・脱獄したら空にいた件
夜通し森を進んだ。
頭がシャッキリして最高だと評判の覚醒スキルを自分に使って、一過性の活力をキープしながら、危険とされる大森林の奥地へと踏み入った。
すぐに指名手配が回る。ならば監獄から離れて、しばらくは大森林の中でサバイバルしてゆくしかない。
ひたすら歩いた。夜が明けて、昼が来て、夕方が訪れると土砂降りの雨が降ってきた。
森の中の分まだマシだったが、追っ手を考えると雨で体が冷えても歩き続けなければならない。
「恨むぞ、バラン……。いやおかしいなぁ、それなりに良いお兄ちゃんしてきたつもりなんだがなぁ……。んなぁっ?!」
悲劇はさらに重なった。足下がいきなり崩落して、地面の底に落ちていた。
ついてねぇ……。痛ぇ……。なんで俺がこんな目に遭うんだよ……。
「……ん、なんだ、これは? 道……?」
ところが辺りをよく見ると、俺は石造りの空洞の中にいた。
外と比べるとずっと暖かく、天井があるため雨も防げる。不幸ではなくこれは幸運だった。
「よくわからんが、ふぅ……。やっとゆっくり出来そうだな……」
通路の地べたに寝転がり、俺はしばらく体を休めた。
少ししたら元気が戻ってきた。濡れた上着とズボンを脱いで、辺りをもう一度見回す。
ここならばしばらく身を隠せそうだ。
もっと暖かい場所はないかと通路の奥に進んでゆくと、期待した通りの部屋に行き当たった。
「悪運の女神様にでも気に入られたかな……」
暖かい部屋と安全地帯にもう一度寝転がると、力でごまかしてきた眠気が一気に吹き出してきた。
逆らう理由もない。素直にまぶたを閉じて、考えることを止めるともう眠っていた。
・
あ、筋トレしなきゃ……。
「って、何ここっ!?」
まずは腹筋から始めようと、うっすらと目を開いてみると天井がぼんやりと光っていた。
いや、天井だけではない。壁も同じような光を放っている。
寝落ちる前は必死でそれどころではなかったけれど、窓もランプもないのに部屋が明るいというのは未知の感覚だった。
「……夜か。しかし妙な場所だな」
崩落部に戻ってみると、雨はすっかり上がっていて頭上には星空が浮かんでいた。
光る壁とは便利なものだけど、これはどういう仕組みなのだろうか……。
「空のバッキャローッッ!!」
衝動任せに叫んだら、驚いた鳥の羽ばたきが聞こえて、少しだけ気持ちが晴れた。
ここは腐らずに前向きに行こう。
俺は明かり要らずの暖かい空間を得た。俺は不幸ではない、ツキが回ってきている。悪運だろうとも、運は運だからだ。
「よーし、探検だー。番号ーっ、いーちっ! にーっ! さーんっ! 俺しかいねーっ!」
また道を引き返して元の部屋に戻ると、さらに奥への通路を見つけた。
前進、前進、前進。ここは暖かい場所だ。
つまり最悪の場合、凶暴な先客が棲んでいる可能性もある。それでも進むしかないので進んだ。
「お、あれは確か……コンソメ? だっけ?」
探検の果てに俺は一際広い部屋を見つけた。
しかも俺が中へと入ると、天井が白く明るい光が放って部屋を煌々と照らしだした。
さらには王都の神殿で何度も見たことのある、コンソメと呼ばれる入力装置まで俺の入室に合わせて姿を現した。
んーー……コンソメ、で合ってるよな?
コンソメは空中に浮かぶ半透明のパネルだ。実体はないが、触れると様々な操作が出来たはずだ。
要するにこの部屋はオーバーテクノロジーの塊であり、コンソメは神々が残したとされる古代遺物だった。
これを操作したら、アップルパイがあの変な天井から降ってきたりしないもんかな……。
ぁぁ、腹減った……。
神殿の神官たちの見よう見まねで、適当にコンソーメを操作すると、そこに複雑な文字列が現れた。
これは上級言語だ。それも古語で書かれているようなので、割と要領を得ない。
「マク・メルの、方舟……?」
マク・メル――どこかで聞いたことがあった。
ちなみに上級言語は教養の証だ。俺たちの社会は、そいつが上級言語を読み書き出来るかで資質を計るところがあったため、あまり役には立たないが、出世には必須の学問と言ってもいい。
「あれ、もしかしてこの遺跡、重要度、高め……? もしかしてこれ、世紀の大発見だったり……? あ、でも俺ってお尋ね者じゃん、はい残念っ!」
どんなにバカをやっても、独りだと誰も突っ込んでくれなくて寂しい……。
ああ、監獄時代は話し相手やツッコミ役が常にいてよかったな……。
監獄へのホームシックにかられながら、俺はさらにコンソーメを動かして、ここの情報をかき漁った。
今は潜伏中だ。腹が減っていても外には出られない。よってアーティファクトで遊ぶ時間はいくらでもあった。
夜更けから昼までどっぷりと時間をかけて、ぶっ続けでコンソーメの文字を解読してゆくと、やがて俺はある結論へと至った。
「ここはマク・メルの箱船であって、マク・メルそのものではない。解読が正しければ、あそこにあるのが箱船――いや、転移装置かな」
確か全く別の場所へ、人や物を一瞬で移動させる力を持った古代遺物が、世界にはあると聞いた。
