06
ジェリンが呪文を唱え光魔法を使用すると、床がほんのりと光り始める。
すると床には靴跡がはっきりと浮かび上がった。突然魔法を使えと言われて、それをあっさりやってのけた彼女は才能があるのだろう。
「入り口の部分には足跡がたくさんあるな」
「これは事件のあとに、ここを調査した方たちの痕が混ざっているからですわ」
カミラたちも興味津々でそれを見つめている。
「ここでは特定しにくいので、二階の現場に移動しましょうか。皆さんの足跡がついて、証拠を荒らしてしまうと困りますから、私の後ろをぴったりとついてきて前には出ないでください」
私たちはフォーラを追って階段をのぼり、件の廊下に到着する。
「ジェリンさん。もう一度先ほどの魔法をお願いしますわ」
「はい」
階段を上りきったところで、再び魔法を使って靴跡を浮かび上がらせた。
「やはり、フォーラが言っていた通りだったな」
ある足跡だけが窓際ギリギリについている。窓を開閉したからか、同じ型の靴跡が、窓周辺にも集中していた。これが犯人の足跡で間違いないだろう。
私はその足跡を避けながら、一番近い場所にある窓を開けて外を眺める。
「ここからは四人が目撃したという場所も見えるな」
クラウスがいたはす向かいの実験室。
タイラーがいた廊下。
マシューのいた窓の真下。
サブリナがやって来た図書館との間にある雑木林。
「犯人の行動について、窓際を走ったということは証明されましたが、ただそれだけですよ。これが一体何だというのですか?」
マシューが、遠回しにフォーラの無実が証明できたわけではないと問いかける。
「大丈夫です。この足跡で犯人がわかりますのよ。時間はかかると思いますけれど、誰の靴跡か特定することはできますわ」
「そうなのか?」
「学院内で同じ型の靴を履いている生徒はいないと思います。貴族の靴はどなたも特注品だと思いますから、この足跡と合致するものをはいている方を捜せばいいのですわ」
「確かにな。この足のサイズだと女性だろうか?」
「はい。小柄な男性でも、これほど小さなサイズの靴をはくことはできません。ほぼ間違いないと思います」
「え? そうなんですか?」
女性だと断定するフォーラに、それまで黙っていたカミラが疑問を口にする。余程気になることがあったのだろう。
「犯人は女子ではないと思っていたんですけど」
「どうしてそう思うんだ?」
「窓から中に入ったとしたら、外から壁をよじ登らなければいけません。そんなこと私にはできないと思いましたので」
「それは、犯人が足場になるものを用意していたの」
「窓辺に箱のような物が置いてあった形跡があったそうだ。きっとあとで片付けたんだろう」
「そうだったんですか。それなら納得しました。話の腰を折ってしまって申し訳ありません。お話を続けてください」
カミラは謝罪をしてから一歩後ろに下がった。
「では、試しにここにいる四人の靴を調べてみましょうか」
四人とは、フォーラ、ジェリン、カミラ、サブリナのことだ。
フォーラは、おもむろに右足の靴を脱いで、床に浮かび上がっている足跡と比べ始めた。
「並べてみるとはっきりわかりますでしょ。私の方が少し大きいですし、靴裏の模様もまったく違います」
靴跡の横に自分の靴を裏返して見せるフォーラ。ついでに靴を脱いだ足も横に並べる。足跡のサイズでは、フォーラの足は入らないということがわかる。
たまたま、サイズ差があったからだが、それは一目瞭然だった。
これを見せるために事前に自分の靴を覚えさせたんだろう。この時のために履き替えてきた、そう疑われる可能性もないわけじゃないからな。
「本当。床にこんなふうに証拠が残っているものなんですね。驚きました」
カミラが感心して声を上げる。マシューたちも座り込んで、靴と下足痕を見比べている。
「こんなことが出来るのも、ジェリンさんの魔法のおかげですわ」
フォーラは褒めているが、自分も別の方法で同じことができるようなことを言っていたから、あの場にジェリンがいなかったら、仕方なく自分で魔法を使っていたのだろう。
光魔法なんて使えないのに、どうやるつもりだったのだろう?
その後、ジェリンも靴を脱いで靴底の溝の位置を確かめている。
「わたしの靴もまったく違いますね」
ふたりに続いて、カミラも靴を脱ごうとする。ところが、前かがみになったカミラの腕をサブリナが掴んで邪魔をした。
「待って」
そして、なぜか靴を脱ぐのを止める。
「カミラさんは被害者だもの。確認する必要はないじゃない。わたしも目撃者だから関係ないし」
「言われてみれば、確かにそうね」
カミラはサブリナの言葉に納得する。
「いいえ、それは認められませんわ。被害者も目撃者も全員が関係者なのですもの」
しかし、すかさずフォーラがそれを却下する。
「わたしはこんなところで靴を脱ぐなんて嫌です」
それでもサブリナはフォーラ相手に食い下がる。
「あら、なぜ嫌がるのかしら?」
「なぜって、そんな必要がないからです」
「あなたには靴を脱げない理由があるからかしら? 例えば、そうね足が臭いからとか? それとも靴下に穴が開いているのかしら? それなら貴族の令嬢として恥ずかしがるのも理解できますわ。皆さんがご覧になっていらっしゃいますから、さすがに私も無理は言えません」
「そんなわけない…………って、ええ、そうです。わたしの靴下には穴が開いているんです。だから恥ずかしくて人前で靴を脱ぎたくありません」
いったんは否定しておきながら、頑なに拒否するサブリナ。
令嬢としてどうかと思うような理由を使ってまで抵抗している彼女。あまりにも怪しすぎる。自分が犯人だと言っているようなものではないだろうか。
こんな馬鹿みたいなやり取りを見せられたらなんとも言えない気持ちになる。
「まさか、サブリナ」
「おまえだったのか?」
「違う、そんなわけないじゃないですか」
「だったらどうしてそこまでして嫌がるんだ」
「だから、それは穴が――」
「令嬢としてあり得ないことですし、あなたの家は新しい靴下ひとつ買えないほど貧窮しているのかしら? それなら仕方ありませんわね。私も鬼ではありませんから、ここで脱がなくてもよろしくってよ」
そのネタで引っ張るのは子爵家の令嬢としての矜持はいいのか?
フォーラの対応もどうかと思うが、実は犯人に仕立てられて怒っているのかもしれない。
「そうですか……でも、本当にわたしじゃない。わたしじゃないんです」
フォーラに無理を言われなかったからか、ほっとした顔をしながらも、サブリナは階段を下りていこうとした。
「逃げるな! サブリナ」
慌ててマシューがサブリナの腕を掴んで個室側に引っ張る。
「え? やだ、犯人だって言われて混乱しただけで、別に逃げようとしたわけじゃないわ」
その言い訳は捕まってしまったからか?
「別に貴女が逃げたところで構いませんわよ。こちらとしてはまったく問題ありませんもの」
「えっ? それって、わたしが犯人ではないとわかってくださったってことですか?」
「さあ、それは調べてみないことにはなんとも。とりあえず、あなたの靴跡は今まで歩いて来た床と地面にべったりついていますから。それで採取が可能ですわ。私はそのことに対して、問題ないと言ったのです」
「そうだな。いずれは黒か白かはっきりするだろう。押収している証拠は他にもいろいろ揃っているしな」
それでも、私たちの言葉に首を横に振るサブリナ。
「万が一、わたしの靴が一致したとしても、同じ靴職人の製品であれば似通うこともあるはずです。何度も言いますがわたしではありません」
私がだめ押しで告げても、彼女はまだ言い逃れを続けた。