・冷やし魔大陸はじまりました
こうして魔大陸マク・メルは700年のくびきから解かれて天空を走り出した。
空の上ではホームシックにかられた男が里帰りを決めただけだったが、空の下では蜂の巣をつついたような大騒ぎがわき起こっていた。
「ど、どど、どうしましょう!?」
「どうするもこうするも、あんなものどうしろと言うのだ!?」
「なぜ今になってあんなものが……」
「陛下っ、やはりここは城を捨てて逃げるべきなのでは……?」
ホワイトパレスでも緊急会議が開かれたが、そもそもこちらの攻撃が全く届かないので止めようがない。
避難する他にないのでは? といった意見が大勢を占めていた。
「黙れっ、逃げると言ってもどこに逃げろと言うのだ!? おいアルデバランッ、お前も王太子なら意見を出さんかっ!」
「ぇ……?」
話によるとバランは俺を取り逃がしたショックも重なって、茫然自失となっていたようだ。
レグルス王子の暗殺に失敗し、脱獄まで許した上に、政治犯たちの逃亡により暗殺事件をもみ消すのも難しくなっていた。
「だからレグルス王子を廃嫡するべきではないと言ったのだ……」
「ああ……少なくとも彼ならどんな状況に追い込まれても、図太く切り抜けてくれただろう……」
「あの性格だからな……。底抜けに明るいというか……」
いや、ごめん。その魔大陸に乗ってるの俺なんだわ。
「逃げるべきです。陛下、ご決断を……!」
「黙れっ、と、途中で進路を変える可能性もある! まだ逃げるには早い!」
弓と大砲をいくら放っても、上空にそびえるマク・メルに届くはずがない。
だというのに圧倒的な威圧感となって、既に南の空にそびえていた。
・
こうして3日日のボッチ生活を乗り越えると、ようやく俺は生まれ故郷へと帰り着いた。
整然と区画割りされたマク・メルとは正反対の、このデタラメで住みづらそうな町並みが良い。
大陸で最も美しい城とまで呼ばれた優雅なホワイトパレスの姿も、長いボッチ生活にションボリしていた俺の心を十分過ぎるほど癒してくれた。
「はぁ……やっぱり里帰りしてみてよかったな……。ホームシックが治ったみたいだ」
城下町は事実上のゴーストタウンだ。
てっきり伝説の魔大陸の姿に、お祭り騒ぎで喜んでくれると思っていたのに、誰もが尻尾巻いて逃げ出していた。
早く別のどこかに移動しないと、市民生活に支障が出るな。もう出てるけど。
「さて、大砲一発ぶっ放してから帰るか。こっちは幽閉されたり、毒殺されかかったんだし、ちょっとくらい父上とバランを脅かしてやっても――まっ、罰は当たらないよな……!」
ということで俺は見物に満足すると、B02-15区画に下った。
これも隠された地下道を稼働させないと入ることの出来ない、地下区画だった。
男心をくすぐるカッコイイ設備なので、結構気に入っている。
「おっ、父上とバラン発見」
到着したのでマスドライバー砲の発射装置に腰掛けた。
正面には一際大きな画面があって、そこにはホワイトパレスが映っている。
すっかり操作も覚えていたので、俺は望遠機能を使って父上とバランの避難を見守った。
この画面は砲撃の発射装置であると同時に、俺にとっては人の生活をのぞき見するのに非常に便利な娯楽設備だった。
「陛下っ、全人員の避難が完了しました!」
「う、うむ……なぜこのようなことになったのだろうな……」
「は、早く逃げましょう、父上! アレの狙いは城のようです……いつまでもこんなところにいたらっ、何をされるかわかりませんよっ!?」
これは照準を合わせた相手の映像のみならず、声まで聞くことが出来る。
よって今日まで3日間の半分は、ここに座って人の生活を盗み見るのが数少ない楽しみだった。
「最後の最後までメンツを気にして城を離れようとしないところが、父上らしいな……」
今なら城は無人らしい。ならば今ぶっ放すしかない。
俺は照準をホワイトパレスに合わせて、直感任せで射撃準備に入った。
「父上っ、魔大陸が……っ!」
「あれは……何をするつもりだ!?」
マク・メルが高く高く上昇してゆく。
落下の力を大砲の威力に加えるためだろうか。信じられない高度まで上がっていった。
「早く逃げましょう、父上!」
「う、うむ……退避するぞ、者ども!」
父上たちが市街に離れるのを確認した。みんな大げさだ。
「たかが大砲一発だし、一発だけなら許されるよな……?」
一発なら誤射って軍の偉い人も言ってたし。
父上とバランが目を白黒させる姿も見れてなかなか楽しかった。元気にやっているようで何よりだ。
じゃ、後は景気よくぶち込んで里帰り完了だな。
画面下部に警告っぽい赤文字がさっきから浮かんでいるけれど、これはどうも壊れているシステムがあるせいらしかった。
なんか言葉が難しいから俺にはわからない。ってことで。
「マスドライバー砲ってどんなかなぁ……。いくぞー、父上とバラン、ぶったまげろよー。ポチッとな」
照準をホワイトパレスに合わせてトリガーを引いた。
すると地面の底か何かから、魔大陸の大地をも揺らすとてつもない轟音が鳴り響いた。
「ちょっ、えっ!? 何アレッ、デカくね……っ!? あ、これ、やべ……っ」
トリガーを引くと、望遠装置が自由落下をする砲弾を追尾してくれた。
いや、砲弾っていうか……。
天高く舞い上がったマク・メルが、大地に向けて岩山を発射したとも言う……。
岩石ではない。アレは岩山だ。
超重い石の塊が、浮遊大陸から発射されて、それが隕石みたいに加速して、世界で最も美しい城へと吸い込まれていった……。
して数秒後。あんなに地上と離れているのに、大地が震えて爆音が世界を轟かせた。
山のように巨大な岩山が天から降り注ぎ、それが王城に直撃すると、石の建造物を積み木みたいに木っ端微塵にして――城下町を城無し町に変えていた。
城が消えた。城に対して岩山は遙かに小さかったが、ただの一撃で粉塵とともに全てが崩れ去った。
「古代人って……頭、おかしくね……?」
ドン引きだ。何この頭悪い兵器……こんなのやり過ぎだろ、殺意高過ぎでドン引きだわっ!
