05
「三人のことは知らないが、私は間違いありません。石を落とした人物の頭が見えたんですから」
この場で、マシューだけは自信満々だ。
「そうですか……皆さんの証言が事実であるとすれば、たぶんその時には窓が開いていたのだと思いますわ」
辻褄が合わない証言だから、無効になるかと思ったが、マシューがいるので、ここで話を終わらせてフォーラが無実だと押し切ることはできそうもなかった。
かつらかも知れないというのも、憶測でしかないのだから。
だからだろうか、目撃者が有利になるような発言をフォーラがしたのは。
自分で自分の首を絞めてどうする?
「そうだ。見上げた時に、確かに廊下の窓が開いていた」
「言われてみれば、いくつか夕日が反射していない窓がありましたよ」
その時の風景を思い出したのか、マシューとクラウスが肯定する。
「その上で犯人は、目撃するであろう皆さんに、桃色だけを印象づけたんですわ。だから、廊下の真ん中ではなく、わざと窓際ギリギリを走っていたんですもの」
「窓際ですか?」
「そうでもしなければ、ここからは中がほとんど見えませんから」
「言われてみればそうだな」
ここで見上げた時、二階の窓が開いていたとしても、それほど奥まで見ることが出来ない。
はっきり見えるのは、同じ二階から見たというクラウスだけだろう。
それもかなり離れているから、 犯人は窓側に寄って明らかに桃色の髪をアピールしていたとフォーラは言う。
「気になったのですが、目撃している方がカミラさんのお知り合いの方ばかりなのはなぜかしら」
「カミラが旧学生寮に向かったと聞いたからですよ。人がいないような場所は危ないですからね」
「僕もカミラを探していたから……」
「私は誰かに呼び出されて、実験室で偶然目にしただけですが」
そう言えば、この三人は幼馴染なのを良いことに、前からカミラに執着して付け回していた。
「例えば私が悪事を働こうと思ったら、この珍しい色の髪を隠すことはしても、わざと見せつけるなんてことは絶対にしませんわ」
肩にかかる自分の髪に触れながらフォーラがつぶやく。
「そうでしょうか? あなたは人から酷いと思われることでも、どうどうとやっていますよね? そんな方が気にして隠すとも思えませんよ。もしそうだったとしたら、こうやって言い逃れるために、わざとそのおかしなシチュエーションを作ったかもしれませんし」
「マシューさんは納得できないということですか。確かに、これだけでは私が犯人ではないという確証には至りませんわね。でしたら、次は現場に行ってみましょう」
旧学生寮は普段は鍵が掛かっている。そのため、アランに鍵を借りてくるよう事前に命じておいた。
「見ての通り鍵が掛かっていますし、このところ鍵を借りた方は誰もいないそうですから、関係者以外は犯人しか中に侵入していないと思います。ですわよねクリフォード様」
「そう聞いている」
フォーラも捜査の進捗状況を把握しているようだ。自分が疑われているのだから気になるのは当たり前か。
「鍵がかかってるなら、犯人はどうやって忍び込んだのですか」
クラウスのその質問には私が答えよう。
「一階裏手の窓の鍵が壊れていていたそうだ。ここは定期的に清掃をしているそうだから、もしかしたらその時に忍び込んであらかじめ窓の鍵を壊しておいたのかもしれない。この建物自体古びているから、もともと壊れていた場所を見つけておいたという線もあるが」
「なるほど。私たちも犯人を捕まえようとしたんですが、あの時、中に入ることが出来なくて、入り口で時間を取られてしまったんです。だから、まんまと逃げられてしまったんですよ」
「その時はどなたも中には入れなかったということですわね?」
「はい。そうです」
「では、それよりも前に入ったことがある方はいらっしゃるかしら?」
フォーラの質問には全員が首を横に振る。
もしそんなことがあれば、何をするためにこっそり侵入したのか、という疑いの目で見られるからな。
「当時この場所にはカミラさんがいて、マシューさんが駆け付け、その後、タイラーさんが、そしてサブリナさん、クラウスさんの順で合流したので間違いありませんわね?」
「そうです」
「二階の廊下以外で犯人の姿を見た方はいらっしゃるかしら?」
