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01

「おーっほほほほほほほほ」


 食堂で食後のデザートを口に運んでいた私は、特徴的な笑い声が聞こえたせいで、スプーンを持ったまま固まった。


「またか……」


 学院中に鳴り響いているんじゃないかと思うこの高笑いの主は、私の婚約者、フォーラ・ノールだ。きっとまた、誰かをやり込めているんだろう。


「何度言えばわかるんだ、フォーラは……」


 私クリフォード・ディラン・ホルンは、女帝として君臨している彼女のせいで、心が休まる時がない。


  ◇


 私はホルン国王の第二王子として生まれた。しかし、王太子である兄とは十五歳も年が離れている。そのため、数年後には兄が王位を継承して即位することがすでに決まっていて、王族であるにも関わらず生まれたときから、責務がそれほど課せられなかった。


 兄弟の年齢差があったことで、いいのか、悪いのか、両親はもとより兄からも甘やかされている。だから、私は王族としてはありえないほど自由気ままに育っていて、多少は羽目を外すこともあった。


 しかし、こうやって好きにやっていられるのもあと少しだ。


 学院を卒業したあと、私は公爵家の娘であるフォーラと結婚してノール家に入ることが決まっている。


 新しく公爵家を興すことはせずに、跡取り息子がいなかったノール公爵の爵位を継ぐことになるのだから、臣下の家に婿として迎えられる私の行く末は、王族としては異例である。

 通常であれば家名を変更するなどの処置が取られるのだが……。 


 兄からは領主としての心得を現公爵に学びながら覚えていけと言われている。ノール公爵は未熟者である私のお目付け役らしい。


 卒業まであと三ヶ月――フォーラの父親であるノール公爵は、どうやら私の気持ちを知って警戒しているらしい。

 私が幸せを手に入れるためにも、邪魔されないように対策を練らなければと、最近は気持ちばかりが焦っている。


「殿下、そろそろお時間です」


 ため息をついていると、学友の一人であるアランから声が掛かった。


「ああ、そうだな」


 急いで目の前のオレンジムースを食べきる。


「私は用事があるので失礼するが、皆は始業の時間までゆっくり過ごすといい」


 そう言って席から立ちあがった。


「向こうでフォーラが『誰を相手に何をやっているか』調べておいてくれ」

「かしこまりました」


 私の友人の中には、王家直属の暗部の者が混ざっている。王族が在籍している時は、そういった者たちが代々学院の中に生徒や教師として潜んでいた。


 こっそり、フォーラのことをアランに命じてから、一人きりで食堂を後にする。その足で、私は男爵令嬢のジェリン・ロッコと会うために中庭へと向かった。


  ◇


 約束の時間より早いはずだが、そこにはすでにジェリンの姿があった。この国では珍しい空色の髪をしているから、わざわざ探す必要がない。それほど彼女の存在は目立っている。


「待たせたな」


 声を掛けると、ジェリンはその美しい髪を、さらりとなびかせながらこちらに振り向いた。


「いいえ、わたしも今来たところですから」


 くりっとした大きな瞳を細めてはにかむ彼女。男爵家の娘だが、その愛くるしさで上流貴族の子息たちからとても人気があるらしい。


 容姿だけではなく、ジェリンは数少ない光魔法の使い手なので、それも人を引き付ける要素になっているようだ。


 私がジェリンに声を掛けながら周りを見渡す。


 すると、近くで私たちを気にしていた者たちが、こちらを見ないふりをしながら、急いで距離をとった。

 昼休みの憩いの時間に邪魔をしてすまないとは思っているが、彼女との話はあまり聞かれたくないのだ。


 無言の圧力のせいで、私たちの付近には、人がいなくなった。それを確認してからジェリンに声を掛ける。


「呼び出したのは、他でもないフォーラことだ」

「はい、承知しております」

「君に、また彼女が何か言ったそうで、悪かったな。あまりきつくあたるなと言ってはいるんだが……」


 ジェリンはフォーラから


『最近あなたの名前が耳に入って目障りですの。ですから、次の得物に決めましたわ。これからは私が直々に貴族としての礼儀作法を教えて差し上げますので、逃げ隠れしないように。おーっほほほほほほほ』


 と暴言を吐かれてから、ちょくちょく絡まれている。


 そう言われた理由がジェリンにあるとはいえ、もっと穏やかにできないものだろうかと思っているが……難しいだろう……。


「クリフォード殿下に謝罪されるようなことではありませんから、そんなことを言われると逆に困ってしまいます」

「いや、フォーラの後始末は私がしないといけないからな」

「後始末ですか……」

「でも心配しないでくれ。これからは学院生活も安心して過ごせるはずだ。私が保証する。今後、誰かに何かをされた時は遠慮なく言ってくれ。私に会えない時はアランに伝えてくれればいいから」

「ありがとうございます。でも、クリフォード殿下の手を煩わせるようなことはありません。わたしなら大丈夫です」

「そうか? だったらよいのだが、人を蔑むような輩は許せないのだ。フォーラもな」


 私は好きな相手に対して、愛情をもって接したい。それが難しいのもすべてフォーラが私の要望をあえて無視しているからだ。

 卒業まであと三ヶ月――私の我慢もそろそろ限界に近い。


 こうやって校舎に囲まれている中庭でジェリンと二人で会っていればとても目立つだろう。


 しかしそれが狙いだった。

 目撃者は多ければ多いほどいい。なぜならば、私たちがこうやって二人きりで親しくしていることをわざと見せつけているのだから。これは、彼女に嫌がらせする者がいれば、必ず私に伝わるということを、学院中に知らしめるためやっている。


 それと、もうすぐ年に一度のダンスパーティーが開催されるからだ。ジェリンをパートナーにするため、身分を笠に着て言い寄ってくる者がいたとしても『先約済みだ』と言うだけで、相手の名を口に出さずとも断ることができるだろう。


 これだけ堂々と会っていれば、今までの経験上、フォーラ以外で手出しをする者はいなくなるはずだ。


「何かあったら、とにかくすぐに知らせてくれ」

「おかげで他の方からの嫌がらせはなくなりました。さきほどクリフォード殿下がおっしゃったように、この先のことは、何も心配しておりません。それに、アラン様からも説明は聞いておりますし」

「そうか。我々を信頼してもらえて良かった。とりあえず今日はそれだけ伝えたかったのだ。明日も同じ時間にこの場所で良いか?」

「はい。私を守ってくださってありがとうございます」


 お昼休みが終了する鐘の音が聞こえたので、私たちは話を一旦やめて、各々の教室へと戻ることにした。


 歩きだしてから、ふと気になって途中で振り返ると、彼女はまだその場から動いておらず、私を見送っていたようだ。

 目が合うと、柔らかい表情で微笑んでから、深々とお辞儀をする。あれなら、きっと気持ちも伝わっているはずだ。


「とりあえずはこれでいい」


 ジェリンは何も言わなくても、現在の状況を把握し、察してくれている。

 馬鹿なことも言い出さずに、すべてこちらに任せてくれていた。


「それよりも。フォーラとどう向き合えばいいのか……」


 もうしばらくは自分を押さえないといけない。私の中で一番厄介な相手のことを考えながら、自分のクラスへ戻ろうとしていたその時。


「クリフォード様」


 その本人が廊下で待ち伏せをしていて捕まってしまった。


 しかし、ジェリンと会っていたのだから、こうなることは予想通りでもある。


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