「そんな―っ、わ……私の城がぁぁぁーっっ?!!」
「もう、何もかも終わりだ……。城が、城が……あんなもの、どう防げばいいんだ……こ、殺される……」
ご親切に装置は父上とバランの悲鳴も聞かせてくれた。
父上はともかくバランは小心者だ。照準を二人に合わせて粉塵まみれで泣き叫ぶ姿を見ると、兄の暗殺を決めたことにも合点がいった。
小心者ゆえの自己保身だったのだろう。
ってことでよし! なんだかんだ城吹っ飛ばしてスッキリしちゃったし、これから旅に出よう。
「じゃあな父上にバラン! ちょっとどころじゃないくらいやり過ぎた感じだけど、俺は悪くないぞ。元はと言えば、お前らが俺を監獄送りにしたり、毒殺しようとするから悪い!」
はーーっ、スッキリした!
俺を見捨てた貴族連中や官僚も、明日から城の無い王都で歯ぎしりしてくれるだろうな!
『報告。布告システムが復旧しました。新たなるマスター、レグルス王の声明を送信します』
まさかあいつらも、俺がこれをやったとは――
「ああんっ?! ちょっちょっちょっそれダメッ、キャンセルキャンセルッ! てめーっ、アホやってるとぶっ壊すぞ!?」
壊れていたシステムがなんでか回復した。
それが勝手に動き出して、なんかさっきの言葉を地上に広めようとしている。
ということでOK? よくねーっ、止めろこのアホシステムーッ!
『じゃあな父上にバラン! ちょっとどころじゃないくらいやり過ぎた感じだけど、俺は悪くないぞ。元はと言えば、お前らが俺を監獄送りにしたり、毒殺しようとするから悪い! ……ああんっ?! てめーっ、アホやってるとぶっ壊すぞ!?』
血の気が引いた。
俺に似た声が天から地上に馬鹿でかい音で恫喝をかけ、犯人は俺だよ、ザマァーッ! みたいな意味としか受け止められない声明を出したからだ……。
「な……この声は、レグルス……? 毒殺? 毒殺とはどういうことだ、アルデバランッ!?」
「し、知りませんよそんなのっ……! これは兄上が、勝手に言っているだけで、俺は何も……っ」
「だがレグルスはああ言っているぞ!」
「だ、だから、そんなこと俺は……」
「いいから謝れっ、レグルスに謝れっ! つ、次は私たちの頭の上にアレを落とすかもしれん……だから謝れアルデバランッ、父親を巻き添えにする気かっ!?」
「あ……兄、兄上……あ、あれは、手違いで……俺は、あ、兄上を……尊け、っ……。お願いしますっ、さっきのはもう撃たないで下さい、助けて下さいっ、兄上ェェェェーッッ!!」
こっちはそんな気なかったのに、なんか本気でやつらにぶっ放したくなって来た……。
見苦しい。仮にも王と王太子ともあろうものが、あまりに見苦しい……。
俺はマスドライバー砲発射装置を離れて地上へと戻った。
こんなバカなことしている場合じゃなかったんだった。早くニアを直さないと、俺は永久にボッチで生きるはめになる。
「しかしおかしいな……。いくらあの地図見ても、工房区画なんて載ってないんだよな……」
存在しないのは工房区画だけではない。
漁業プラント、総合娯楽特区、商業区。他にも地図に存在しない区画が山ほどあった。
「はぁ、今夜もボッチか……。ニア、頼むから動いてくれよ……。俺、お前がいないと寂しいよ……」
こうして現世に復活した魔大陸は、復活2日目にして世界の敵となった。
だというのにゆっくりとしたスローペースで、お騒がせな魔大陸はぷかぷかと王都を去ってゆく。
「もう故郷には二度と帰れんな……。はははは、今日も空が青いや……」
ふと空を見上げれば、果てしない青に染まった空がある。
曇りを知らない青い世界は、何もかもが美しく、孤独で、やはり悲しかった。
「遠くに行こう……ずっと遠くに……」
南の彼方に海が見える……。
南天した太陽の光をキラキラとこちらに反射して綺麗だったので、このまま突っ切って海の向こうに行こうと心に決めた。
でも、まあ……。
「ははははっ、なんかスッキリしたなぁっ! 俺を幽閉するからこうなるんだ、ざまぁっ!」
マスドライバーをぶっ放すのが、ちょっぴり癖になってしまった感はある。
城を一撃の下に瓦礫に変えるあの破壊力は、どんな王をも黙らせる最高級の暴力だ。
もっと遠くに行こう。広大な世界が俺を待っている。
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