それが本当なら、この装置は俺の活路になってくれるのかもしれない。
「やっぱダメかな……。コンソーメは生きてるみたいだけど、あっちが動いてる感じしないよなぁ……」
コンソーメの方は、ただの情報の閲覧装置のようだった。
今動いて欲しいのはあっちの転移装置だ。しかしこれがうんともすんとも言わなかった。
それもしょうがない。今日までアーティファクトを動かす方法を解明した者など、誰一人としていないのだから。
このコンソーメのように今でも動いているやつは、単に神々がアーティファクトを止め忘れて、今でも動きっぱなしになっているやつに限ると聞いた。
「うへ、やっぱここでサバイバル生活確定か……。はぁ、まともな食い物とかなさそー……」
この転移装置が、俺を国外に運んでくれたらどんなにいいことか……。
そしたらこの剣を元手に、用心棒なり冒険者なり過去を捨てて気軽にやっていけそうなのにな……。
「あ……。いやでも、まさかな……」
一つだけダメ元の新プランが脳裏をよぎった。
しかしそう都合良く行くわけがないだろう。……そうわかってはいるけれど、可能性に賭けてみたくて、俺は転移装置に右手をかけた。
いや、これはただの思い付きだ。
ただ、覚醒スキルって生物以外にも効くのかなと、この巨大な古代遺物の頭をシャッキリさせてみることにした。
上手く行くはずがない。それはわかっている。
だから望みを捨てて、何も考えずに無心に装置へと力を流し込んだ。
「うん、知ってた。やっぱこの力って外れスキ――って、ンナンジャコリャァッ?!!」
やっぱりダメかと背を向けた矢先、転送装置がやかましい騒音を立てながら動き出した。
さらには段階的に強い光を放ち始めて、ギンギンに機械の頭をシャッキリさせていったっぽい。
「これは天空都市マク・メル行の転移門です。ご利用になられますか?」
「マジか……」
神殿の装置も喋るタイプのアーティファクトだった。
そしてこの転移装置は、俺をここではないマク・メルとやらに連れて行ってくれるという。
「これは天空都市マク・メル行の転移門です。ご利用に――」
行き先は天空か。
どうやら山岳の彼方に運ばれてしまうようだが、ここで追っ手に怯えて暮らすよりは希望がある。
「利用する! 俺をマク・メルに連れて行ってくれ!!」
「では、箱船の中へ」
よくわからんけど、あの中に入れってことだな。
俺は転移装置の中央にある、大きな円状の台座に乗った。
「転送を開始します。警告、飛び入り乗車はお止め下さい。飛び入り乗車は、死を招きます」
「怖っ……!?」
世界が真っ白に溶けた。
身体が浮き上がるような感覚が走り、うわぁどうしようやっぱ止めればよかった! と思った頃には、転移は既に完了していた。
そこには緑と青空に囲まれた世界があった。
山岳の上だけあって、空には雲があまりない。
真っ青な晴天の空は清々しく、その手前には広大な農園と丘、花園、それに無数の建物が立ち並んでいた。
「ここがマク・メルか。なんか空気が美味いなー」
その時、背中の方からやけに強い風が吹いた。
急になんだろうかと振り返ってみると――
「ヒェッ?! ちょっ、こんなところに転送するとか非常識だろっ、なんで断崖絶壁――え……?」
断崖絶壁の底は海とか、谷が広がっていると相場が決まっている。
だというのに崖の底には空があった。
空の彼方に大地があって、その大地とこの天空都市は物理的に繋がっていなかった。
俺は、なんでか空にいた……。
「いやっイミフッ!? えっえっ、なんでなんでっ、なんで空飛んでんのここ!?」
確かにあの転移装置は、行き先は天空都市マク・メルだと言っていた。
けどマジで空の上の世界に運ばれるとか、誰も額面通りに受け止めねーよっ!
「ちくしょーっ、メチャメチャ浮遊大陸じゃねーかっ!」
そこまで情報が出そろうと、マク・メルというどこか聞き覚えのあった名詞の正体が、今さら手遅れだってのに記憶の底より姿を現した。
マク・メルと言ったら神々の時代に君臨した魔大陸だ。ここは伝説の魔大陸マク・メルだった。
長らく存在を疑われながらも、浮遊大陸というロマンをくすぐられるその設定に、多くの者を魅了してきた憧れの地、それがこのマク・メルだ。
「やべー……なんかとんでもないところに迷い込んでるし、俺……」
伝説の地は、大陸と呼べるほど大きくもなかったが、それでも丘の上がよく見えないくらいにはバカでかい。
そしてそんな巨大極まらん大地が、原理不明の奇跡の力でぷかぷかとこの空に浮かんでいる。
「けど、あれっ? か、帰れるよな、これって……?」
絶壁の遥か底を再び眺めると、そこには白く輝く雲海と、あまりに遠く遙かな地上の姿しかなかった。
「は、ははは、はははは……。ヤベ、町がゴミのようだ……」
神様の視点から見た俺の国は、あまりにちっぽけで脆弱だった。
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