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「まずは、旧学生寮へ参りましょう。ですが、その時と同じ時間帯がよろしいかと思いますの。ですから、放課後、旧学生寮と繋がっている渡り廊下で集合してもらえるかしら」
「放課後?」
「難題を押し付けてきたのは皆さんのほうですから、今こちらにいらっしゃる方は全員見届け人として参加してくださいませ」
そう言いながら、何故かジェリンの方に視線を向けるフォーラ。
「ジェリンさんにも来ていただきたいの。あなたにはお願いしたいことがありますから」
「わたしもですか?」
「ええ、放課後にお時間はあるかしら?」
「はい。大丈夫です」
ジェリンは、たまたまここにいたというだけで、今回のことにはまったく関係がない。何をさせようとしているのか?
「あとは、皆さんに、私が今はいている靴を覚えておいていただきたいの」
靴?
「今、この場では理由を言うことはできませんけれど、あとで言い掛かりをつけられないためですわ」
フォーラの真意がわからず、全員が不思議そうな顔をしている。
とりあえず、言われた通りフォーラの足元に皆が視線を落とした。濃い茶色の革靴で、バンド止めの位置にバラの花のモチーフがついている。これは国で一二を争う靴職人の手によるものだろう。モチーフすら、それだけでブローチとして胸に飾ってもおかしくないほどの意匠である。
私はそれをしっかりと目に焼き付けた。
これからどうやって、無実だと証明するつもりかわからないが、彼女のやることには興味がある。
お手並み拝見といこうか。
◇
フォーラが一方的に予定を決めたあと、昼休みの終わりとともに私たちは教室に戻った。
「旧学生寮に行ったところで、今さら何も残っていないと思うが」
物証である凶器は、その辺に転がっていた石だ。指紋を調べるにしても、照合するのに時間が掛かるので、すぐに犯人を特定できるものではない。
凶器が犯人の持ち物だった場合なら、持ち主を探し出す魔法で見つけることが可能だ。
ただ、その魔法を使用するには条件があり、持ち主にふれながら呪文を唱えなければならない。しかもその答えは精霊がイエスかノーで反応するだけだから、その方法が使えるのは犯人の目星がついてからに限る。
このような方法があったとしても、流石に、かすり傷程度の事件で、学院内にいるすべての人間に協力を仰ぐことは難しかった。
午後の授業を受けていても、フォーラが何をしようとしているのか気になって落ち着かない。私の席は一番後ろにあるので、教室が見渡せる場所だ。昼休みの件を知っている者たちは、誰もが気になるらしく、授業中、チラチラと彼女に視線を向けていた。
◇
授業の終了の鐘が鳴ると、それを合図に集合場所へと向かう面々。私もフォーラと共に渡り廊下までやって来た。
「皆さんお集まりですわね」
メンバーは私とフォーラ。
フォーラに頼まれたジェリン。
そして被害者のカミラ。侯爵家のマシューと伯爵家のクラウス、子爵家のタイラー、彼ら三人はカミラとは幼馴染でもある。
そして彼女の親友である子爵家のサブリナ。
直接関係のない者には遠慮をしてもらっているので、カミラ以外は、四人が全員目撃者であるそうだ。
「では始めます。まずは、犯人を目撃された方がどの場所にいたのかを教えていただきたいの。その時の犯人の状況もお願いできるかしら」
「私はカミラのすぐそばです。旧学生寮の真下にいました」
真っ先に口を開いたのはマシューだ。
「カミラのところに何かが落ちてきたから、驚いて上を見ました。私に気がついた犯人が窓から急いで隠れましたけど、その人物が桃色の髪だったことだけは見えたんです」
彼は石が落ちてきた瞬間を目撃していた。マシューが声を掛け、おかげでカミラは避けることが出来て軽症ですんだらしい。
