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・宝とガラクタの境界線

「やった、鍋発見っ、ありがとう神様!」


 その日、俺は民家の扉に『覚醒』の力を使って施錠を解いた。

 1日3回だけの力を、ただの民家の扉に使うなんて最初は考えもしなかったが、そこは逆転の発想だ。


 施錠を施したということは、いつか帰ってくるつもりがあったということだ。

 俺の推測は幸運にも的中し、奥の台所で青錆びまみれの銅の深鍋を手に入れた。


「しかしこんな超文明でも、銅鍋って使うもんなんだな……」


 続いて『変換』の力を発動して、鍋の外側をサッと撫でる。

 触れるたびに青錆びが粉塵となってはがれ落ちて、鍋はピカピカの(あかがね)色に輝いていった。


「ああっ……これでついに俺は、俺はっ……芋を、煮れるのか……」


 感動のあまり泣けてきた。

 俺は鍋を大事に抱えて自宅の軒先に戻り、用水路の水をくんで早速ジャガイモをゆでることにした。


 ある民家で飾られていた石英を、同じく拾った金属板に叩き付けて火打ち石にすると、数分の苦労の後に枯れ草が煙を立て始めた。

 変換の力で、枯れ草の水分を奪っておくのがコツだ。ね、簡単でしょ?


