・エピローグ
それから約1年後――
長い南への放浪の果てに、俺たちはついに統星の故郷を見つけ出した。
有翼種の国アヌは、山と渓谷が織りなす広大な山岳地帯の彼方にある。
まるで人と有翼種が交わることがないようにと、あちら側とこちら側で世界は二つに分かたれていた。
もしかしたら俺たちは、越えてはいけない境界線をまたいでしまったのかもしれない。
浮遊大陸マク・メルは果てのない山岳地帯を難なく乗り越えて、その先に隠されたもう一つの世界へと、俺たちを誘ってくれていた。
夢にまで見た新天地だ。翼を持った人々が地表を飛び回り、太陽の光を受けて白い翼を輝かせていた。
当然と言えば当然だが、翼を持つ種族には街道なんて必要ないらしい。
この世界には『街道』が欠落していた。
「とうとう着いちゃったね……」
「そうみたいだな。すっかり長い付き合いになったが、これでお別れだ」
ここが俺たちの旅の終点だ。
この地に統星を送り届けるために、今日まで俺たちは南への放浪を続けてきた。
「なんでかな……。やっと戻って来れたのに、全然嬉しくないよ。あたし、あのまま迷子の有翼種でいればよかった……」
「だったらここに戻って来たらいい」
「無理だよ……。だってあたし、本当はこの国の王女だから……帰ったら、二度と戻って来れない」
「なら引き返すか?」
統星にもこちらの家族や友人がいる。
きっと統星の失踪に心を痛めていることだろう。
「戻らなきゃ……。ここに戻って来たいけど、戻らなきゃ……」
「……わかった。つまり最終的には戻って来たいんだな?」
「うん……。でもそれは、ただのあたしのわがままだよ。あたしは、この国の王女として役目を果たさなきゃ……」
「そうか。残念だ」
「本当にね……。ごめんね、レグルス」
「謝らなくていい。これが俺たちの旅の目的だった」
「うん……」
首都の手前までやってくると、俺たちは魔大陸から降下した。
統星はその黒い翼で、俺はガラント爺さんと統星が作ってくれた動力付きパラグライダーで、城のバルコニーへと降り立った。
どの有翼種を見ても翼が白い。
黒い翼を持った統星はやはり特別で、彼らは翼を見るなり『姫様』と声を上げていた。
すぐに統星の両親も現れた。
俺の姿に驚いていたが、彼らは生きて帰って来てくれた我が子の姿に、大粒の涙を流して喜んでいた。
俺にとっては残念なことだが、見るからに良い両親だった。
「ありがとう、レグルスくん……」
「貴方のおかげで娘が帰って来ましたわ……。私たち、もう統星が死んだものかと……」
なんか罪悪感がわくな……。
だけど統星は言っていた。里帰りを果たしたらマク・メルに戻りたいと。
だったら俺が彼らから奪うしかない。
「悪いけど統星は渡さない」
「ぇ……何を言って、レグルス……?」
「統星が満足するまで何ヶ月だろうと俺は待つ。だが最終的には、マク・メルに戻ってもらう」
「レグルスくん、娘を救ってくれたことには感謝するが、それは……」
「統星は俺たちと別れたくないと言っている」
「そうなの……統星……?」
「そ、そうだけど……。だからってそうもいかないでしょっ、レグルス! あたしだって、レグルスみたいに自由になれたら、どんなにいいか……。でも無理なんだよ……」
確かに俺は彼女を故郷まで連れて行くと約束した。
約束は既に果たされた。だったら奪い返すだけだ。
「お義父さん、お義母さん、統星を下さい。さもなくば、マク・メルの兵器でこの城を破壊します」
「ちょぉぉー!? いきなりあたしの両親を脅すなぁーっ! もうちょっと、言い方ってものがあるでしょっ!?」
「せっかくプロポーズしたのに酷いな……」
「酷いのはアンタの頭だからっ! 感激より呆れの方が勝っていまいち感激出来ないじゃん、もうっ!」
王も王妃も口を半開きにして、唖然と俺たちのやり取りに目を向けていた。
今日も統星は怒ったニワトリみたいに跳ねている。
「さて、これ以上は親子の再会を邪魔しないよ。そうだな、3ヶ月したら迎えに来る」
「本気……? レグルスがそこまで言うなら……うん、わかったよ……。あたし、レグルスのこと待ってる……」
「その時は俺と結婚してくれ」
「け、けけけ、結婚っ?!」
怒りが恥じらいに変わり、俺たちは両親の目の前で見つめ合った。
お義父さんに睨まれているが、今は気づかない振りをしておこう。
「そうすれば、俺たちは公然と一緒にいられる。俺は統星を手放したくない、またあの楽園で俺と一緒に暮らしてくれ。頼む」
「でも、あたしなんかで、いいの……?」
「初めて会った日から好きだった。その翼と笑顔に特別なものを感じた。俺と結婚してくれ」
「ぁ……。はい、あたしでよかったら、喜んで……」
いつになく慎ましく統星がうなづくと、王妃の方が俺たちに拍手をくれた。
王の方も呆れてはいるが、少なくとも怒ってはいない。
「元より死んだと思っていた娘だ……。再び顔が見れて、おまけに結婚式まで拝めるならば、そう悪い話ではないかもしれぬな……」
「そうだわ。後であちらにお邪魔してもいいかしら?」
「お、お母様っ!?」
「もちろんだ。俺たち自慢のマク・メルを見てほしい。あれは天空の楽園だ」
「まあ!」
こうして後日マク・メルに彼らを招く約束をして、俺は天空へと帰った。
