・未踏の地ビフロス連山なう
マク・メルがこちらの命令を受け付けないのならば、もうなるようにしかならない。
翌日から俺たちは、万一の可能性を想定して戦闘の準備を進めていった。
幸いマク・メルには地下があるので、籠城には事欠かない。
一時的に拠点を家から観測室に移して、俺たちは武器を確保していった。
やがて夕方になると観測室の画面がビフロス連山の姿を映し出した。
モンスターがいるという噂はどうもマジだったらしく、早速第一モンスターを発見してしまった。
黒い亡霊のような者が、剣と盾を持って山中を徘徊している。
リザードマンやスケルトン、どいつもこいつも武装していて厄介だった。
こちらの武器は暗殺者からパクッたこの剣と、探索で得られた鉄の棒だ。
統星の指導の下、先端を細く削って頑丈な槍へと変えた。
「レグルス……あたしたち、大丈夫だよね……?」
「あくまで今日やったことは、最悪の事態を想定してのことだ。最悪の展開になるとは限らないよ」
「そうだね……。でももしそうなったら……あたしも戦うから! プラチナちゃんを守るよ!」
「その時は俺も覚悟を決めるよ。とにかく今日は寝よう」
寝付きの悪い夜だったけど、今は寝るしかない。
ニアも緊張してか、言葉少なげだった。
・
「起きてみんなっ、た、大変、大変だよっ!!」
翌明朝、プラチナの必死の大声に俺たちは起こされた。
まだマク・メルが提示した到着時刻ではないはずだ。
「な……なんじゃアレはっ?!」
「嘘っ、アレってまさか……マク・メルッ!?」
俺たちは画面越しに浮遊大陸マク・メルを見た。
雲海の中にマク・メルと同一の浮遊大陸がたたずみ、少しずつ俺たちのマク・メルも高度を落としていた。
「どうやら目的地はアレみたいだな。……ニア、アレの正体に覚えはあるか?」
昨日からニアは静かだった。
俺の質問に少し遅れて休眠状態から立ち上がり、画面にゆっくりと歩み寄った。
「マク・メル、セクター7。別称、工房区画デス……(*・ω・)」
「工房区画……? コンソールに情報だけ残っていたやつか」
どうりで探しても見つからなかったわけだ。
まさかマク・メルの大地がバラバラになって、ビフロス連山の奥地に眠っていたとはな……。
「ドウヤラ、マク・メル、ハ……セクター7ノ、回収ニ、向カッテイル、ヨウデス……(´・ω・`)」
「こ、このまま行くとどうなるのっ!?」
「恐ラクハ、アノ大地ト、合体シマス(´・ω・`)」
「ウォォォォォーッッ、合体っ! 男のロマンじゃぁぁぁーっっ!!」
「落ち着けジジィ、画面をよく見ろよ……。ほら、ここだ」
コンソールを操作して、離れ離れの大陸の一角をズームさせた。
爺さんの絶叫が止まり、悲鳴にも近いものがプラチナの喉から漏れる。
「お、お兄ちゃん……」
不安のあまりプラチナは俺の腰へとしがみついた。
慰めに彼女の肩をそっと抱く。
これはマズいことになった。最悪の想定のそのまた斜め上だ。
「ねぇ、その合体って、阻止とか出来ないの……?」
「ソレ、ハ……(´・ω・`)」
質問にニアが返事を返さないということは、無理か、面倒な手順があるのだろう。
そうなると、向こうのマク・メルに住み着く怪物たちが、俺たちの同居人となってしまうことになる。
一晩明けたら、俺たちはパニックホラー小説の世界に片足を突っ込んでいた。
「統星、怖いなら右手側が開いてるがどうする?」
「バ、バカやってる場合じゃないでしょっ!」
「チャラいことやってんじゃねーぞ、このクソ王子が!」
「んじゃ二人は爺さんに任せた」
「な、なんじゃとっ!? おほぉっ、プラチナちゃんはかわいいのぅ♪」
爺さんに役回りを押し付けて、俺はコンソールを操作して敵をカウントすることにした。
「統星、メモとか出来るか?」
「ちょっと待って! ……よし、OKっ!」
この場所から目視出来る分を数えて、それを二倍にすれば大まかな敵影数がわかる。
統星と役割分担して一つ一つ数えていった。その結果――
