎晩毎晩この夢を見ると思うと頭がおかしくなりそうで、この世界の私が夢を終わらせるために出来ることは思いつく限り全部試した。この夢の中では私はろくに動けないからできた事は少ないけど……
この夢の中で死んだら目覚めなくて済むかなって何度も考えたけど、さすがに怖くてそれは試せていない。夢なのに痛いとかは感じるし、第一そんな事しようとしたらすぐそこにいるお世話係の人にすぐ止められてしまう。あと、もしかしたらそれで二度と夢から目覚められなくなるかもって思ったから。
怖い話で「夢の中で死んでそのまま……」ってパターンはいくつか見たから。夢を見てた人は死んだのにじゃあ何でその話が残ってるのかってこの手の話に疑問はあるが、怖いものは怖い。
でもきっと、私の夢だからいつか私の願いを叶えてくれる都合の良い登場人物が現れると思ったの。
他の人達みたいに何のことか分からないなんて言わなかったから、きっと彼なら叶えてくれる。
彼の手のひんやりとした感触に、また心地よさを感じながら初めて希望を持ったまま私は夢の中で眠りについた。