フォーラの質問に五人とも否定する。
「そうですか、そうなると犯人はいったいどこにいったのでしょう」
意味深長な言葉を口にしつつ、フォーラは、旧学生寮のドアの鍵を開ける。
その後、私たちは建物の中に入った。そこは玄関が広めに取られており正面に階段と通路、右手に長い廊下があり、窓と反対側には個室のドアが続いている。その先、向こう側にも二階へ行く階段があるらしい。
フォーラは二階へは向かわず、入ってすぐに立ち止まった。
「ここからはジェリンさんにお願いしたいの。よろしいかしら」
「わたしですか? 何をすればいいのでしょうか?」
ジェリンは今回の事件には全く関係がない。
それどころか、フォーラが敵対している相手だ。そのジェリンをなぜフォーラが連れてきたのか、証言者たちは初めから彼女のことを訝しそうに見ていた。
「光魔法で、床に落ちているホコリだけを発光させていただきたいの。他にもお願いしたいことがあるので、この紙に目を通してもらえるかしら。依頼内容はここにすべて書いてありますから」
「はい……」
戸惑いながら、ジェリンはフォーラからメモ用紙を受け取ると、急いでそれを読む。
「どう? できるかしら?」
「あ、はい。フォーラ様のご依頼はわかりました。えっと、まずは現場を荒らさないために清浄魔法を皆さんにかけてから、次にホコリを光らせるんですね?」
「ええ、そのメモの通りにお願い」
「それはいいんですけど……そもそも、ここでわたしが魔法を使っても大丈夫なんでしょうか?」
心配しながらジェリンが確認する。
「すでに、魔法を使用した痕跡と魔力反応は調べ終わっているそうです。それに許可は取ってありますから。そうでしたわよね、クリフォード様」
「ああ、構わない」
事件が起きると、まず一番最初に、魔法が使われていないかを調査する。
魔力はひとりひとり型が違う。その質によって精霊が反応するのだが、その精霊が何系なのかによって使用できる魔法の種類が決まるのだ。
そのため、魔力特定用の魔道具を使えば犯人を見つけることは可能である。
それは誰でも知っていることだから、計画的な犯罪の場合、魔法を使用する馬鹿はいない。
今回も魔法を使った形跡はなかったそうだ。
ただ、採取できたとしても、指紋と同じで一人ずつ照らし合わせる必要があるから時間は掛かる。
「そうでしたか。えっと、では、まず清浄魔法ですね。皆さん申し訳ありませんが順番に手を出してもらえませんか?」
ジェリンが一番最初にフォーラの手を取り清浄魔法を使ってみせた。
呪文は声に出さずに詠唱しているし、見た目で何かが変わるわけではないので、本当に魔法で綺麗になっているのかはわからないが、全員にその魔法をかけていく。
「ジェリンさん。あちらが光っていますわよ?」
フォーラが言うように、何故か廊下の奥の方が光っていた。
「あ!? えっと、あのですね……ホコリを光らせるにはどうやったらいいのか考えていて? それで……さっきちょっと呪文を間違ってしまったんです。だから光ってしまったのかな……と思います。すみません」
焦った後、しどろもどろになりながらジェリンは失敗を謝り、ぺこりと頭を下げた。
「そう? わかったわ。続けてちょうだい」
「はい。でも、これで全員清浄魔法をかけ終わりました」
「でしたら次を」
「今度こそホコリに魔法を掛ける。でしたね。呪文は……どうしたら……」
「下足痕といって、床には人が歩いた痕が残っていて、それで犯人が歩いた場所が特定できるはずです。それを見えやすくするためなのですけれど、難しいかしら」
「やったことがないので、できるかどうか……とにかく試してみます」
顎に手を当てながらジェリンは悩み始める。
「私も光魔法ではない方法で、下足痕を見せることはできますけれど、犯人だと疑われている張本人ですもの。ここで魔法を使ったりしたら、何か細工をしていると思われてしまいますでしょう?」
「フォーラでは説得力が薄れるな」
「ですから、私と不仲なジェリンさんの魔法でしたら、皆さんに信じてもらえると思いましたの」
「――わかりました。頑張ってみます」
フォーラの願いを聞いたジェリンは、再び呪文の詠唱をはじめた。