桃色の髪で犯人はフォーラだと思っていたから、犯人を追うことは考えず、赤くなった手をさすっていた彼女のそばにずっとついていたらしい。
捕まえるために、そこでカミラをひとりにして、犯人と行き違いにでもなれば、またカミラに何かされるんじゃないかと心配になったそうだ。
「私は別棟の空室にいました。カミラの名を騙った誰かに、はす向かいの二階にある実験室に呼び出されていたんです。そこの白板に旧学生寮と大きく書かれていて、窓の外を見ました。それで、カミラが旧学生寮の入り口のところにいるのがわかったんです」
ところが、カミラはクラウスを呼び出してもいないし、白板の文字にも心当たりがないという。
「そこから声をかけようと窓を開けたんですが、それと同時くらいでしょうか、カミラのところに何かが落ちたんです。それを落としたと思われる人物が廊下を逃げて行くのが見えて、髪の色が印象的でしたから見間違うわけがありません」
クラウスは何故か偽のメモで一度別の場所に呼び出された。そのせいで、カミラのもとに駆け付けるのが遅くなったそうだ。
「わたしは向い側です。図書館に本を借りに行ってから旧学生寮に向かっていました。それで、何かあったことに気がついてカミラさんのもとに駆け寄ったんです」
サブリナはいつもカミラの家の馬車で一緒に帰っているそうだ。だからその日は、図書館で時間を潰していたという。
カミラから旧学生寮に行くことは聞いていたので、いつまでも迎えにこないカミラが心配になって、学院内の雑木林を迂回して旧学生寮を目指していた。
通り道からは建物が正面に見える。そこから人影が逃げていくのが見えたそうだ。皆が言うように、自分も確かに桃色を目にしていたと証言した。
「僕はここからもう少し先です。そこから見てもらえばわかりますけど、ちょうど犯人がいた廊下がその場所から見えるんですよ」
最後にタイラーがおどおどしながら、その時の状況を伝えた。
「マシューさん以外は全員が窓越しだったようですわね……でしたら、それはあり得ませんから、見間違いではありませんか」
「「「見間違い!?」」」
「何があり得ないんだ。フォーラ?」
「実際に、旧学生寮の窓を見てもらえばわかると思いますわ」
私は不思議に思いながら、証言者たちは憤慨しながら、皆で一番近い目撃現場まで移動した。
立地で言うと、学院の東の端になる。手前に実験室や資料室といった、普段は使われいない棟があり、その一番奥に旧学生寮の建物があった。
各建物は渡り廊下で繋がっているのだが。
「なるほど」
旧学生寮を見上げてから、フォーラの言った『あり得ない』という言葉の意味がわかって私は頷く。
この場所からは、二階の廊下を走り去る犯人の姿など見えない。そのことがわかったからだ。
何故なら、旧学生寮の窓には夕日が反射していて中はまったく覗くことができない。そこに人がいたとしても、その姿を見ることは不可能なはずだ。
やはり、犯人を目撃したという証言自体がデマなのか?
「でも、嘘じゃない。僕は本当に見たんです。犯人の髪は絶対に桃色だった」
その日、この場所にいたのはタイラーだ。彼は必死に犯人を見たと叫ぶ。
「万が一それが本当だとして、顔は見たのか? 髪の色ばかりにこだわっているが、ここからでは、桃色の毛糸で作った雑なかつらでもそう見えるだろう」
それは、遠目でしか目撃していない他の三人にも言えることだ。
誰もフォーラを見たとは言っていない。
髪の色など地毛かかつらか、ぱっと見で区別がつくわけがない。
「すみません。顔は見ておりません。僕が見たのは髪の色だけです。だから、それが誰だったかまではわかりません……」
証言に不明瞭な部分が出てきたことにより、タイラーは背中を丸めて地面を見ている。
決めつけていたことをまずいと思っているのかもしれない。
目撃証言については怪しくなってきた。呆気なくフォーラ犯人説の主張は覆るのだろうか?