02
「そんなお顔をなさらないでください」
「わかっているが、無理を言わないでくれ」
自分の顔がひきつっていることを自覚したままフォーラを見る。
王族だというのに、表情を自在に操れないのは努力が足りないのだろう。しかし、心にもない態度をとるのは難しいのだ。
「ここでは人の耳もございますから、あちらへよろしいでしょうか」
こんな私の姿を見られたくないのだろう。
フォーラが人がいない廊下の隅へと誘導したので、誰もいない窓際まで一緒に移動した。
彼女の用件は十中八九ジェリンと会っていたことへの忠告。フォーラ本人も、今しがた、どこかで誰かに対して、何かをしていたはずなのに、動きが早い。
廊下にいる他の生徒たちは見ないふりをしてはいる。しかし、フォーラとの仲が悪いことは周知の事実だから、私たちのことがとても気になっているようだ。
きっと、耳をそばだてている者も多いだろう。
「クリフォード様。中庭でいったい何をなさっていたのですか」
文句を言いながらもフォーラが詰め寄る。今までも、何度となく繰り返したこのやり取り。
表情は目つきがきつく、怒りのオーラを身にまとっている。ジェリンと会っていたことが許せない。ということだろうけど、いつもすごすぎるんだよフォーラは。
そちらがそういう態度なら、受けて立つしかないだろう。
「さあ、なんのことだか」
「とぼけても無駄ですわ。女性との距離が近すぎるのは品位を落とすことになります。何度もそう言っておりますわよね。それとも、私に対する当てつけですの? ここ最近、クリフォード様は一ヶ月後のダンスパーティーに私ではなく、別の令嬢をエスコートするのではないかと噂されてることはご存知ですか」
興奮したフォーラの声が廊下に響く。他の生徒たちは、聞いてはいないふりをしつつ、こちらに耳を傾けている。
また、噂に尾ひれがついて流れるのだろうな。
はあ……。
思わずため息が出た。
「その噂については、私だってフォーラに悪いと思っている。ダンスパーティーではちゃんとフォーラのエスコートをするつもりだから、周りに惑わされて文句を言うのはやめてくれないか。しかし、どんな顔をして君の隣に立てばいいのか……」
フォーラの目付きがいっそう険しくなる。
「皆さんが注目するでしょうから、お役目だけはちゃんと果たしてくださいませ」
「役目……か」
「クリフォード様は困っている皆さんのお悩みを聞いているだけでしょう。ですが、周りで見ている方たちはそうは取りません。私は変な噂がたつことを見過ごすことはできないのです。特に女性関係だけは気をつけてくださいませ。私は貴方の婚約者なのですよ。こんなことばかり続けば、彼女にきつく当たってしまっても仕方ないではありませんか」
それは、悋気にふれているということだろう。
「ああ、言われなくてもわかっている」
「本当ですの? でしたら、その優しさを私だけに向けていただけませんか。私はこんなにも一途に想っているというのに」
あー、もう。
「こんなところでそういうことを言うのはやめてくれないか」
私の言葉を聞いたフォーラの表情が曇った。言葉だけではなく、たぶん私がすごい表情をしているからだろう。慌てて、左手で額を押さえ、誰にも見えないように顔を隠した。
「それより、自分こそ、また何かをしていただろう?」
「それは……」
「騒ぎが食堂まで聞こえてきたぞ。今日の相手はいったい誰だ?」
「私は……何も……」
私の追及に、言いよどんで目をそらすフォーラ。自分でも最近の対応はやりすぎていると思っているのだろう。
それなのに、私のいないところでは堂々と高慢令嬢と化している。現在この学院には王族の女性がいないため、事実上女生徒の頂点に君臨する彼女はやりたい放題だ。
私だけには見られないように動いているみたいだが、派手に立ち回るから、目立ちすぎて隠せるわけがない。ひどい噂話が嫌でも耳に入るのだ。
それ以前に、あの高笑いでフォーラが何をやっているか見当がついてはいるのだが。
「いつも言ってるだろう。やりすぎないでくれないかと」
「ですが、クリフォード様」
「言いたいことは想像がつくからいい。私だってフォーラの気持ちを無視している部分もあるのだから。だが、この前のような根も葉もない噂が流れるのは困るのだ。フォーラがそうやって高飛車な態度を繰り返していたら、他人はそうとは思わないだろう」
「それは旧学生寮で起きた事件のことでしょうか? そのことでしたら、私は関わっておりませんから問題ありませんわ。ちゃんとアリバイもありますもの」
「ああ、あの時間、フォーラはすでに馬車で帰宅していて、学院にいなかったことは証明されているからな」
「でしたらよろしいではありませんか。すでに授業が始まってしまいましたわ。私も今後は気をつけますから、クリフォード様も必要以上に女子生徒には気安くなさらないでください」
分が悪くなったせいか、自分で呼び止めておいたくせに、勝手に話を切り上げ教室の方へ歩き出したフォーラ。
「ったく」
私は彼女のあとは追わずに後姿を見つめていた。
話に出てきた旧学生寮での事件のことで、私は腹が立っているのだ。
一週間前に子爵家の令嬢であるカミラが何者かに狙われた。
二階から落ちてきた拳大の石が彼女の肩をかすめたそうだ。
カミラは私に呼び出されて、旧学生寮に向かったそうだが、もちろん、そんなことはしていない。
王都に邸宅がない学生のために、学院の敷地内に学生寮が用意されている。だが、設備が古くなったことと、防犯面を強化するため、数年前に新しい学生寮が新築されていた。
そのため、古いほうの学生寮は現在使われなくなっている。敷地内と言っても外れにあるので、近づく者はあまりいなかった。
それなのに目撃者がいたようで、その者たちは皆が皆、口をそろえて犯人の髪が桃色だったと証言したのだ。
桃色の髪の人間は珍しく、学院内には教師や学院の関係者を含めフォーラ以外は存在しない。
だから、今現在も彼女が犯人だと疑われているのだ。
証言だけではなく、フォーラには動機があると思われている。
実は少し前に、カミラに対しても、ジェリンと同じような暴言を繰り返していたからだ。
そのため、一時、私が彼女を守っていた。
私がカミラと親しくしていたことが許せなかったのだろうと、フォーラ犯人説はいまだに消えていない。
しかし、先ほども本人が言っていたように、放課後のあの時間、フォーラはすでに学院を後にしていた。
ところが、それはノール家の従者の証言だから、馬車で出たあと、どこにも寄らずに公爵家へ真っすぐ帰ったのかは他人にはわからない。だから、フォーラのアリバイは実際のところかなり曖昧で確実なものではないのだ。
「証拠は揃ったか?」
私は、いつの間にか近くで控えていたアランに声を掛けた。
「はい、物証はすべて揃いました。こちらはその写しになります」
彼が差し出したメモにさっと目を通してから、私はそれを胸ポケットにしまう。
「証言は?」
「順調に聞き取りが進んでおります」
「そうか、フォーラのことで面倒をかけるな」
「いえ」
まったく馬鹿なことをしでかしたものだ。必ず私の手ですべてを白日のもとに晒してやる。