夢と現は
ああ、またこの部屋だ……
毎晩眠りに落ちる前に「どうかいつもの夢じゃありませんように」と祈るけど毎回無駄になる。夢なんて見たくない、一生見なくても良い。寝て起きたら朝になってたらいいのに。お父さんは「ここ数年夢なんて見たことない」なんて笑いながら言ってたけど、私は笑い事じゃなくそれが心底羨ましかった。
私なんて夢を見るのが嫌すぎて、ここのところ寝不足になっていると言うのに。現実世界でも具合が悪くなっちゃうなんて最悪だ。
夢の中の「私」になったと自覚すると途端に体が重くなる。息は胸の奥まで吸えなくなって、体の隅々まで重く痺れたような痛みがまとわりついている。
私が目覚めたと気付いたお世話係の人達が、蒸しタオルとか着替えとかを手に私に寄ってきてわちゃわちゃと世話を焼いていく。どんなに優しく丁寧に扱われても夢の中の私には苦痛でしかなく、ただじっと終わるのを待って抵抗する気力もなくてされるがままになっていた。
「リューイカ様、もう少し召し上がりませんとお体が参ってしまいますよ」
そう言って、学校の担任の先生くらいの歳の女の人が私の口をスプーンでこじ開ける。
私は大して味のしないそれを無理矢理喉の奥に流し込んで、なんとかゆっくり飲み込んだ。食事をするだけで息切れするほど疲れてしまった私はぐったりして、さすがにこれ以上何も食べられそうにないと分かったのか、お世話係の人達は食器をワゴンに乗せて片付け始める。
半分以上残った食事が下げられるのを見ると夢の中なのに毎回罪悪感が湧く。
私だって見たくてこんな夢見てるわけじゃないのに、なんでこんな苦しくて嫌な思いを毎回しなきゃいけないんだろう。
誰かに話しかける元気もない私はじっと黙ったままでいるとお世話係の人達が部屋から出て行った。私の容態が急変しないかって見守るために一人だけ壁際に残っている……いつも思うけど、夢の中なのに変なところまで嫌に細かい。
いつも通り目を瞑って、早く夢が覚めないかとそれだけずっと考えて時間を過ごしているが毎回の事なので当然飽きてしまう。
ゲームやスマホとは言わないから、せめてマンガか本が読みたい。楽しいものじゃなくても、それこそ教科書でもいい。この退屈で苦痛しかない時間を考えたら勉強だって素晴らしい暇つぶしになるだろう。
いつもの事ながら鈍い痛みと息苦しさのせいで寝ようと思っても中々睡魔なんてやってこない。むしろ意識すればするほど目が冴えてしまって、ああ今回の夢も覚めるまでに時間がかかりそうだと私はため息をつく。
今日の夢はいつもより意識がはっきりしてるけど、息苦しさはほんの少し軽いような気がするからまだマシかな。
現実の方で具合が悪くなると何故か夢の中の体調がその分楽になると気付いたのは去年インフルエンザにかかって40℃近い熱が出た時だった。あの時は生まれて初めて現実でもあそこまで具合悪くなって、ほんと怖くてパニクってお母さんにすごい迷惑かけちゃったな。
あの時以外、この夢の中でベッドの外に出られた事は無い。何度も思った事だが、私の夢なのになんて不便なんだろう。
昼間もカーテンを閉めてくれないか言ってみようか、暗かったらまだもう少し眠りにつきやすいかもしれない。
私は寝付けそうに無いまま薄く目蓋を開けると視線だけ窓に向けた。しかし何かがいつもと違う……ああそうか、初めて見る人がいるんだ。
窓際には今まで見た事のない人が立っていて、私を見下ろしていた。他の人みたいにおそろいの紺の制服と白いエプロンじゃないけど、この人も私のお世話係なのだろうか。長い銀髪は太陽の光を後ろから浴びてまるで後光を放っているみたい。金色の瞳は宝石みたいに綺麗だし、それツケマじゃないの? って思うほど睫毛も長い。真っ白に金色の装飾がしてある、ファンタジーのゲームに出てきそうな服はすごい派手だけど自然に着こなしている。
芸能人にも見た事ないような美人で、なんだかCGで作ったんじゃないかってくらい現実感のない綺麗な人がそこにいた。
私って実はすごい美的センスがあるんじゃないかな。夢の中って事は私の無意識なわけで、見た覚えのないこんな美人を思い付くくらいには美しいものを生み出す才能があるって事なんだから。
そんなくだらない事を考えるくらいには退屈で死にそうだった私は、悲しそうな顔で私を心配する美人の観察にもすぐ飽きてまた無理矢理目を瞑る。夢の中で眠るのを待ち望んで、いつものように昨日あったことを繰り返し繰り返し思い出して気を紛らわせた果てにやっと意識を失った私は自分の部屋の自分のベッドでようやく目を覚ました。
「あーあ、夢を見なくて済む薬とか無いかなぁ」