「しかしなんで俺、こんな原始人みたいな生活してんだろなぁ……」


 後はそこに拾った枯れ木や、変換で炭と水を合成して作った酒をぶっかければ、鍋の水が湯へと変わってゆく。

 きっとマク・メルのどこかに、こんな苦労をしなくとも調理が出来る未来道具が存在するのだろう。


 だが俺にはそれを見分けることが出来ない。

 ただでさえこの世界はアーティファクトだらけで、どれが使える物でガラクタなのかすら、起動するまで判らなかったからだ。


 いや、基本はガラクタばかりだと言ってしまってもいいくらいに、実際のところどうでもいいアーティファクトばかりだった……。

 例えばコレだ。ジャガイモが煮えるまで家で休むことにして、俺は小鳥の人形を床に置いた。 


 腹の底にある小さなボタンを押すと、そのアーティファクトは楽器なしで陽気な音楽を奏でる。

 とことこと床を歩き、歌いながら翼を開け閉めして、円を描きながら床を歩く。


「なんで俺、こんなのに力を使ったんだろ……。ははは、疲れてたのかな……」


 だがそれだけだ。とてもかわいくて面白いけれど、それだけだ。

 大げさに言わば、最近は毎日が力のムダ撃ちだった……。

 よって俺はボケ老人みたいにそのオモチャを見つめて、時の流れに身を任せた。


「けど、意外といい曲だ……」


 案外、これは拾い物なのかもしれない。

 陽気な音楽と鳥の歌を奏でながら、生きているかのように同じ動きを繰り返すその玩具は、孤独に折れかかった人の心を慰めれくれた。


 これはオモチャ職人が子供を喜ばせようと、想いを込めて生み出した物だ。

 だからこそ、そこに人間の気配を感じて目が離せなかった。


 マク・メルはホワイトパレスを瓦礫の山に変えて、そのまま真っ直ぐに南の海上へと抜けた。

 もしもこの魔大陸にニアのような意思が存在していたら、目的のない南への放浪に、きっと困惑していることだろう。


 とにかく南へ行け。それしか俺は命じていない……。

 俺には里帰りの後の目的がなかった。



 ・



 蒸かし芋は最高だった。

 今日まで食べたどんなポテトよりもほくほくで、ほんのり甘く、何より食べ応えがあった。


 雲のない空に太陽が高く昇ると、俺はマク・メルの中枢に入って、今日も情報の閲覧を始める。

 ニアを直す方法を、俺は今日までバカみたいに探して来た。


 どうしてそこまでこだわる必要があるのか、自分でもよくわからない。

 たかが機械人形のために、私生活の改善を後回しにする必要があるのだろうか。


「マンガ? ……マンガって、なんだ?」


 それでも諦め切れなくてコンソーメに張り付くと、膨大な情報の中に不思議なものを見つけた。

 『監獄から始まる女王生活』だそうだ。親近感を覚えて閲覧してみた。


「凄いな……。こんな凄い絵、見たことないぞ……」


 どんな絵画よりもその絵は美しく、細部まで緻密な線が描き込まれていた。

 どうもこれは物語らしい。複数の絵と文字を組み合わせて、歌も踊りもなしに映像を生み出していた。


 その話がまた面白かった。

 ニアを直さなければいけないのに、俺は夢中になって『監獄から始まる女王生活』を読みふけっていた。


「古代人って、バカだけど超面白いな……。つーかあのマスドライバー砲より、こっちの方がよっぽどすげー遺産じゃねーか……? ヤバい、これって、いわゆる時間泥棒ってやつだろ……?」


 その単なる娯楽作品が、俺に一つの事実と心変わりをくれた。

 このマク・メルで暮らしていた古代人は、俺たちと同じ心を持った人間だ。決して空の上の遠い存在ではない。

 


 ・



「うっ……頭、痛い……。目が、目が……っ」


 中枢から丘上の花園に戻ると、夕焼けに染まった雲海が俺を待っていた。

 ここから世界を眺めると上にも下にも空があって、なんだかそれが不思議だ。


 特に下の空は今、海と一緒に黄金の輝きに包まれていて綺麗なので、つい目が離せなかった。

 これで眼精疲労と微かな偏頭痛さえなければ、最高も最高の気分だったのだけど……。


「古代人って、やっぱ、バカだろ……。あんな画面いつまでも眺めてたら、頭痛くなるに決まってるだろ……。うっ、あたたたっ、やはりマク・メルは悪しき文明か……っ」


 これはもう少し遠くを見たりして目をほぐさないと、頭痛を抱えたままで夜を迎えてしまう。

 もちろんお断りなので俺は丘を下って、定番スポットのあの断崖絶壁に向かった。


 期待通り、丘の上から眺めるよりずっと海が綺麗に見える。

 いつものように崖に座り込んで、俺はゆっくりと進む浮遊大陸から雲海と海を眺め続けた。


「お、島があるな。んーー、結構でかいか、あれ……?」


 しばらくすると疲労と頭痛が落ち着いて、目的と行動が入れ替わった。

 付近の地下道よりマスドライバーの発射装置に向かい、望遠機能を使って島の港をのぞき見した。


 漁師とその家族が港に集まり、忙しなく人が行き交っていた。


「とーちゃん、お帰り!」 

「おおっアナ! とーちゃんを迎えに来てくれたのか!?」


「うんっ、だってとーちゃん、アナがお迎えしないとお酒飲みにいっちゃうもん!」

「そ、そんなこたぁねぇぜ……?」

「だはははっ、だったら今日の飲み会は中止だな! 娘と仲良くなー!」


「ごめんね、おじさん。とーちゃん、帰るよ! あっ、肩車して!」

「もうでっかいくせに、しょうがねぇ甘えん坊ちゃんだなぁ……。おらよっ!」


「わーいっ、とーちゃん大好きーっ!」


 なんだろうアレ。うちの一家と大違いだ。すげーまともじゃん……。

 あ、あれ……なんか、目がしみるや……。


 いや、ぶっちゃけ羨ましい……。あのなんでもない幸せが羨ましくなって来た……。

 なんで俺、こんな寂しい世界でボッチやってんだろ……。


「ニアが直るのが先か、俺が発狂するのが先か……。せめて地上と行き来が出来ればなぁ……」


 もしかして本当の神様も、こんな心境で世界を見ているのだろうか……。

 天国から世界を見下ろして、ままならない地上を案外もどかしく思っているのかもしれない……。


 飽きもせずただ俺は下の世界を眺めて、人の生活がもたらす短い物語を楽しんだ。

 当然だけど地上の夜はマク・メルよりも早い。暗くなると何も見えなくなったので、俺は地下を出て地表を目指した。


 干し草のベッドで寝よう。

 ちょっと浮浪者風の匂いがするけれど、干し草を集めた寝床は暖かくてやわらかい。


 既にあのやさしいやわらかさが、心の拠り所と言っても差し支えなかった。


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