約束の三ヶ月が経ったら、俺は統星を連れてこの地を去る。
長いようで短い、期待と不安を入り交じらせた束の間の日々が過ぎていった。
・
三ヶ月後。滞在に飽きた俺がちょっとした新天地での大冒険から帰ってくると、巨大湖に停泊させておいたマク・メルに、翼を持った人々がひしめいていた。
「そういうことになったから、よろしくね、レグルス」
「え……っ?」
「世話になるぞ、レグルスくん」
「え、ちょ、俺がいない間にどうなってんの、これっ!?」
すっかり彼らは住み着いてしまっていた。
勝手に物資を持ち込んで家を立てて、自分たちで畑を耕し、牧草地に家畜を運び込んでいた。
「本当に良かったわー。実は大地が枯れかけてて、とっても困っていたの」
「喜んでレグルスッ、全国民が移住することになったの!」
「はぁっ?! いやどんだけフットワークいいの君ら!?」
脅してでも統星を取り返そうとしたら、国ごと全員がマク・メルにやって来た。
枯れてゆく土地でさもしく暮らすくらいなら、有翼種と相性抜群の浮遊大陸で生きればいい。
そんなとんでもない決断をしやがる国王に、俺はすっかりやりこめられた気分になった。
天空の開拓地には笑顔があふれ、豊かで美しい大地に誰もが喜んでいる。
「ニアはいいって言ったよ?」
「なら――OKだ。この世界を守って来たのはニアだからな」
「だけどごめんね、しばらく結婚式どころじゃないかも……」
「そうみたいだな……。俺たちも少し手伝うか」
「うん! レグルス、これからもよろしくね!」
「こちらこそ。ニアが壊れたらまた頼むぞ、技師様」
俺たちにはまだ結婚は早いのかもしれない。
笑顔の統星に手を引かれながら、俺は開拓地として始まってゆくマク・メルの姿を見た。
統星が俺を導く先には、ニアの大きな体と、それに背負われるプラチナの小さな姿がある。
「オ帰リナサイマセ、レグルス様。コンナニ、沢山ノ民ガ、マク・メル、ニ……。嬉シ……。往生際ノ悪イ、レグルス様ノ、オカゲデス(*´∀`*)」
「褒めてるのかな、それ……。あ、お帰りお兄ちゃん!」
「半々ト言ッタ、トコロデス(`・ω・´)」
こうして予想の斜め上にはなったけれど、俺たちの旅の終点は折り返し地点となって、もう一度始まった。
次はどこに行こうか。さらに南の最果てか、それとも父上とバランに結婚の報告か。
決断を焦ることはない。
このマク・メルがあれば、俺たちはどこにだって行ける。
それから時が流れた。
地上ではいつしかマク・メルは星も同然の存在となり、ヒューマンと有翼種が共存するもう一つの世界として、人々に受け入れられていった。
・
追記。ガラント爺さんに黒い翼の彼女が出来た。
名前は聞くまでもないだろう。
たまたま開拓地で再会を果たし、爺さんの方からアプローチをかけてその気にさせた。
いい歳したジジババが人前でイチャイチャする姿には、多少戸惑いを覚えなくもないが、俺たちも人のことを言えないので口を閉ざした。
俺たちは星の民だ。
バラバラになってしまった星の欠片を求めて、今も世界を旅している。
流星と呼べるほど速くもなく、星や月のようにいつでも見れるわけではないが、マク・メルこの空の彼方に実在している。
- 冷やし魔大陸はじめました 終わり -
・
【グラスト創刊コンのためのあらすじ】
15歳を迎えると、スキルを授けられる世界。
王太子レグルスは、国王には向かない「覚醒」と「変換」のスキルを与えられてしまった。そのため彼は廃嫡され、幽閉される。
その後、彼は脱獄を果たすと、偶然にも浮遊大陸に至る。
なんと彼の能力は【人】ではなく、休眠した【古代遺物】に使う力だった。
魔大陸の支配者となった彼は、うっかり実家を吹き飛ばす。
管理AIと有翼の少女と出会い、彼女を故郷に返す旅を始める。
やがて魔大陸は進路を変え、もう一つの魔大陸にたどり着き、一つになる。
真犯人は管理AI。彼女は分かたれた大陸をただ元に戻したかった。
それから1年後、魔大陸は有翼の少女を故郷に送り届ける。
めでたしめでたし。
(グラストノベルさんへ。本文に完結までのあらすじを入れろというのは、読了感を損なうのでちょっとどうかと思います……。せめてあとがきに指定して下さい……)
(読者さんへ。水を差してごめんなさい)
これにて完結です。一ヶ月間ご愛顧下さりありがとうございました。
続きを書きたくなったら、形を変えてリスタートさせますので、その時はまた応援して下さい。
(番外編が読みたいとの声もあるので、予定が噛み合えば、そちらも作るかもしれません)
ニアについては、友人の要望で現在制作中の別の作品に出番を作っています。楽しみにしていただければと思います。(こちらの公開はひと月後くらいの予定です)
それと、明日から恋愛ジャンルで新作を始めます。
「古民家でルームシェアを始めたら、目元を腫らしたギャルが子猫を抱えてやって来た」を始めます。
コテコテの甘い恋愛になります。ドラマ性や芸術性よりも、キャッキャウフフを重視したエロゲっぽいやつです。
なろうっぽい作品も現在製作中で、来月くらいに公開できそうなので、どうか応援して下さい。
それでは、楽しんで下さりありがとう。宣伝、感想、評価ptのご支援をしてくれた皆様、ありがとうございました。