「ゴブリン32に、スケルトンが18、リザードマン24、変な黒い影が10か。合わせて……100くらいか」
「84だよ、レグルス!」
どっちにしろ大軍だ。
どうにかして向こうの厄介な同居人を排除しなければ、安全な生活もままならない。
「ニア、ガ戦イマス。皆様ハ、コノママ地下ニ……(`・ω・´)」
「一人で戦うなんてそんなのダメだよ!」
「そうだよっ、ニアさんがもし怪我なんてしたら、誰が農園の管理をするんですか……っ!」
「おいレグルス、おめぇ……あれやっつけて来いや」
ガラント爺さんの無茶ぶりを俺は本気で検討した。
ニアが育てた作物を狙って、あいつらはこちらにやってくるだろう。
「デスガ、コノママデハ……ニア、ノ農園ガ……(´;ω;`)」
「そこの王子様はよ、その昔に隣国合同の武術大会で優勝したそうじゃぞ?」
「えっ、それって本当っ!?」
「……よく知ってるな、爺さん」
だから弟のバランは毒殺を選んだ。
だがまあ、それなりに強いと言っても、一人で84体のモンスターとゲリラ戦が出来るほどではない。
「ほ、本当の王子様みたいです……」
「いや、本当の王子様だったんだけどな……?」
「カカカッ、悪ガキの間違いじゃろ!」
戦力1 ガチムチのジジィ。
戦力2 非力だが翼を持った少女。
戦力3 家事炊事担当のやさしい少女。
戦力4 でかいロボ。
「アノ、レグルス様……中枢ニ、行ケバ……。合体後ナラバ、パージ、ガ可能カト……思イマス……(´・ω・`)」
「ふーん……」
「だったらそれが一番じゃないでしょうか……?」
「いや、惜しいな。このままお別れするのは、どう考えたってもったいないだろ」
「エ……。アノ、デスガ、ソレハ、トテモ危険……(・_・;)」
「よ、欲を言えば……気になるよね。あたしも工房区画の中身を見てみたい……!」
「なら決まりじゃな! レグクソが全部やっつけてくれるじゃろう」
酷いあだ名付けやがるな、このジジィ……。
だがクソ王子とか、クソとかよりもずっといいか。
「悪くない、それでいこう。俺は向こうに渡ってゲリラ戦を始める。ニアと爺さんは農園の防衛。プラチナはコンソールから敵の観測を頼む。危険があったら警告をくれ」
これはみんなに教える気はなかったのだが、この観測室には隠しモードが存在している。
それは地表ではなく、マク・メルの様子をうかがうためのシステムだ。
きっとどこかの覗き見好きが、勝手に仕込んだのではないかと俺は推測している。
そのモードを解放して、俺は画面にマク・メルの大地を映して見せた。
「んなぁーっ!? こ、こんなこと出来たのっ!?」
「わ、私たちの天国って、空から見るとこんな世界だったんだ……」
「のぅ、レグルス……おめーもスケベじゃのぅ……?」
「あっ?! これ使えばあたしらの生活のぞき放題じゃん……! レ、レグルス……最低!」
信用ないな、俺……。
とんでもない妄想を繰り広げてしまったのか、統星は翼と腕で身体を隠して恥じらいに両目を硬く閉ざした。
「お、お兄ちゃん……。私、お兄ちゃんになら、いくらでも見られても、い、いいよ……?」
「いやいや、その一線は越えてねーっての……。今、統星のやつどこを飛び回ってるかなって、姿を探したことはあるけど」
見てはいけないものを見てしまう可能性もあるので、あまりこのモードは使っていない。
若干、見てはいけないものを、見てしまったことがあったからだ……。
「ダイジョウブ、デス。ニア、ハモット、レグルス様ヨリ、皆様ヲ見テイマス(*´ω`*)」
「んじゃ、作戦はこれで確定な。ヤバくなったら、ここか中枢に逃げ込んで、戦いが片付くのを待っていてくれ」
そう話を決め付けると、俺は綿の枕を抱えて二度寝に入った。
大丈夫だ。こっちには樹木をも一刀両断する剣と、金属の巨体を持ったニアがいる。
おまけに統率されていない烏合の衆となれば、負ける気などさらさら起きなかった。




